和歌山県太地町のイルカ漁を告発した映画『ザ・コーヴ』は反日なのか?
ニューズウィーク日本版 / 2024年12月21日 18時37分
森達也
<2010年の公開時に上映中止騒動が起きた『ザ・コーヴ』。「プロパガンダ映画」と批判する人は多いが、表現の本質はプロパガンダだ>
僕が監督した『福田村事件』公開前、多くの記者やライターから「もしも劇場に街宣車が来たら」「もしも上映中止運動が過熱したら」などの質問を頻繁に受けた。曖昧な答え方をしていたけれど、おそらくはそんな事態にはならないだろうと内心は考えていた。
上映中止運動が起きる映画の共通項は、(抗議をする)彼らから「反日映画」とレッテルを貼られること。反日映画とは何か。日本国や日本国政府に盾突くこと。意向に沿わないこと。批判すること。
この定義に従えば、当時の日本国の植民統治を批判する『福田村事件』は確かに反日映画ということになる。しかも現与党である自民党は、小池東京都知事と共に朝鮮人虐殺の史実を認めようとしていない。ならばかつてだけではなく現政権への批判にもなる。反日映画の条件は十分に満たしている。
でも上映中止運動は起きないだろうと僕は予想していた。理由は中止運動が起きた映画の系譜を見れば分かる。古い順に挙げる。
『ナヌムの家』ビョン・ヨンジュ監督
『靖国 YASUKUNI』李纓監督
『ザ・コーヴ』ルイ・シホヨス監督
『不屈の男 アンブロークン』アンジェリーナ・ジョリー監督
『主戦場』ミキ・デザキ監督
『狼をさがして』キム・ミレ監督
抗議を恐れて日本公開が頓挫しかけた『オッペンハイマー』をこのリストに入れることも可能だが、(説明するまでもなく)監督が日本人ではないことが反日映画の条件なのだ。だから歪(いびつ)なナショナリズムが励起(れいき)する。僕は取りあえず日本国籍を持っているから、(抗議する人たちの)標的になりづらい。
とここまでを書きながら、抗議する人たちの底の浅さに改めて嘆息する。せめて観てから言えよと本音では思うけれど、私は観たくもないし誰にも観てほしくない、との主張をぎりぎり認めるとしても、その「観たくない」基準の(無意識の)前提が「監督が日本人ではない」ならば、それはあまりに浅慮すぎる。
今回取り上げる『ザ・コーヴ』は、和歌山県太地町のイルカ漁を告発するドキュメンタリーだ。2010年の公開当時、抗議を受けて多くの劇場が上映を中止し社会問題となった。
この映画を批判するときに「プロパガンダ映画」という言葉を使う人は多いが、映画も含めて表現の本質は全てプロパガンダだ。その主張の正しさや表現については議論されるべきだが、プロパガンダであることは映画の価値とは関係ない。
イルカ漁を含む日本の捕鯨についての問題を言葉で要約すれば、拙速と強引に尽きる。日本の南極海における調査捕鯨の実質は商業捕鯨であると国際司法裁判所は判決を下し、日本は2019年に国際捕鯨委員会を脱退して商業捕鯨に舵を切った。
でも鯨肉の需要は圧倒的に減少している。1960年代は年間20万トン前後を推移していたが現在は1000~2000トン程度。国際的に批判されながら日本が捕鯨にこだわり続ける理由は、捕鯨がナショナリズムのアイコンになってしまったからだ。
最後に書くが、この映画は日本の捕鯨やイルカ漁を批判しているが、日本人を批判はしていない。ラストカットがそれを示している。
『ザ・コーヴ』(2009年)
監督/ルイ・シホヨス
出演/ルイ・シホヨス、リック・オバリー
<本誌2024年12月24日号掲載>
映画『ザ・コーヴ』予告編
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