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不思議と涙を誘われる「漫画家・矢部太郎さん初の大規模展覧会」

PHPオンライン衆知 / 2024年5月10日 11時30分

矢部太郎展

お笑い芸人であり漫画家の矢部太郎さんによる初の大規模展覧会「ふたり 矢部太郎展」が、東京・立川のPLAY! MUSEUMで開催中です。会期は2024年7月7日(日)まで。代表作から最新作まで、矢部さんの作品が様々な方法で展示されています。

大人気フィクション『大家さんと僕』(新潮社)からは、来場者が作品の一部になれるインスタレーション体験に加え、展覧会のためにアクリル絵の具で制作した約100点の描き下ろし作品も用意。

さらに、矢部さんが子ども時代を過ごした東村山の暮らしを感じられる映像コーナー。矢部さんの父であり、絵本・紙芝居作家のやべみつのりさんが家族絵日記として綴った「たろうノート」の現物展示などもあり、矢部さんご自身の半生に迫る内容にもなっています。

開催前日にはメディアに向けた内覧会が開かれ、矢部太郎さん、PLAY! MUSEUMプロデューサーの草刈大介さん、空間・ビジュアルデザインを手がけた樋笠彰子さんによるギャラリートークが行われました。その模様をお届けします。

 

展覧会に至る“思わぬきっかけ”

矢部太郎展
↑入口にあるパネルは4面の回転式。「最初ご提案いただいたのは、僕の写真パネルだったんですけど入口でこれで撮りたい人いるかな、と自信がなくて...」と矢部さん

立川のPLAY! MUSEUMでの漫画の展示は、2022年に行われたさくらももこさんの「コジコジ万博」に続く2回目。今回の矢部太郎展に至るきっかけには、意外なエピソードがあったとか。

「コジコジ万博に大きな反響があって、漫画の新しい楽しみ方を提案することに可能性を感じていました。またいつか漫画の展示を企画したいと考えていたタイミングで、ちょうど矢部太郎さんがお忍びで来てたんですよね。その日、矢部さんが受付で荷物をバッと落とされたみたいで、その中の領収書に"矢部太郎"って書いてあるのをスタッフが目にとめて...笑」(草刈さん)

コジコジが元々お好きだったという矢部さん。展覧会への来場について「お忍びじゃない」と恥ずかしそうに否定して会場に笑いを誘いました。

「誰もが生きづらさを感じるような時代に、矢部さんの描く漫画が支持されていることを本とは違う形でPLAY! MUSEUMで紹介したいと思いお声がけしました。

『大家さんと僕』が2017年に出て、初版が6000部だったんですよね。その6000部が、いまや120万部になりました。どうして120万部までいったのか新潮社の担当編集の方に聞いたら、"みんなが応援してくれたから"と言っていました。書店員の方や、読者の口コミで広がる作品なんだなと、それを聞いてすごい納得がいって。だからこの展覧会も、来場者一人ひとりの応援から広がっていけばいいなと」(草刈さん)

また、漫画を展覧会に落とし込んでいく上で、プロジェクトの序盤からデザインに携わったアートディレクターの樋笠彰子さんは「子どもの頃、テレビを通じて好きだった矢部太郎さんの初の大規模展覧会に携われて、本当にうれしかった」とご自身の想いを話しました。

 

じっくり味わいたい“お父さんとの思い出”

矢部太郎展

入口を入って最初の空間は年表形式になっており、矢部さんの半生へと迫る内容に。小学生の頃、父にすすめられ作っていたという「たろうしんぶん」や、"さようなら体罰"と書かれた中学時代のメッセージ性たっぷりなポスターなどが並び、矢部さんの作家としての萌芽を見せてもらったような感覚になります。

ひときわ目立つ"さようなら体罰"についてトーク中に問われると、

「図工の時間にレタリングを使ってポスターを描く授業があって、当時体罰している先生がいて嫌だなあと思って。その頃から非暴力、不服従という私の漫画のテーマにも近いようなことを考えていたみたいですね笑」(矢部さん)

とコメント。子どもの頃の矢部さんの素顔が垣間見えました。

次のブースに進むと、矢部さんの出身地である東村山の何気ない風景が映像で流れています。これは2作目の『ぼくのお父さん』(新潮社)の中にある、矢部さんが子どもの頃、お父さんの漕ぐ三輪車の後方のカゴに乗って過ぎ去る景色を見ているシーンを再現して撮ったVTRだそう。

壁際には『ぼくのお父さん』に収録されている漫画の展示が。漫画の途中途中に貼られた吹き出しには、作家業のためいつも家にいて他のお父さんとは"なんだかちがう"矢部さんのお父さんとのエピソードが書かれています。

矢部さんは『ぼくのお父さん』の出版の経緯についてこう話してくれました。

「『大家さんと僕』を出した後、お父さんが僕が生まれたときからずっと描いていた絵日記を見せてくれて、<次はこれをもとに"お父さんとぼく"を書いたらいいんじゃない>って売り込みがあったんです。その日記の現物も飾ってあります。

僕もこれを読んで、知らなかった自分のこと、お父さんのことを知れて、あの頃のことを描いてみたいなと思ったんです」(矢部さん)

矢部太郎展
↑家族え日記の一部

お父さんが綴っていた家族絵日記『たろうノート』には、赤ちゃんの頃の矢部さんがお昼寝していたり、猫と遊んでいたり、一家が過ごしていた日常がありのままに描かれています。それを見ていると、自分も子どもの頃に味わった家族とのなんて事のない日々が重なって、胸がじんわり温かくなります。

きっと見る方の多くにとっても人生で愛情をくれた大切な誰かを思い起こさせる、そんな展示エリアになっているのではないでしょうか。

そしてフロアの真ん中に目を向けると、何やら銀色に光る大きな物体が。

矢部太郎展

「これは僕のお父さんが上の階にあるPLAY! PARKに来たお子さんたちと作った宇宙船です。

子どもの頃はよくお父さんと工作をしていて、それを久しぶりにさせてもらって。なんか作ってるときにお父さんが、僕の耳元でボソッと<懐かしいね>って笑。すごいいい経験させてもらいました」(矢部さん)

宇宙船を作った当日、お父さんのやべみつのりさんは絵本の締め切りに追われ疲れているご様子だったとか。しかし、工作が始まると急に元気になったそうで「目がバキバキでしたね」と微笑ましいエピソードを矢部さんが紹介してくれました。

「4本の柱を牛乳パックで作ったんですけど、組み立てたときに柱の太さや形がバラバラになって、でもそれを見たお父さんは<でべそだ。いいねえ>と言っていて、そういう方から矢部太郎さんのような方が育つんですね」(草刈さん)

「確かに小さい頃からなんでも、いいねって言ったもらっていましたね」(矢部さん)

 

 

一本に並んだ漫画が人生のよう

矢部太郎展

一番大きな部屋は、名作フィクション『大家さんと僕』の展示になっています。空間のポイントを樋笠さんが教えてくれました。

「壁際には入口から出口まで漫画が並び、合間に今回のために矢部さんが描き下ろしたアクリル画が飾られています。

真ん中の円状の机には、漫画の中からクスっと笑えるようなエピソードが厳選して並べられています。天井から吊るされるスクリーンには、『大家さんと僕』の一説を矢部さんが紙芝居で読んだ映像が流れています」(樋笠さん)

今回の展覧会のタイトルは「ふたり」は、企画段階で決まっていたそう。『大家さんと僕』の物語では、2人の会話、関係の深まり、すれ違い...そういったものがリアルにかつやさしく描かれていて、それを展示で表現できないかと草刈さんが持ちかけたのだとか。

矢部太郎展

「空間がポップで可愛らしいんですけど、なんだか神聖な感じにもなっていてすごく嬉しいです。僕にとって『大家さんと僕』はそういう作品だから」(矢部さん)

『大家さんと僕』は、アパートの1階に大家のおばあさん、2階には芸人の矢部さんの少し変わった二人暮らしが描かれています。ほっこりとした日常が流れ、時にほろっと泣ける作品として長く愛されています。実在の人物をモデルに描いているからこそ矢部さんには特別な想いがあり、展示の空間の仕上がりを見た感動を語ってくれました。

「一本の道のように物語を読んでいくのは、人生のようにも見える。それに展示に来てくれた方も前に誰かがいたらそれ以上読み進められないから待ったり、一つの物語を何人かで共有するような、家で漫画を読んでいたらなかなかできない体験になるかもしれません。

描き下ろしのアクリル画は、もう一度物語をたどるように描いていったので見てほしいですね」(矢部さん)

 

矢部さんだから描ける、やさしいアクリル画

矢部太郎展

後半にかけて通路には、矢部さんがこの展示のために描き下ろした"約100点"のアクリル原画が並びます。約100点というのは、最初に草刈さんとの間でそう決めたものの、まだ達していないため数えないことにしているとか...。

アクリル絵の具で描く機会は、これまであまりなく「初めてに近い」と話す矢部さん。やさしさが具現化したような、ため息が出るほど素敵な絵の数々を見ることをできます。

通路を突き当たると図録のために描き下ろした『昼寝姫』がちら読みできます。担当編集の方に自由に描かせてもらえたという矢部さんは「最高傑作です」と嬉しそうにこぼしました。来場者へのお土産にはなんと、昼寝姫のシールがあるというので、図録とともに楽しめそうです。

 

矢部さんが提案した唯一の展示も

最後の部屋には、現在連載中の作品、3月に新刊として出たばかりの『プレゼントでできている』など3作品が部分的に紹介されています。中でも『プレゼントでできている』の内容に出てくる、ヨガの先生からもらった"人物像"や、タクシー運転手さんにもらった"期限が1年前の50円割引券"の展示が矢部さんのおすすめだそう。

通路にぽつんと立った古い電話は、『大家さんと僕』に出てくるシーンをイメージして矢部さんが提案したもの。電話を取ると矢部さんが語りかけてくれるのを聴くことができ、5パターン用意されているといいます。(ちなみに編集部・片平が取ったときは、矢部さんの優しい「もしもし~」でした。他のパターンも聴いてみたい!)

締めくくりに、これまでの作品が一挙に並んだ光景について問われると、

「けっこう描いてたんだなあと思いました。漫画って1コマ1コマ描いては次を描くから、あまり振り返らないので、改めて作品を並べてみて"大作家なんだなあ"と思いました笑」(矢部さん)

と語り、場を和ませました。

 

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