禅は「他人との比較」をもっとも嫌う 住職が説く、劣等感を手放す唯一の方法
PHPオンライン衆知 / 2025年1月17日 12時0分
劣等感や失敗を恐れる心は、人を委縮させ、行動に踏み出せなくなる要因になります。曹洞宗徳雄山建功寺住職の枡野俊明さんは、禅がもっとも嫌うのは「比較すること」だと説きます。それらのマイナス感情から抜け出し、たくましい心で生きていくためのヒントを枡野さんのご著書『傷つきやすい人のための図太くなれる禅思考』より紹介します。
※本稿は、枡野俊明著『傷つきやすい人のための図太くなれる禅思考』より一部抜粋・編集したものです。
「放下着」...禅に学ぶ劣等感の抜け出し方
人はさまざまな思いを持って生きています。そのなかには困ったものもある。劣等感がそれです。劣等感は自分と他人を比較することで生まれます。禅はその「比較する」ということをもっとも嫌うのです。
ここで、みなさんのなかにある劣等感を思い浮かべてみてください。
「同期のあいつはいつも易々と仕事のノルマを達成している。いくら頑張っても、到底、自分はかないっこない」
「彼女は綺麗だから、どんなファッションでも似合うんだわ。おしゃれをしても、こんなわたしじゃ......」
他人に比べて自分は劣っているという思いは、心を縮こまらせますし、悩みや苦しみにも繋がっていきます。しかし、よく考えてみてください。自分より仕事の能力がある同期を羨んだら、自分の能力が高まりますか?綺麗な彼女を妬ましく思ったら、自分が美しくなるのでしょうか。
答えは「否」でしょう。そう、他人と比べたところで、自分は何ひとつ変わらないのです。知ってほしいのはこの一点です。そして、それが劣等感から抜け出す唯一の方法でもあるのです。
それに、「劣っている」という思いにはかなり不確かなところがあります。こんな言葉を知っているでしょう。
「隣の芝生は青い」
わが家の芝生に比べて隣家の芝生は青々としているように見えるものです。しかし、じつのところは変わらない。なぜか、他人のものはよく見える、よく見えてしまう、というところが人には少なからずあるのです。これも劣等感を生む一因といえそうです。
易々と仕事をこなしているように見える彼は、じつは見えないところで懸命に努力をしていて、その結果を出しているのかもしれません。能力という面では自分と同じ、あるいは、自分より劣っていることだってあるのです。
「放下着(ほうげじゃく)」
これは、捨ててしまいなさい、という意味の禅語。「放下」は放り投げる、投げ捨てるということ。「着」はそれを強調する語です。まず、捨てるべきは"比べる心"です。捨てれば、いまよりずっと軽やかに、おおらかに生きられます。それまでは比べる対象にじっと目を凝らし、その動向に一喜一憂していたなんてことがあったかもしれませんが、その負担がなくなって、心が安らかになります。
他人と比べる心を捨てると、ピリピリと過敏に反応することがなくなり、心がゆったりとしてきて、いいことがいっぱい起きます。たとえば、外に目を向ける必要がなくなったぶん、自分の内面に目を向けることができるでしょう。自分を見つめる時間が増えるのです。ここはとても大事なところです。
わたしは自分の内面でなら比較をしてもいい、もっといえば、比較をするべきだ、と考えています。
「前の仕事では詰めの段階でトラブッたりしたけれど、今度の仕事ではスムーズに最後まで完遂することができた。少しは、仕事のスキルが上がったかな」
「いままではいわれたことをするだけだったのに、自分なりに工夫をして仕事をするようになった。これって、やる気が出てきたってことかしら?」
自分を見つめ、以前の自分といまの自分を比較することで、変化を感じる。それ以上の自己検証はありません。さらに、できなかったことができるようになった自分を知ることは、心にとって大きな喜びですし、もっと自分を飛躍させるための確実な原動力にもなります。
失敗への恐れの妙薬は「開き直り」にある
みなさんが何か行動を起こそうとするときに、まず、頭をよぎるのはどんなことでしょう。
「よい結果になったらいいなぁ」という成功イメージも、当然、頭にはあると思いますが、その裏には、「もし、失敗したらどうしよう?」というマイナスのイメージも、必ず、ついてまわるのではないでしょうか。
それが人間ですし、誰もがどこかにその恐れを抱えながら生きているのです。とりわけ、ものごとを真面目に考える人、何にでも真摯に取り組もうとする人はその傾向が強いかもしれません。失敗を恐れるあまり、心が萎縮してしまい、動けなくなる、行動に踏み出せなくなるのです。
失敗ということで、わたしが思い出すのは雲水修行、すなわち、禅僧になるための修行道場での修行に入った当初のことです。それまでは"俗世"にいたわけですから、修行の初日から生活はガラリと変わったものになります。
それこそ、右も左もわからない状態で修行に取り組むのですから、何をしても失敗の連続。挨拶から箸の上げ下ろし、立ち方や歩き方など、ふるまい方の一切合切にダメが出されます。当時は鉄拳による"教え"が当たり前でしたから、とにかくどやされてばかり。
既述しましたが、朝起きることひとつとっても「寝坊をしたらどうしよう!?」と心配で、なかなか寝つかれませんし、眠りも浅く、1時間ごとに目が覚めるという塩梅でした。冬でもびっしょりと寝汗をかいたことを憶えています。しかし、そんな修行生活をある程度続けていると、気づくことがあるのです。
生活が一変したのだから、失敗するのは当たり前、怒られながらできるようになればいいのだ、というのがその気づきです。できない自分を認めよう、そのまま受け容れよう、という気持ちになったとき、そこに気づくことができた、といっていいかもしれません。
実際、3か月、4か月が過ぎる頃になると、朝も自然に起きられるようになりますし、ふるまいも禅僧としてのそれがだんだん身についてもくるのです。坐禅や作務(掃除などの作業)もなんとかこなせるようになる。
いま考えてみると、気づきの中身は「開き直る」ということだったのではないか、と思います。開き直るというと、一般的にはあまり良いイメージはないのかもしれません。しかし、神経がこまやかで敏感な人ほど、ちょっとした失敗や人間関係のストレスに悩み、いつまでもクヨクヨしてしまう。うつ病など心の病になってしまう人も少なくありません。そういう意味で、開き直ることで失敗への怖れが薄れ、修行に打ち込むことができるようになるのです。これは、わたしの実感です。
「失敗したっていい。とにかくやるしかない」
そんなふうに思えてくる。もちろん、みなさんの日常生活と修行生活を同じように語ることはできません。しかし、開き直りが失敗をいたずらに恐れることに対する"妙薬"であることは、変わらないのではないでしょうか。
仕事で失敗したって、少々、上司からお目玉をいただくくらいでしょう。その後、仕事にトライする機会がなくなってしまうわけではないはずです。それに、やってみなければ失敗するかどうかはわからないのです。わからないことは放っておく。失敗に縛られない。それが禅の根本的な考え方です。よく知られるこんなことわざもあります。
「案ずるより産むが易し」――あれこれ思い悩んでいるより、やってみたら案外うまくいくものだ、という意味ですね。このことわざ、「開き直りなさい」という昔の人からの教訓に感じませんか?
失敗への不安は脇において、開き直ってください。躊躇わないで、きっとできます。そして、何であれそのことを一所懸命にやることだけにつとめる。その経験がまちがいなく、心を少したくましくします。「図太さへの道」が開けるのです。
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