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ゴズリングにアギレラ、スピアーズまで...子役時代の同期たちは大スターに、私は「イチゴも買えないのが辛かった」

ニューズウィーク日本版 / 2024年8月30日 15時35分

「とても感謝している。本当に、心から。子役のためのジュリアード音楽院みたいで、それだけでなく、やりたいと思うことは何でもできた」

『ミッキーマウス・クラブ』のコーナーの1つとしてメロドラマ『エメラルド・コーブ』が始まり(後に独立したシリーズになった)、デローチも抜擢された。

「20人の出演者から7人くらい選ばれた......私たちは(『ミッキーマウス・クラブ』の)本編の3カ月前にフロリダに入って、終わってからも3カ月残って『エメラルド・コーブ』を撮影した。1年間ずっとフロリダで撮影した。もう天国よ。天国」

12歳のアギレラの歌声

『ミッキーマウス・クラブ』のオーディションを受けた際はキャンプに参加した。そこでデローチが最初に仲良くなったのはティンバーレイク。2人は今も「きょうだいのような関係」だ。

「アギレラ(の歌)を初めて聴いたときのことは覚えている。服の中にラジカセか発声器でも隠しているに違いないと思った。あんな歌声が12歳の子供から出てくるなんて、信じられなかったから。あんなふうに歌う子供は初めてだった」

デローチとティンバーレイク、スピアーズ、ゴズリング、T・J・ファンティーニは「すぐ仲間になった」。アギレラと友達になった日のこともはっきり覚えている。

「クリスティーナは1人で食事をしていた。私は誰かが独りぼっちでいるのが好きじゃない。だから彼女のところに行って、私たちの仲間に入って毎日一緒に食べようと誘った。彼女は自分のトレイを持って私たちのところに来た。後で知ったのだけれど、あのとき私が彼女を誘って、皆で仲良くしようとしたことが、私の出演の決め手になったそうだ」

「親も観察されていた......私たちの両親は皆、とても仲が良かった。私たち7人が選ばれた決め手は、そうした全ての要素だったのだろう」

当時はソーシャルメディアもなければ、携帯電話を持っている子供も少なかった。デローチに言わせれば、キャストたちは自分たちだけの小さな世界の中で生きていくことができた。

「世間とは隔絶した、守られた空間の中にいるみたいだった。番組が世界規模で大ヒットしているなんて、まるで分かっていなかった」と、デローチは言う。

「最近、コロンビアとかヨーロッパとかいろんな国の人たちと会う機会があるんだけれど、みんな『ミッキーマウス・クラブ』を見て育ったって言うの」

「そういう話とか、番組の影響の大きさについて聞かせてもらうと本当にうれしい」

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