Mrs. GREEN APPLEのMV「コロンブス」炎上事件を再発させない方法
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月18日 18時54分
キャンセル・カルチャーも同じで、社会的文脈の中で「キャンセル」される可能性があるようなセンシティブなテーマを扱う場合は、慎重にリスクを想定しなければならない。無形文化遺産の場合と違って「一覧表」のような便利なツールはないので、クリエイティブな想像力が肝となる。
たとえば「猿」(Ape)を扱うのであれば、映画『猿の惑星』(と『戦場にかける橋』)の原作者ピエール・ブールが第二次世界大戦中に日本軍の捕虜だったこと、あるいは日本軍捕虜が収容所で猿同然に扱われていたことを糾弾した会田雄次著『アーロン収容所』(中公新書)を想起したり、コロンブス後の「植民地支配」であれば、ラス・カサス著『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫)からエドワード・サイード著『オリエンタリズム』(平凡社)に至る書物を踏まえた上で、北米での先住民とバッファローの虐殺を想起させるものが登場しないか、あえて登場させるとしたらそのコンテキストをどう構築するのかといったことを、例えば先住民(ネイティブ・アメリカン)と白人(プア・ホワイト)の関係を描いたマーティン・スコセッシ監督の映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を参考にしながら組み立てたりするのである。もちろんそういった作業をアーティスト自身が行うというより、創作を支えるサポート・助言体制を構築・強化するのだ。
その上で、実際のコンテンツで表現される内容の「強度性」を判断することも重要だ。今回のMVで言えば、最もインパクトのあるシーンは「猿に人力車を引かせている」場面だろう。この絵面は「奴隷労働」を想起させ得る程度の強度性がある(言うまでもないが、だからといって浅草等の人力車営業が奴隷労働という訳ではない。人間が猿を、先住民族のメタファー(隠喩)であるとしたらその先住民を酷使して引かせているというイメージの問題である)。もしそのようなイメージを喚起させてしまった場合、地球上に4030万人いる(国際労働機関[ILO]による)とされる「現代奴隷」の問題とリンクしかねず、「意識高い系」(Woke)から総スカンになる可能性もある。
「論争惹起性を緩和させ、邪推を遠ざける」周到な工夫
そこで「衝撃の緩和策」として、例えばそのシーンの直後に、現代の風力発電をバックに今度は逆にナポレオンが人力車を引き、猿が人力車の上でふんぞり返って悦に入っているといったシーンを挿入するのだ。時間軸の混合、主客の交代、価値の転倒がもたらすユーモアが高強度表現を包み込めば、インパクトを一定程度中和させることができるだろう。植民地に持ち込まれた「馬」、虐殺された「バッファロー」についても同様に、メタファーの解釈が生む論争惹起性を緩和させ、邪推を遠ざける周到な工夫があれば乗り切れる。
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