辻堂ゆめ 連載小説『ふつうの家族』<第86話>
沖縄タイムス+プラス / 2024年4月9日 7時0分
連載小説『ふつうの家族』
◇
「ちっちーのーちっ!」
五月雨でぬかるんだ狭い路地に、気迫のこもった小学生四人の大声が響き渡る。
叫び終えると同時に、和則かずのりは右手を素早く手前に引き、『金田』の刻印が入ったベーゴマを解き放った。
朽ちかけた味噌樽みそだるに、八百屋のおっちゃんからもらってきた古い前掛けを張って作った床の上で、小さな鉄の塊が四つ、勢いよく回る。
早々に二つが弾はじき飛ばされ 、地面に落下した。負けた二人が悔しがり、大げさに地団駄じだんだを踏む。先に床の中央に陣取ったのは、和則が放ったほうのベーゴマだった。前後左右から敵にぶつかられても、その衝撃をものともせず、まるで布に突き刺さっているかのように、一点にとどまり続けている。
やっちまえ、と和則は咆哮ほうこうし、向かいに陣取る正彦まさひこを盗み見た。四年一組の同級生である彼をはじめ、この路地の先にある長屋に住む連中には、これまでにいくつベーゴマを取られてきただろう。『王』も『長嶋』も『川上』も、勝負に敗れて全部献上した。そんなにすぐ失くしてしまうのなら、次はもう買いませんよと、どれほどママに𠮟られたことか。
小学校で禁止されているベーゴマの改造に、彼らが当たり前のように手を出していると気づいたのは、つい最近のことだった。
長屋の大人たちは、だいたい皆、日雇いとして建設現場で働いている。だからやすりだの加工台だの、長屋にはありとあらゆる工具がそろっていて、それでベーゴマのお尻を針のように尖とがらせてしまうのだ。和則が使っていた底の丸いベーゴマは、何度果敢に挑戦しても、長屋の子どもたちの改造ベーゴマに呆気あっけなく撥はね飛ばされ、勝負の代償としていつも没収されていた。
だが、悔しい思いをするのは、もうおしまいだ。
今日こそは、絶対に勝てる自信があった。和則は手に汗握り、赤く塗装された正彦のコマとの勝負の行方を見守った。
連載小説『ふつうの家族』
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
大学生活を送りながら書いた、リアルタイムな京都、大学、青春小説『22歳の扉』青羽 悠
集英社オンライン / 2024年5月17日 11時0分
-
三浦しをんさんインタビュー 「エッセイって自慢か自虐にしか振りようがなく、私には自慢することが何もない(笑い)」
NEWSポストセブン / 2024年5月12日 11時15分
-
「父は何も語らなかった」直前で死を免れた兵曹長の戦後~28歳の青年はなぜ戦争犯罪人となったのか【連載:あるBC級戦犯の遺書】#41
RKB毎日放送 / 2024年5月10日 22時4分
-
辻堂ゆめ 連載小説『ふつうの家族』<第109話>
沖縄タイムス+プラス / 2024年5月2日 7時0分
-
【2024年4月22日】もう読んだ? 今日の「LINEマンガ」ランキングベスト5
マイナビニュース / 2024年4月22日 23時47分
ランキング
-
1ヘンリー王子とメーガン妃がナイジェリア滞在中に〝王室ルール〟違反=英紙報道
東スポWEB / 2024年5月15日 18時39分
-
2レーガン出港「二度と来るな」 横須賀の市民団体、海上で「母港化」抗議
カナロコ by 神奈川新聞 / 2024年5月16日 21時38分
-
3職員死亡、神戸市賠償命令 教諭いじめ問題対応で長時間労働
共同通信 / 2024年5月16日 20時18分
-
4プーチン政権に激震!国防相はなぜ解任されたのか 12年間の盟友をクビにしたプーチンの本音は
東洋経済オンライン / 2024年5月17日 8時0分
-
5ステーキ「三田屋本店」社長が従業員に暴行疑いで逮捕 「言い分と態度が気に食わなかった」
産経ニュース / 2024年5月16日 19時37分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください