ヨーロッパは自由、平等を米先住民から学んだのに隠した...デヴィッド・グレーバーの遺作『万物の黎明』から受けた「知的なパンチ」
ニューズウィーク日本版 / 2024年8月7日 10時25分
小埜 恣意的なバイアスに加え、無意識の偏向を問う、これは重要な視点ですね。
松田 しかし、もし本書に1つケチをつけるとすると、図版や説明資料の少なさです。とくに自然科学系の論文では、理解を助ける図表が大事です。図がメインで文章がその補足ということも少なくありません。
一方、『万物の黎明』は、世界中の先史時代の遺跡を1万年以上のスパンでわたり歩くにもかかわらず、取り上げたすべての遺跡の年代や位置を示した年表や世界地図などがなく、今一つイメージしにくいと感じました。
小埜 グラフや図に語らせることに拘りがないですね。これは自然科学系と人文学系の作法の違いかもしれません。
松田 例えば、158ページにでてくる紀元前1600年頃にネイティブ・アメリカンが建造した「ポヴァティ・ポイント(poverty point)」という遺跡は、Google Mapで調べると草原に作られた同心円上の構造であることがわかり、さらにストリートビューで遺跡の中を歩くことができます。
また、同じ頃にクレタ島にあったミノア文明では成人女性による支配システムがあったようなのですが、Googleで調べると出てくる当時の少年のフレスコ画を見ると一目でなるほどと思ってしまいます。
小埜 多くの図版や写真が掲載された図解版はニーズが高いのではないでしょうか。デジタルではなく、書棚から飛び出すような、重厚で内実共に規格外の画集・図録があるといいです。
松田 訳者の酒井氏による本書の解説本『グレーバー+ウェングロウ『万物の黎明』を読む』(河出書房新社)も楽しみですが、「万物の黎明フォトブック」のような写真と図表をまとめた副読本も出てくると嬉しいですね。
左から小埜栄一郎氏(サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社主幹研究員)、松田史生氏(大阪大学大学院情報科学研究科バイオ情報工学専攻教授)
「そういうもの」を許さないグレーバーの主張の背景
小埜 ところで、「そういうもの」という妥協や諦念といった姿勢を許さない、グレーバーらの強い動機はどこから来ているのでしょうか?
酒井氏の「訳者あとがき」で、筆者である2人のデヴィッドはともにアウトサイダーの感覚は抜けなかったとあります。定説に対するカウンターアクション、つまりアカデミアにおける彼らの立ち位置が執筆の動機にも見えます。
アカデミアにおける「同質化の圧力」に迎合しない格好良さがあり、先行するダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』やハラリの『サピエンス全史』などのベストセラーに影響を受けているのは明らかです。
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