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「同一労働同一賃金」で企業が恐れる「給与差」立証責任

プレジデントオンライン / 2016年4月8日 8時45分

■同じ仕事の正社員と非正規の賃金差がなくなる?

安倍晋三首相が打ち出した「同一労働同一賃金」の実現が経済界と労働界に波紋を呼んでいる。

首相が最初に発言をしたのは、1月22日の施政方針演説だった。一億総活躍社会を実現するには非正規労働者の処遇を改善し、能力を十分に発揮することが重要であるとの観点から、白羽の矢が当たったのが同一労働同一賃金だった。

同一労働同一賃金とは、職務や仕事の内容が同じである労働者に対し、同じ賃金を支払うべきとする考え方だ。

だが、一口に同一労働同一賃金といっても、そもそも誰と誰を比べて同じにしなければいけないのかという議論がある。歴史的には差別防止の観点から性別、国籍、人種の違いによる賃金の差別的取扱いを禁止してきた。日本でも労働基準法3条と4条で同じような差別を禁止している。

また、同じ仕事や職務であっても異業種や企業規模(大企業と中小企業)による賃金の違いもあり、これも同一にするべきなのかという議論もある。

そもそも日本は欧米と違って職種別労働市場もなく、企業間の賃金格差も大きいので実現は容易ではない。

ただし、今回、注目すべきは安倍政権は「同一企業内の正社員と非正規社員(パート・契約・派遣社員)の賃金の違い」をターゲットにしていることだ。つまり、正規・非正規を問わず同じ企業に勤める職務が同じ労働者であれば同じ賃金にしていこうというものだ。

▼日本の常識を覆す大胆な改革

それでもこの考え方は従来の日本の常識を覆す大胆な改革だ。

なぜなら、同じ職場で同じ仕事をしている正社員とフルタイムの非正規社員がいると仮定し、非正規の時給が1000円、正社員の月給を時給換算した場合に2500円だったとすれば、パートも2500円にしなさいということになる。また正社員が100万円のボーナスをもらっていたら同じ額を支払うことになるからだ。

だが日本の実態はそうではない。

正社員は年齢や勤続年数で賃金が上がる年功序列型体系がベースにあるが、非正規にはそういう仕組みがない。それだけではなく正社員は終身雇用(無期雇用)というだけでボーナスや退職金、家族手当などの諸手当、福利厚生を含めた手厚い処遇を受けている。しかも同じ正社員でも高卒の一般事務職や工場で働く社員と大卒・院卒を対象に採用された総合職とでは賃金の上がり方も違う。

こうした点だけを見ても日本は「同一労働同一賃金」ではないと言える。

■同一労働不平等賃金 裁判所の判断は?

また社会的実態だけではなく、裁判所も同一賃金同一労働でなくともよいとの判決を出している。

具体的には学歴、勤続年数の違いだけではなく、正社員と非正規社員の待遇格差を違法ではないとの判決が相次いで出されてきた。

社会的かつ司法上も“同一労働不平等賃金”を許容してきた日本でそれを変えるというのだから、大胆な改革というしかない。

そんなことができるわけがない、安倍政権の参議院選挙前のイメージ戦略だという見方もあるが、確かに実現するのは容易ではない。

なぜなら正社員と非正規社員の賃金を揃えるのは個別企業の労使の問題であり、政府が介入する余地は少ない。

▼政府は法改正して同一労働同一賃金を推進

欧米の企業では正規・非正規を問わず職務内容を評価して賃金を決める職務給が一般的であるから同一労働同一賃金と調和しやすい。だが年功序列中心の正社員と単に時給払いの非正規社員の賃金を同じにしていくには正社員を含めた賃金体系の見直しが不可欠になる。こうした賃金制度の観点から同一賃金にもっていくのはかなりの時間がかかるだろう。

政府ができることは法的にそうした動きを促すことしかない。現在、政府がアプローチしようとしているのは法改正による同一労働同一賃金の推進だ。

今年、2月23日の第5回一億総活躍国民会議でその概要が明らかにされている。制度化に向けた中心的役割を担っているのが労働法を専門とする水町勇一郎東大教授であり、水町教授はヨーロッパと同じような法律の日本への導入を提案している。

では、どのような法改正を意図しているのだろうか。

EUの労働指令ではパートタイマーや有期契約労働者であっても、下記の原則がある。

「雇用条件について、客観的な理由によって正当化されない限り、有期労働契約であることを理由に、比較可能な常用労働者(正社員)より不利益に取り扱われてはならない」

EU各国はこれに基づいて法制化している。

たとえばドイツのパートタイム労働・有期労働契約法では、こう規定している。

「パートタイム労働者は、客観的な理由によって正当化されない限り、パートタイム労働を理由にして、比較可能なフルタイム労働者より不利に取り扱われてはならない」

つまり、「客観的・合理的な理由がない限り、非正規労働者に不利益な取扱いをしてはならない」というものだが、水町教授はこの規定を労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法に盛り込むべきだと言っている。

