元CIA工作員が、かつての敵国ベトナムを訪問して新たに発見したこと
ニューズウィーク日本版 / 2024年11月27日 8時0分
グレン・カール
<元CIA工作員の筆者が、かつての敵国ベトナムを訪問して発見した対米関係の発展ぶりと成長エンジンの若い力、そして北方の「あの国」の影>
私たちは、ベトナムの首都ハノイの最も古いカフェでベトナム流のラテアートを施したカフェラテを味わっていた。カフェの唯一の窓からは、優雅な赤い歩道橋が見える。最近、私をベトナムの旅へ招いてくれた話し相手のベトナム人女性は、いま自分たちの国がいかに活気に満ちているかを強調した。
「マルクス主義、共産主義......そうしたものは、現在の私たちとは全く関係がない。いま私たちは......外の世界に目を向けたいと思っている」
この国で激しい戦争が戦われたのは、もはや遠い昔の話。社会主義は、脱植民地化の手だてとしての輝きをすっかり失った。
しかし、アルジェリアでの飛行機事故がなければ、ベトナムとアメリカはこれほど辛い歴史をたどらなかったかもしれない。
1945年3月、フランスの指導者シャルル・ド・ゴールは、最も信頼していたフィリップ・ルクレール将軍をハノイに派遣し、ホー・チ・ミンとの独立要求と戦争の脅しに対する解決策を模索した。46年までに、ルクレールはホーとの和解とインドシナの独立を進めようとしていた。
しかし47年、ルクレールの乗った飛行機はアルジェリアの砂嵐で墜落し、乗員全員が死亡。ルクレールの死後、厳格な植民地主義者で反共産主義者のティエリー・ダルジャンリュー提督がハノイの責任者になった。ダルジャンリューはホーとの協力を断固として拒否した。
そして20年間の戦争が始まり、1947~75年の間に命を落としたベトナム人は300万人以上。途中からフランスに代わってアメリカが戦争の主な当事者になると、多くの米兵がベトナムのジャングルや山岳地帯で死亡した。私のボストンの家の近所に住んでいた1人は顔面を吹き飛ばされ、別の1人はジャングルかトンネルで戦死した。
私は南部の主要都市ホーチミン近郊の地下に張り巡らされた「クチ・トンネル」を訪ね、大人1人が身をかがめてぎりぎり通れる程度の狭い地下道で悪戦苦闘しながら、こうした歴史に思いをはせていた。
「共産主義者たちはとても『ハード』でした」
総距離250キロに及ぶ手掘りのトンネルは、今でこそ観光スポットになっているが、ベトナム戦争当時は南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が米軍などとの戦いの拠点として用い、ゲリラ戦の激戦地になった。これまでに私が訪れた戦跡の中では、第1次大戦の戦場であるフランスのベルダンと並んで最も気がめいる場所だ。
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