「21世紀の首都圏はがらんどう」...サントリーホールが生まれた1980年代を振り返る
ニューズウィーク日本版 / 2024年10月9日 10時40分
些細なことに思えるかもしれませんが、とんでもない。劇場の座席は座標幾何学の身体化であり、1人1枚ずつのチケットは民主主義の身体化である。近代の本質に関わっている。舞台芸術において身体は舞台の上だけで問題になっているのではない、むしろ客席において問題になっているのだ。民主主義と劇場は双子なんだ。そういう奥行を捉える感性が失われてしまっているということです。
ですから、サントリーがサントリーホールをつくったことは画期的で立派なことだと思います。その影響を受けて自治体も本格的なコンサートホールという視点を持つようになり、これからもそれは続いていってほしいと思う。しかし、それがオペラハウスではないことが、僕にとっては一番大きな問題でした。バレエにはオペラハウスが不可欠なんです。
日本政府は劇場事業について大所高所から見ることをしません。見る機関もない。いや、東京文化会館があるからいいではないかということかもしれませんが、世界に誇るべき建築空間だけど、オペラハウスではない。それも補修工事のために近々閉めると聞きました。でも、誰も文句を言わない。
「1つの都市にはこの規模のオペラハウスが必要だ」と配慮する人が国のトップにいないことが、持続的な問題としてあると思います。本当の外交には劇場が必要なんです。
私が「舞踊が大事」というのは、それが最も始原的な芸術であり、直接的に人の生き死にに関わる表現であって、母子関係による人格主体のでき方と直接的に関わる芸術だからです。そういう舞踊が上演される機会、見る機会は多いほうがいいということです。こういった問題にどのように向き合うかを率先して考えていくのが雑誌の役割だとすれば、86年はその原点の年と言えるのではないかと思います。
『アステイオン』創刊号に掲載されたサントリーホールの広告
片山 私は、70年代から東京文化会館でバレエを観ていました。東京で踊りができるホールと言えば、新宿の東京厚生年金会館がありましたね。
70年代頃の東京には、芝、五反田という比較的便利なところにメルパルクホールやゆうぽうとホールという、千何百もの座席を持つ市民会館的な多目的ホールでテレビの公開番組からオーケストラのコンサート、バレエまで何にでも利用できる、いわゆる「ホール文化」が機能していました。
そこから日本が成熟していき、ザ・シンフォニーホールができ、サントリーホールができ、オーチャードホールや東京芸術劇場、そして新国立劇場も90年代に入ってできます。新しいホールは供給過剰なほどで、古いホールと相俟って、80年代、90年代でひととおり整いました。
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