「発達障害でも医師になれた!」教師に匙を投げられた著者が「覚醒する」きっかけになった”ある事件”とは?
OTONA SALONE / 2024年12月24日 20時35分
「私はADHD気質の子どもだった」と振り返るのは、内科医師で小説家の香川宜子氏。小学生のころは学習障害があり、ご両親をずいぶん悩ませたそうです。一体どうやって勉強ができるようになり、医師になることができたのでしょう?『「できんぼ」の大冒険 発達障がい・学習障がいの勉強スイッチ』(徳間書店)から抜粋・編集しご紹介します。
先生に「できんぼ」とあだ名をつけられた小学1年。勉強のしかたがわからなかっただけなのに…
ある日、教室でクラスメイトの男子たちがホームルームの前に、私に「やーい。アホ、アホ」とはやし立てたことがあった。私は半泣きになって、「アホ、ちがうもん」と反論したが止まらない。
助けを求めるべく、教室に入ってきた担任に「先生、太田君たちが私のことをアホって言う」と訴えた。しかし、その時、先生はみんなの前で「できんぼだから仕方ないでしょ」と言ったのだった。先生は私の顔を見ずに、いつもと変わらない口調で顔色ひとつさえ変えずに言ってのけた。
「できんぼだからしょうがない」
さすがの私でもかなり打ちのめされる一言だった。私の活動的な時間はまるで地震の瞬間に止まってしまった時計のように壊れ、その時の光景から先生の横顔までつぶさに私の頭に刻きざまれている。
その日から、私のあだ名は「できんぼ」になった。先生からお墨付きをもらった言葉だったのだ。だから、何か事あるたびに「できんぼ」と男子にはやし立てられ、私は真っ赤になってうつむいていた。
だからといって、どの程度どのように勉強すれば、みんなに追いつくのかがやっぱりわからないから、恥ずかしさに耐えるしか、なす術すべがなかった。先生の印象的な一言は、すべて写真のようにいつまでも残っているものだ。
時計の読み方がどうしても納得いかずにいた2年生。学習障害の”こだわりどころ”は人それぞれ
小学2年の時計の読みや計算も、まったくできなかった。父は大きな柱時計を外して、私に熱心に読み方を教えた。しかし、いくら実践してくれてもできるようにならないので、堪忍袋の緒が切れた父は、その柱時計を私の頭に思い切りぶつけたのだった。もちろん私は火が付いたように泣き出した。
今なら児童相談所に保護されていたかもしれない虐待だろう。今振り返ると、その時の父の気持ちは痛いほどわかるが、私はできないことに泣いたわけではなく、鬼の形相で怒った父におびえて泣いただけなのだ。なぜこれほどまでにわからないのかと問い詰められて、私は答えた。
「なんで1時間は60分なん……なんで1日は24時間なん? なんで長い針がたくさん動いても小さな針は少ししか動かないの?」
ヒクヒクと泣きながら質問した。
今まで10で切り上がる十進法だったので、急に60とか24のような中途半端な数字で位が上がることについてまったく腑に落ちなかったのだ。単純になぜなんだろうということが頭の中をぐるぐると支配し続けていたので、先に進めないのだった。当時は自分で調べる知恵もなかった。
父親は烈火のごとく怒り、「おまえは、なんで、まつもとよしこっていうのか、と聞くのと同じじゃ。そう決められとるだけじゃ! このドアホ」。私はこの勢いに押されて、また火が付いたように泣きじゃくった。
「ほなってわからんもん。ほなってわからんもん」
「これ以上なにがわからんのなっ」
私の訴えと父の怒号が飛び交う。母はオロオロしながら泣き出しそうな顔になる。
説明する能力に乏しい子ども時代は、それしか言いようがなかった。概念というものがわかってなかった。
おそらく「昔々エジプトというところに住んでいる人たちが……」と説明が難しくて子どもにはわからなくても、理由があって12とか24とか数字が出てきたのだ、ということがわかれば腑に落ちて、時間の読みや計算に進めたのだろう。時計を分解して歯車の仕組みを教えてくれたら、それなりに長針と短針の模様が理解できたかもしれない。
今になってわかったのだが、学習障がい(LD)や注意欠如・多動性障がい(ADHD)傾向のある子どもは、このように変なところにこだわりがあったりして勉学に支障をきたすようだ。その決まり事はどこから来たのかというほうに興味があって、決まり事には興味がないから理解できないというふうになるのである。
翌日、時計のテストがあった。返ってきた解答用紙全体に大きく丸が書かれていた。私はとても嬉しくなった。しかし、どこを見ても点数がないことに気が付いた私は、先生に尋ねた。
「先生、点数がありません」
「これが点数です」
なんと、大きなひとつの丸が点数だったのだ。自分ができているのか、できていないのかさえもわからなかったということだ。
私の娘もADHD傾向があるにもかかわらず、そこはなぜか時計をいとも簡単にクリアしていた。そのため、「1時間を100分にしないで60分なんて中途半端な数字で不思議だなと思って母さんは先に進めなかったのだけど、あなたはどうしてできるの?」と聞くと、びっくりしたような顔をして、「母さん……、そう決められていることでしょう。なんの問題があるのかわからない」 と答えた。
しかし、彼女は時間という概念の歴史や長針と短針の動きの差がどこからきているのかには、まったく興味を示さなかった。なので、同じ発達障がいとはいえ、本当に人それぞれだ、ということだ。
小学3年、先生が頭をなでてくれたおかげで「覚醒」。やる気が爆誕する「事件」が勃発!
