【逆説の日本史】「新ロシア帝国」の成立を阻止すべく「皆殺し」にされたニコライ2世一家
NEWSポストセブン / 2024年10月14日 16時15分
これとは事情がまったく異なるのがロシアだった。たしかに十月革命によってロマノフ王朝はいったん滅びたが、ツァーリ(ロシア皇帝)の支配は遡れば東ローマ帝国の時代から続く伝統であり、国家の宗教であるロシア正教とも固く結びついている。革命によって多くの特権を失う貴族層だけで無く、一般民衆も「パンさえ得られれば」ロマノフ王朝を支持する者も少なくない。
ここは日本の江戸時代を思い出していただきたい。一般民衆は平穏な生活さえできれば、別に声高に権利を主張したりはしない。「お上には従う」。それが庶民というものである。そうなると革命を完成させたい人間にとって、もっとも都合の悪い事態とはなにか? それは「白系ロシア人」たちが「統合の象徴」をロマノフ王朝の皇族に求め、その結果擁立された「新たな皇帝」が「新ロシア帝国」つまり白軍の総帥となって革命に対抗してくることだろう。
そうなれば、欧米列強や日本も「新ロシア帝国」を承認するかもしれない。いや、承認するだろう。なぜなら、欧米にとっても日本にとっても、大ロシアが二つに分裂することは敵が弱体化することであり、望ましい事態であるからだ。では、この事態を絶対的に阻止するためにはどうしたらいいか?
おわかりだろう。皇帝一家を皆殺しにすることだ。もちろん、幼い子供だからといって見逃してはならない。平治の昔、平清盛は少年であった源頼朝と赤ん坊であった源義経の命を助けたが、その結果どうなったかはご存じのとおりである。いわば「皆殺し」は、近代以前の人類の歴史の法則でもある。だからこのとき、ソビエト共産党もそれを実行した。
ニコライ2世は「ボリシェビキが政権をとったあと、1918年4月にエカチェリンブルグ(ソ連時代はスベルドロフスク)に家族(皇后と4人の子供たち)とともに幽閉され、地方のボリシェビキによって射殺された。2000年8月ロシア正教会は、ニコライ2世とその家族を『受難者』として列聖した」(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊)。
ちなみに、このとき奇跡的に脱出したと称し、後世マスコミを騒がし映画の題材にもなったのが「第四皇女アナスタシア」であるが、公式には彼女は父母きょうだいと同じ日に殺されたとされている。そして、なぜ二〇〇〇年に一家が列聖されたかと言えば、この虐殺は裁判にも法律にも基づかないものであったからだ。いわば一家は、「無実の罪」で殺されたのだ。
では、ここで当時の日本人の気持ちになって考えていただきたい。日本人はこの革命についてどんな感想を持ったか、ということである。
(第1433回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2024年10月18・25日号
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