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《時代を敏感に感じ取ってきた女性芸人たち》日常的だった「容姿いじり」からの脱却、変化するその環境や意識

NEWSポストセブン / 2024年6月26日 7時13分

 同時に、“女芸人たるもの仕事に生きよ”という圧も強く、結婚や出産をすれば芸人として生きることは難しかったという。前出の島田が語る。

「皆さん言うんです、若井みどり師匠とか、今いくよ・くるよ師匠もそういうお話をしてたんですけど、“私たちの頃はそれしたらもう仕事がもらえないと思ってた”って。境目はモモコ姉さん(ハイヒール・モモコ)ですね。師匠たちも“モモコが変えたね”って仰います。師匠たちは、“私たちもしたかってんけど、勇気がなかった”って。自分たちができなかったからこそ姉さんの背中を押したんですね。モモコ姉さんは、私にとっても希望になりました」

先輩の男性芸人が求める役割をこなした「えらいよ、頑張ってるよ」ねぎらいに涙

 古くは安土桃山時代の女芸者・出雲阿国などもいるが、戦前に活躍した最も有名な女芸人のひとりがミスワカナだ。

「夫の玉松一郎さんとのコンビで夫婦漫才を披露し、戦時中は中国大陸を慰問訪問しました。軽妙なしゃべりと歌のうまさで人気を博した“伝説の女芸人”として知られ、NHKの連続テレビ小説『わろてんか』(2017年)で広瀬アリスさんが演じた女性芸人のモデルになりました」(ラリーさん・以下同)

 終戦後、ミヤコ蝶々・南都雄二、鳳啓助・京唄子の夫婦漫才や、海原お浜・小浜、内海桂子・好江の女性漫才が敗戦国日本を明るくした。一方で、ラリーさんは「戦後しばらくの間、女芸人は圧倒的なマイノリティーでした」と言う。転機を迎えたのは1980年。フジテレビの『THE MANZAI』を契機に漫才ブームが巻き起こり、関西の女性漫才師の人気と実力が全国に知れ渡った。

「互いの体形や容姿をいじり合う今いくよ・くるよや、アイドルや芸能人をこきおろす春やすこ・けいこらが全国区になりました。“自虐ネタ”と“毒舌ネタ”といういまも女性芸人がよく使う2つの笑いの手法が、この時点で確立されていました」

 1980年代後半から1990年代にかけては山田邦子(64才)、上沼恵美子(69才)が東西で躍進し、野沢直子(61才)、久本雅美(65才)、清水ミチコ(64才)らもお茶の間の人気者になった。女芸人がテレビのバラエティー番組に続々と進出する中、西澤さんが注目するのは1996年にスタートした『めちゃ2イケてるッ!』(フジテレビ系)に出演したオアシズ(光浦靖子・大久保佳代子)の2人だ。

「バラエティー番組において、“ブスいじり”をきちんとした職業にしたのはオアシズが最初ではないでしょうか。実際、『めちゃイケ』の総合演出担当者は『ブスだからどんな卑屈なことを言ってもいいという状況を逆手に取り、商売にしたのはオアシズが最初』と語っていました。光浦さんは東京外語大、大久保さんは千葉大と2人とも高学歴で弁が立ち、自分たちに求められている役割を鋭く察知し、“ブスキャラ”として自虐的に振る舞うことでブスいじりに変革をもたらしました」(西澤さん)

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