"同一労働同一賃金"なぜ人事は反対するか
プレジデントオンライン / 2017年12月22日 9時15分
■法制化には賛成と反対が拮抗!
政府が進めている「働き方改革」。このなかで重要なポイントになっているのが、「同一労働同一賃金」という考え方です。その原則は「同じ仕事には同じ賃金を支払う」というもの。この「同一労働同一賃金」に対して、総務・人事の担当者はどう考えているのでしょうか。
私が所長を務めている「新経営サービス 人事戦略研究所」では、人事情報サイト「日本の人事部」の利用者を対象に「同一労働同一賃金に関する企業の取り組み実態」について調査を行いました。
総務・人事部門を中心に248人から回答を得た結果、同一労働同一賃金の法制化については、賛成派(「賛成」13.9%+「どちらかといえば賛成」31.1%=45.0%)と反対派(「どちらかといえば反対」31.0%+「反対」11.5%=42.5%)がキレイに分かれるかたちとなりました。普段から、企業の人事制度について考えている人たちだけに、かなり具体的な理由も述べられています。
主な賛成理由を挙げると、
1.「賛成」「どちらかといえば賛成」の理由
・正社員、非正規社員といった雇用形態は、能力の差ではない。
・同一業務で、雇用形態による賃金格差が大きいと、やる気低下につながる。
・賃金は、仕事の能力や成果によって決まるべき。
・多様な働き方の観点からも、勤務時間の長短ではなく業務能力で決定すべき。
・正社員の中でも、同一業務で年功給が強ければ、若手の不満が大きくなる。
・定年後に同じ仕事をしていても、大幅に賃金ダウンすることは問題。
・正社員と非正規社員で、仕事の責任や転勤の有無が異なる部分の給与差は必要。
さて、いかがでしょうか。
賛成意見については、おおむね「本来、そうあるべきだから」といった、考え方による理由が多いように思われます。
同一労働同一賃金の趣旨を一言で表すと、「不平等のない、公正な報酬の実現」ということになるでしょう。
■賛成意見は公正な報酬を支持
もともとヨーロッパでは、男女による賃金格差是正のため。現在の日本では、正規・非正規という雇用形態による賃金格差の是正、が主な目的で進められています。
要するに、仕事以外の不公正な要素による処遇差はいけない、ということです。裏を返せば、仕事の役割や責任、能力や成果に応じた差は、決定方法や基準が妥当であればOKということを意味します。
賛成意見の多くは、「正規・非正規という違いによる賃金格差は不公正で、仕事内容や成果によって決定すべき」と要約できるのではないでしょうか。
その上で、現在の状態によって、非正規社員、若手社員、定年再雇用者などの不満や定着率の悪化を招いている、といった問題の顕在化を指摘する声も聞こえてきます。
一方、主な反対意見は、以下のようになっています。
2.「反対」「どちらかといえば反対」の理由
・正社員と非正規社員では、能力要件など採用基準が異なる。
・非正規社員が、責任範囲や業務内容に見合った賃金として納得していれば問題ない。
・能力給や職種間異動など、日本の「人」基準の人事慣行を崩すことに疑問。
・法律は最低限のことだけ決め、企業ごとの自由意志や労使協議に任せるべき。
・そもそも「同一労働」という考え方があいまいで、現実的な区分が難しい。
・全ての業務の線引きは難しく、無用な労使間のトラブルを助長しかねない。
・正社員の中でも、同一労働同一賃金になっていないため、無理がある。
・人件費が上がることで、結果的に全体の賃金抑制につながりかねない。
・中小企業や収益力の低い会社では、人件費上昇を伴う是正には耐えられない。
賛成意見に比べると、かなり現実的な理由が並んでいるようです。人事の実務担当者ならでは、とも言えるでしょう。
まずは、「採用基準も異なるし、仕事に応じた賃金水準として労使が納得していればよい」というように、もともと正社員と非正規社員は違うので問題ない、といった意見。確かに、現時点での仕事内容だけで判断して、「同一労働なので、今日から同一賃金ね」となれば、正社員からは不満が出るかもしれません。理屈では割り切れない、プライドや自負心のようなものでしょうか。「自分たち正社員は、責任感をもって、時には会社からの無理も聞いて頑張ってきたのに」といった心情的な側面です。
■法制化で総人件費は6割が上昇すると回答
また、「人事政策や賃金制度は、各企業が考えるテーマであり、政治や法律が決めるべきではない」といった法制化することへの反対意見。これは、女性活躍推進や残業時間規制など、働き方改革全般に対しても同様のことが言えます。企業の自主性に任せ、それでダメな会社は採用難などで淘汰されていく、といった考え方になるでしょうか。企業人としてはごく自然な発想ですが、各企業に任せていたのでは、全体の変化スピードが遅くなることも事実です。
そして、「同一労働という定義や区分が難しく、正社員の中でも実現していないのに、実際に進めるのは難しい」という実務上の困難さ。
あるいは、「非正規社員の賃金水準を、正社員に近づけるための人件費増を吸収できない」など、無い袖は振れないといった意見です。この調査の別設問「法制化された場合、あなたの会社の総額人件費にはどのような影響が予測されますか?」でも、非正規社員の待遇改善などにより、約6割が上昇するという回答となっています。
私も人事コンサルタントですので、法制化が実現した場合、支援先企業に対して「人件費対策」と「職務定義や賃金制度」をどうアドバイスすべきか、に頭を悩ませそうです。業界や個別企業によって、さまざまな対応方法が考えられるからです。
やはり、単に「非正規社員の待遇を正社員に近づける」というのでは、人件費が上昇するだけで、本質的な問題の解決にはなりません。企業の生産性を高め、より公正な社会を実現するためには、正社員の(職種、勤務地、労働時間など)非限定な働き方や年功賃金にも、メスを入れざるを得ないでしょう。雇用形態や労働時間ではなく、成果や生産性を重視した評価や報酬の仕組みづくりが求められます。
(新経営サービス 常務取締役 人事戦略研究所所長 山口 俊一 写真=iStock.com)
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