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荻堂顕氏、新作長編『飽くなき地景』インタビュー 「戦争や昭和史の当事者が少なくなる中で非当事者が誠実に語っていくことが大事」

NEWSポストセブン / 2024年10月15日 7時15分

 そんなある日、彼は父が見知らぬ男に筒状の何かを渡すのを見かけ、胸騒ぎを覚える。果たしてそれはかつて祖父が〈この刀は烏丸家の守り神です〉〈治道さんは、背筋のよい人になってください〉と言って自分の背に押し当てた無銘だった。

 彼はその派手な背広姿の男〈藤永〉が渋谷の愚連隊〈松島組〉の一員だと知り、重森共々、ある行動に出るのだが、一連の騒動もまた東京の街の蠢きの中に呑み込まれていくのである。

シンパシーよりエンパシーを喚起

「僕自身は刀好きでもないし、刀は美術品だという理屈を詭弁だとすら思っています。本を正せば人殺しの道具じゃないかって。そうやって刀本来のアイデンティティを曲げてまで所有を認めさせた経緯自体、戦後の日本そのものですし、その視点を僕は刀のことを何も知らずに書いたから、発見できたかもしれない。前作『不夜島』でもあえて全く何も知らなかった台湾を舞台にしたり、その方がバイアス抜きに書ける部分もあると思うんです」

 昭和に関してもそう。

「今の30歳以下の世代からすると、昭和史自体がもうフィクションなんですよ。特に最近は昭和とか戦争周りの著作権が切れ始めていて、女子高生がタイムスリップして特攻隊員と恋に落ちる話を特に違和感なく消費しても大丈夫な空気がある。それって怖いことだし、例えば原爆の語り部の方の平均年齢が90近くなる中、戦争や昭和史を非当事者が誠実に語っていくことって大事だと思うんです」

 また、結局は父の会社に入社し、広報部を任された治道と東京五輪の強化選手〈高橋昭三〉の交流を描く第二部「一九六三年」や、第三部「一九七九年」でも主人公は終始、揺れ通しだ。

「彼はいわゆる信頼できない語り手で、『ギャツビー』のニックもそうですよね。主人公の認知の歪みや目の曇りに本人が徐々に気づき、共感はできないけど自分も少しわかるかもみたいな、シンパシーよりエンパシーを喚起するのが、僕はいい小説だと思うので」

 作中にも〈曲線と冷徹な直線〉の〈矛盾めいた共存〉といった刀に関する記述があるが、烏丸家の親子関係にも愛と憎が常に相半ばし、幻想と現実、〈水平性と垂直性〉など、様々な価値観がせめぎ合う矛盾こそが、東京の景観を形作ってもいた。

「僕も今の東京に関しては、そんなに開発して大丈夫?とは思いつつ、街は変わるものだという諦念しかない。結局はその人その人の、あの時の風景がよかったということでしかないと思うし、それもまた、幻でしかなかったりするんです」

【プロフィール】
荻堂顕(おぎどう・あきら)/1994年東京生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーライターや格闘技ジムのインストラクター等をしながら投稿を続け、2021年に第7回新潮ミステリー大賞受賞作『擬傷の鳥はつかまらない』でデビュー。2作目の『ループ・オブ・ザ・コード』は第36回山本周五郎賞候補、続く『不夜島』では第77回日本推理作家協会賞を受賞。幅広い作風や高い描写力で評価を集め、「全ジャンルを書きたいと思っています」という注目の新鋭。163cm、66kg、O型。

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2024年10月18・25日号

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