日本人が草案したタイの刑法...「不敬罪」の有罪率がほぼ100%である背景とは?
ニューズウィーク日本版 / 2024年9月4日 11時0分
こうした考え方は、上のものが下のものに良き政治を与えるのが最善であるとする「タイ的民主主義」の考え方によく表れているように思われる。
かつてタイは第二次世界大戦や冷戦でも地政学的に重要な位置にあった。いつしか個人の人権よりも国家を尊重することが当然とみなされるようになり、「凡人」は黙ってエリートたちに追従すればよいとされてきた。
近年不敬罪が注目を集めている理由は、不敬罪がタイ社会のあり方や根本的思想を集約したものであること、そうした「タイ的な」社会環境に疑問を抱く人々が増えたからだと言えよう。時代は変わりつつある。
ストレックファスの400ページを超える大著では、タイの政治システムにおけるさまざまな「矛盾」を指摘し、それらを不敬罪をはじめとする一部の刑法がどのように吸収しているのかが論じられている。
発行時期からわかるように、彼の関心は2019年以降の不敬罪改正運動そのものにはない。しかしながら、近年盛んに議論されている「不敬罪」とは、そもそも「何」なのか?この根本的な問題を考える時、豊富な一次資料から論じられる本書は有用な一冊となろう。
櫻田智恵(Chie Sakurada)
上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科助教。博士(地域研究)。専門はタイ地域研究、現代政治史。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究専攻修了。同研究科特任助教、チュラーロンコーン大学文学部International Staff、日本学術振興会特別研究員(RPD)などを経て、現職。主著に『タイ国王を支えた人々:プーミポン国王の行幸と映画を巡る奮闘記』(風響社、2018年)、『国王奉迎のタイ現代史:プーミポンの行幸とその映画』(ミネルヴァ書房、2023年)などがある。「「陛下の映画」の登場と展開:現タイ国王プーミポンを取り巻くイメージ戦略」にて、サントリー文化財団2015年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。2022年に松下正治記念学術賞、2023年に第40回 大平正芳記念賞を受賞。
『Truth on Trial in Thailand: Defamation, treason, and lesè-majesté』
デイビッド・ストレックファス[著]
ラウトレッジ[刊]
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