河崎秋子さん、羊飼いだった作家前夜を綴る初エッセイ集についてインタビュー「傍から思い切りよく見えているときでも内心はビビり倒しています」
NEWSポストセブン / 2024年11月24日 16時15分
両親は手放しの賛成ではなかったが、「やりたいならやってみなさい」という姿勢だったそうだ。
「当時はわかっていなかったけど、それがとてもありがたいことだったとだんだんわかるようになりました」と河崎さん。
ご実家は道東の別海町にある酪農家で、牛を飼っている牧場の一角に、畜産試験場から払い下げてもらった2頭の羊を育てることから河崎さんの羊飼いの仕事は始まった。
実家は酪農家でも羊は飼ったことがなかった。牧場で契約している獣医師は牛しか診ることができず、ほとんどの病気は河崎さんが自分で何とかするしかなかった。羊が大きくなれば食肉加工場に持っていき、羊肉の販路も開拓しなければならない。すべての行程を手探りで、形にしていった。
当初の計画では羊を増やし、独立して自分1人で食べていけるようにしようと考えていたが、酪農を始めた父が脳卒中で倒れ、介護が必要になって、家を離れるわけにいかなくなった。
「振り返ってみたら、通ってきた道には山があったり谷があったり、結構いろんなことがあったなと思います。これはこういうことだったんだ、と言葉を見つけながら書いていったところもあります」
これを書くことで、きちんとけじめをつけられた気がする
大学時代は文学サークルに所属し、当時から小説を書いていた。
「あんまりできがよろしくなくて。もっと人生経験を積んで、考えを練ったほうがいい。自分にはまだまだ足りないことが多いので、とりあえずは人間として、苦労しながらやりたいことをやることが大切で、そうしていたらそのうち何か書けるかもしれないと20代では考えていました。羊の勉強を始めたときも、『書くとしても今じゃない』と思っていましたね」
その後、2012年に「東陬遺事」で北海道新聞文学賞を受賞、2014年に『颶風の王』で三浦綾子文学賞を受賞したのは周知のとおりだ。その後も、兼業で羊飼いを続けていたが、作家専業になることを決断する。
「この本のもとになる連載を書く機会をいただいたことで、きちんとけじめをつけられた気がします。書いてなかったら、自分の心の中でやめられてなかった可能性もあるかなと思います」
もともと大学時代に教授の家のバーベキューで食べた北海道産羊肉の美味しさが、羊飼いを目指す大きなきっかけだったという河崎さん。本に載っている料理写真も、写真だけでも美味しいとわかるが、一方で、最初に食べた、自分が育てた羊肉の味を特段、記憶を残していない、と書いているのが興味深い。人間の記憶のメカニズムの不思議さをうかがい知るエピソードである。
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