新3年生の担任は八木先生といい、優しそうな笑みを上手に浮かべる背の高い先生だった。保護者への最初の説明会のあとに、母は背を丸めるように小さくなって八木先生に申し訳なさそうに話をしていた。
しばらくして、先生は私を母のもとに呼ぶと私の頭を撫でながら、
「お母さん、心配はいりませんよ。早生まれの子はどうしても低学年の時はみなさんより遅れがちになりますが、だんだんついてこられるようになります」
と言ってくれた。
母はその一言に大変救われたのか、学校で初めてにっこりとしたような気がする。それでは、1、2年の担任はそういうことさえ知らなかったのだろうか? 私はというと、その言葉の意味をはっきりとはわからなかったが、先生が初めて優しく頭を撫でてくれたので、なにかいいスタートが切れそうな予感がしていた。
素直で天真爛漫な性格だった私は、その些細な出来事で気をよくし、時間割もきちんと記して、教科書やノート、文房具も準備し、家でも勉強をやってみようと思うようになっていった。単純なものだ。
先生が頭を撫でてくれたことがここまで変えたのだ。自分で本読みの練習もするようになったが、予習として何度も読んではみたものの、なかなかすんなりとは読めなかった。
2年間のブランクはそうそう埋まるはずもなく、成績においても、たいした変化は生まれなかった。しかし、とにかく成績とは関係なく、勉強するということが少しずつ楽しくなっていった。
私が自ら本を開いたり、漢字の読み方を聞いたりし始めたので、母はかなり嬉しかったのか、毎日のように私の好きな夕食のおかずを作ってくれた。母も単純なものだ。
ある日、私が書いた詩を八木先生がとても褒めてくれた。そしてその詩を新聞に投稿するという。クラスのみんなから「すごいなあ」と祝福を受けた。
その詩の題名は「夏の夜の音楽隊」。今から思うと、そういう曲を授業で習ったため、それが頭に焼き付いて詩にしたのだろう。
私は学校で先生に褒めてもらうことはなかったし、クラスメイトから羨ましがられることは一度もなかった。そのため、この詩の〝事件〟は、私をたいそう喜ばせ、私の内にあるやる気を引き起こした。それからは私なりに一生懸命勉強をした。
私の詩は本当に新聞に掲載された。母も父もたいそう褒めてくれた。父は新聞を複数買ってきて切り抜いて、親戚に手紙と一緒に送っているところを見た。
このことをきっかけに、学校での私の居場所がだんだんでき始めた。たぶん、これは先生の作戦だったのだろう。成績も指定席の38番から徐々に上がっていった。
通信簿で並んだアヒルさんの「2」から「3」が並び始めたので、おそらく真ん中くらいの成績に上がっていたのだろう。予習をすると先生に褒められ、クラスメイトにもいちもく置かれることがわかった。
■ここまでのお話では「できんぼ」として居場所のなかった著者が褒められる体験をきっかけに少しずつ自己確立を始めるまでの経緯をお伝えしました。続くお話では小学校卒業~中高生にかけて、著者が勉強のコツをつかみ、めきめきと成績を上げていく様子をご紹介します。
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