古代エジプト人の愛した「媚薬」の正体
ニューズウィーク日本版 / 2025年1月9日 18時10分
アリストス・ジョージャウ(科学担当)
<当時使用されていた容器の残留物分析で、アルコールや体液なども含む複雑な「カクテル」の成分が判明>
謎めいた古代エジプトの「マグカップ」には、やはり幻覚作用のある複雑微妙なカクテルが入っていた。予想はされていたことだが、証拠が見つかったのは初めてだ。
このカップは紀元前2世紀頃のものと推定され、研究者たちはこれについて高度な化学分析を実施。その結果、幻覚作用や薬効のある化学物質、発酵させた液体、人間の血液その他の分泌物、さらに複数の香料を含む「複雑な液状の混合物」が入れられていたことが判明したという。
この研究成果はオンライン学術誌サイエンティフィック・リポーツに発表された。このマグカップがセックス絡みの儀式に使用された可能性も指摘されている。
論文の筆頭著者でトリエステ大学(イタリア)化学・薬学部助教のエンリコ・グレコは本誌に、「古代エジプトの儀式で幻覚作用のある物質が使われていたことが、初めて科学的証拠によって裏付けられた」と述べ、こう続けた。「これまでにも図像や文献に基づく仮説はあったが、向精神薬が使われていた事実を示す物理的証拠が出たのは初めてだ」
調査対象は1984年に米タンパ美術館に寄贈されたコレクションに含まれていたもので、古代エジプトの「ベス神」の頭部をかたどったカップだ。ベス神は歓喜や繁殖、家庭の幸福などの守護神であり、グレコによれば、プトレマイオス朝の頃(紀元前305~紀元前30年)にはその役割が「神託的かつ神秘的」な領域にまで及んでいた。
ベス神の頭部をかたどったカップの残留物の成分が明らかに CASSIDY DELAMARTER
「ベス神のマグカップは、これまで具体的な用途が解明されていなかった。しかし今回の研究では最先端の技術を駆使して、この容器の用途と意味を解明できたと思う」
この容器の用途については従来から多くの仮説が立てられていた。だがいずれも古代エジプトの儀式に関する図像資料や伝承に基づく仮説であり、容器に残存する有機物の痕跡の検証はほとんど行われてこなかった。
プレスリリースでは論文の共同著者でタンパ美術館のギリシャ・ローマ部門キュレーターを務めるブランコ・バンオッペンが、「この容器で何を飲んでいたのか、その目的が日常的なものなのか宗教的なものなのか、あるいは何らかの魔術で使われていたのか。そこは分かっていなかった」と述べている。
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