■会社に立証責任「賃金差の合理的理由」

では、そうした条文を作った場合にどんな法的効果があるのか。

水町教授は国民会議でこう述べている。

「同一労働同一賃金原則と異なる賃金制度をとる場合には、どうして同一労働同一賃金原則ではない賃金制度等をとっているのかという理由、考え方について会社側に説明させることによって、賃金制度の納得性・透明性を高めることになる」(議事要旨)

つまり、非正規社員に対する合理的理由のない不利益取扱いの禁止を条文に明記すれば、賃金差を設ける合理的理由を会社側が立証する責任を負うということだ。

通常なら非正規社員が正社員と給与が違うのはおかしいと裁判所に訴えた場合、非正規の側が正社員と同じ仕事内容であるのに給与が違うことを立証しなければならない。

▼企業は賠償義務を負うリスクも

だが、この場合は会社側がなぜ違うのかといった合理的な理由に基づいた格差であることの立証責任が生じ、合理的な理由を裁判所が認めなければ企業は賠償義務を負うことになる。

ヨーロッパも同じような仕組みであり、情報量も少なく、立場的に弱い労働者にとっては有利な制度であることには間違いない。

たとえばフランスにはこんな規定がある。

「期間の定めのある労働者(有期契約労働者)が受け取る報酬は、同等の職業格付けで同じ職務に就く、期間の定めのない労働者が同じ企業において受け取るであろう報酬の額を下回るものであってはならない」(労働法典)

この規定が法改正に盛り込まれるかどうかわからないが、もしそうなると裁判以外でも効力を発する可能性もある。

法学には行為規範と裁判規範がある。

行為規範とは、正社員となぜ違うのかと聞かれたときに会社側に説明責任が発生し、その場で違いについて答えられなければアウトになる。

次に裁判所に持ち込まれたときに裁判規範としての立証責任が会社側に生じる。こうした2段階による規制によって同一労働同一賃金を促していこうというのが法改正の趣旨だ。

ただし、問題となるのがどんな違いが合理的であり、合理的でないかという点だ。

■正当な賃金差、正当でない賃金差の境界線

年功序列賃金が浸透している日本では、経営側に限らず労働側もこの仕組みを良しとしている。

法改正後の裁判によって、

「年功序列賃金は同一労働同一賃金に反する」
「非正規社員も正社員と同じ年功序列で処遇すべき」

という判決が下れば大変だという意識が経営・労働側にあるだろう。

事実、国民会議の議員である三村明夫日本商工会議所会頭は次のようにと不安を口にしている。

「たとえば合理的理由の立証責任が、企業側のみに課せられる。とすれば、現場に大変な混乱を引き起こすことになります。たとえば終身雇用、年功序列との関係をどう整理するのか」

▼終身雇用・年功序列との関係は?

これに関して水町教授は欧州の裁判例を示し、こう答えている。

「欧州でも、労働の質、勤続年数、キャリアコースなどの違いは同原則(同一労働同一賃金名)の例外として考慮に入れられている。このように、欧州でも同一労働に対し常に同一の賃金を支払うことが義務づけられているわけではなく、賃金制度の設計・運用において多様な事情が考慮されている」(2月23日国民会議提出資料)としている。

ヨーロッパの裁判でも学歴・資格、勤続年数や総合職などのキャリアコースの違いによる賃金差を認める判決が出ているので安心してほしいと言っている。

じつは経済界のこうした不安を受けて安倍首相も「どのような賃金差が正当でないと認められるのかについては、政府としても、早期にガイドラインを制定し、事例を示してまいります」(議事要旨)と発言している。

その結果、3月23日からガイドラインに関する政府の「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」がスタートしている。

合理的理由の範囲を示すガイドラインがどうなるのかわからない。経済界が要望するような勤続年数や年功序列、総合職などのキャリアコースの違いによる賃金差を合理的理由に含める可能性もある。

しかし、政府のガイドラインは法律ではない。しかも民事訴訟で争われる以上、裁判所がガイドラインに拘束されることはない。政府がフランスではこうなっているからという立派なガイドラインを作っても裁判所にこれに従えという権利はない。裁判官にしてみれば余計なお世話だと言ってもおかしくないのだ。

初の同一労働同一賃金原則の導入となる日本で、いったいどういう法律になるのか、ガイドラインがどういうものになるのか注目するべきだ。

(ジャーナリスト 溝上 憲文)

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