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街に住居に公園に...今日の防犯対策に生かされる「城壁都市のDNA」 理にかなっている理由とは?

ニューズウィーク日本版 / 2025年1月16日 10時15分

現在では食欲増進のキャッチコピーとして用いられる「天高く馬肥ゆる秋」は、元々は北方民族が夏の放牧で肥えた蒙古馬に乗って秋の収穫期に襲来し、略奪することへの警戒を促す中国のことわざだ。つまり、遊牧民族の強盗から農耕民族を守るためのハード面の対策が万里の長城で、「天高く馬肥ゆる秋」という警句がソフト面の対策なのだ。

「万里の長城」は「線」だが、それを「面」に拡充したのが城壁都市だ。中国では、まず城壁が築かれ、続いて街が発展した。そのため、中国語で「城」は「都市」を意味し、都市住民は中国語では「城市居民」と言う。同じ漢字でも、日本では姫路城や熊本城という使い方でも分かるように、「城」という言葉は「要塞」のことで、意味が異なる。

その中国で、世界遺産「平遥古城」は3000年の歴史があり、中国でも人気の城壁都市だ。周囲6キロの街が高さ10メートルの城壁で囲まれ、城内では今も5万人が昔ながらの暮らしを営んでいるという(写真3)。

写真3 筆者撮影

彼らの住む家屋も城壁都市のミニチュア版である。それは「四合院」と呼ばれ、中庭を囲んで四方に部屋を配した漢族の伝統的住居だ(写真4)。3000年前の周代から存在するという。北側にあるのは年長者の部屋で、東西に残りの家族の部屋を置き、南側は台所や倉庫だ。

写真4 筆者撮影

興味深いことに、外周を壁で囲み、壁には窓を設けていない。出入り口も南面に置かれた門の一カ所だけだ(つまり、入りにくい場所)。壁をよじ登ったとしても、降りる先は中庭なので、侵入者は四方から丸見えである(つまり、見えやすい場所)。

この「囲む」という発想は、「国」という漢字の起源(城壁の形が【口】)と共通する。明・清代の宮殿だった北京の紫禁城も大規模な四合院である。そういえば、パラダイス(楽園)の語源と言われる古代ペルシャ語の「パイリダエーザ」も「壁で囲まれた庭」を意味する。

実は、台湾の台北もかつて城壁に囲まれていた。琉球への影響力を弱めた清政府が日本(明治政府)の中国侵攻を恐れ、台湾を中国防衛の最前線基地とするため築城したのだ。城壁は高さ5メートルで、全長5キロに及んだという。

日清戦争の結果、台湾が日本の植民地になると、台北の城壁は撤去されることになった。しかし、取り壊しに地元民が反対したため、四つの城門だけは残された。ここにも、城壁都市に対する日本人と中国人の意識の違いが見て取れる。

今も、中国人は城壁都市が好きなようだ。例えば、坑鄭村には、現代版の城壁都市がある(写真5)。ここは、浙江省台州市にある人口300人ほどの村。山間部に位置しているため、かつては平穏な集落だった。しかし近年、目の前を省道が通るようになり(つまり、入りやすい場所になった)、それ以降、侵入盗が多発するようになったという。

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