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僕らは宇宙を「老化させる」ために生きている...池谷裕二が脳研究から導く「生きる意味」

ニューズウィーク日本版 / 2024年8月1日 19時6分

科学者の道を志すきっかけをくれた『人生論』

──池谷先生の人生や価値観に影響を与えた本は何でしたか。

武者小路実篤の『人生論』というエッセイです。最初に私が『人生論』を読んだのは中学生の頃でした。彼の文章はくどくて読みにくく、「私のほうがうまく書けるのに」と思うくらいですが(笑)、私にとって人生の指針になっています。2つ印象に残っているところがあります。

1つは、彼のお母さんが最期を迎える際に痛みで苦しんでいたことから、「人間には痛みが過剰に与えられている」と書かれていたことです。中学生のときなので、人間の生態は進化の過程における最終産物の1つであるし、よくできていると思っていたんですね。だけど痛みを感じすぎるほど不都合を抱えているというのです。そこで「なるほど、人間はもちろん生物って不完全なんだ」と、本書にも通じる気づきを得ました。

もう1つ印象的だったのは、人生で一番大切なことは、過去の偉人たちが遺してきたもの、知見や芸術をたくさん勉強して引き継ぎなさい、という点。そしてそれをプラスアルファして後世に伝えなさい、と書いてあった点です。

この言葉に出合った当時、これを実践するのに一番よいのは科学者になることではないか、と思いました。科学者なら、何かしら発見したことを論文にすれば、後世に引き渡すことになるのではないか。そう科学者を志すきっかけを与えてくれた本でもあります。

研究で唯一ブレないのは、「可塑性」というテーマ

──池谷先生が脳研究を継続する原動力は何でしょうか。

新しいものが好きだからですかね。科学の研究が楽しいのも、次々に新しいものが発見されるから。世界の誰かが日々発見したことを、論文や学会で知るのが好きなんです。自分にとって新しい考え方を知ると、すぐに感化されて、しばらくはその立場で物事を考えてみたくなります。自分の立脚点がないといえるかもしれませんが、新しい立脚点から世界を眺めると、過去の自分も相対化できる。その積み重ねが面白い。私の研究の原動力は、新しいもの好きで飽きっぽいことなんでしょうね。

その時々で興味のあるテーマを探究しているので、自分が5年後にどんな研究をしているかはわかりません。ただ、1つだけ芯があるのが、脳などの「可塑性」のテーマ。常に変化可能性があるものという点だけはブレていない。そう思うと、可塑性って自分そのものですね(笑)。

私は論文中毒なんです。毎日朝起きると100本から150本の論文をチェックしています。ノーベル賞のうち物理学賞、化学賞、生理学・医学賞の3つが理系の領域ですが、この3つで毎年最大で9人が受賞します。つまり、今年発表された論文のうち9本はノーベル賞級ということ。受賞が何十年後かはわかりませんが、毎月1本くらいはノーベル賞級の論文に出合っているわけです。そう思うとワクワクするんですよね。

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