校長が朝礼にパジャマで出たらどう思うか
プレジデントオンライン / 2018年10月31日 9時15分
※本稿は、浜崎慎治『共感スイッチ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■強い印象を残すCM、理由は「記号」にアリ
日野自動車の「ヒノノニトン」のCMは、おかげさまで子どもたちからも高い人気をいただいているようです。
ある日、特に僕の方から強制したわけでもないのに、小学校に通う娘が自宅で「トントントントン、ヒノノニトン」と口ずさんでいたことがありました。話を聞けば学校でも友達同士でたまにやっていたそう。あのCMのインパクトはそれくらいに強かった、ということなのでしょう。
ここで「ヒノノニトン」のCMが、なぜそこまで強い印象をお茶の間に残せたのか考えてみたいと思います。
「出演している役者さんがよかった」
「ダジャレがよかった」
「シリーズとして継続しているのがよかった」
などなど、理由はいくつかあるように思います。ただし「子どもに人気」という意味では、CMに登場する「言葉」や「リズム」、つまり「記号」が重要だったように感じています。
なお、聞いた瞬間、その場に理解をもたらす何らかの強さを持つもの。それこそが僕の言う「記号」です。
「最近どんなCMを作ったの?」
「トントントントンっていう……」
「あれか!」
強い「記号」はそれだけで多くのことを相手に伝えてくれます。そして同時に、そこでの過剰な説明は不要となるのです。
今回の記事の冒頭が典型ですが、僕が自己紹介や仕事の説明をする際、最初に「au三太郎」「トライさん」という強い「記号」を示すと、そこからはみなさん、スムーズに理解を示してくれるようになります。
■「記号」をきっかけに会話が起これば狙いどおり
逆に「あの人が出ていて、こんなストーリーで、若い人から人気の」などと抽象的で、強い「記号」を示せないような話をしても、相手はなかなかわかってくれません。
読者の方もお分かりだと思いますが、先述した「ヒノノニトン」で宣伝をしている日野自動車の2トントラックとは、子どもを対象にした商品ではありません。そもそも子どもは自動車を運転できませんから。
CM制作を始めた時点では、商売を手がけている街の小売店さん、たとえば酒屋の店長さんがお酒を運ぶために2トントラックを使ってくれたらいいな、などと考えていました。
そうした場合、僕はトラックを買う決断をするその前のシーンを想像します。たとえば、店長さんとお酒を納める居酒屋さんとでやりとりがあったとします。
【酒屋】「そろそろトラックを買いかえようと思ってて」
【居酒屋】「おたくのお店の規模なら2トントラックだよね。どこのを買うの?」
【酒屋】「2トントラックと言えば、トントントントン……」
【居酒屋】「日野自動車か! あのCM、ほんとにおかしいよね」
CMをきっかけにそんな会話が生まれてほしいと考え、イメージを膨らませていきました。
普通2トントラックについて話をするなら、走行性能や燃費などがまっさきに話題に上りそうなもの。ですが、ここでは「トントントントン」という強い「記号」が、そういった機能的な話をとりあえず後方へと追いやっていることになります。
そして、もしそういう会話が起こったとすれば、それはある意味でCMディレクターである、僕の狙い通りでもあるのです。
■CMは「はじめまして」の挨拶と似ている
どんなCMだろうと必ず「初めて」見てもらう瞬間があります。それは見てくれた人に「初めまして」と挨拶をするような瞬間だと思っています。
「私、こういう者です」
名刺を出して初対面の挨拶。言わずもがな、これはとても大事な場面です。相手に失礼な印象を与えて嫌われるわけにはいかない。でも相手の記憶に少しでも残りたい。
これはCMもまったく一緒です。初めてお茶の間に流れた瞬間、相手がどう感じるのか。どこまで印象に残るのか。CMの成否は、その瞬間にほとんど決まるといってもおかしくないと思います。
だからこそ、新しいCMができたらなるべく周囲の人に見てもらい、最初に生まれた感想を大事にする。大体の場合、そこには必ず新発見が含まれているからです。そしてその意見を検証することで、独りよがりな表現に陥ることも防げます。
あくまで僕の考えですが、新しいCM制作にかかわる際には、基本的に「誰も見てくれない」「誰も関心がない」という状況を想定して始めるようにしています。
■夏休み明けの朝礼、何を記憶に残すか
これは失礼を承知で言えば、夏休み明けの小学校の朝礼で行われる校長先生の話のようなもの。
友達同士で夏休みの思い出をわかちあいたいのに「えー、夏休みボケを早く直して勉学に勤しむように」といった内容の話が長々と続く。生徒の心境としては「早く終わらないかな」と感じているだけで“心そこにあらず”というのが正直なところだと思います。
それでも聞いてもらうべく、校長先生は自分の経験や生徒たちが関心のありそうな物事、ときにはギャグをちりばめたりしながら話を進め、必死に生徒たちを振り向かせようとするわけですが……。でもはなから聞こうとしていない相手に、話の内容だけで勝負しようとすると、これはなかなか難しい。
であればどうするか?
たとえば校長先生がいつものきっちりとしたスーツ姿でなく、パジャマのまま、寝ボケた姿で出てきたらどうでしょう。
夏休みボケを早く直さないと大変だ、というメッセージが鮮明に伝わると共に、パジャマが強い「記号」となって生徒の目に留まるはずです。
それで「あれ?」と思わせて注意をひけたら大成功。そこからは話の内容も少しは聞いてもらえるかもしれません。
「話の内容はよくわからなかったけど、とにかく夏休みボケは怖い」
などと記憶に残れば、夏休み明けの最初のステップとしては合格ではないでしょうか。
■印象に残したければ「記号」を意図して用意すべし
CM一つに与えられる時間はとても短い。それでいて「一方的に流れてくるもの」という印象も強いし、スマホやパソコンなど、異なるメディア同士での時間の奪い合いとなった今、「できれば飛ばしたい」とも思われかねない立場に置かれています。まして、初めて放送されるCMの場合、誰も関心を持ちようがありません。
そんな中、唐突にお茶の間に流れる15秒のCMだけで
「今宣伝されているあの商品は、このシステムが優れている」
「これまでに販売されていた商品とはこの部分がこれだけ違う」
などと、詳細に認知してもらうのはかなり困難と言ったほうが正しい。
まして自動車などだと、その特性や機能をすべて説明しようとすれば、どれくらい時間がかかるかわかりません。
だからこそ、日野自動車のCMでは、「記号だけはとにかく印象に残す」ということを目標とし、それで現場をまとめていきました。
もし記憶に残ったとしても、伝えたいことが、そのままきちんと相手に伝わるとは限りません。実感としては「初公開」もしくは「初対面」の場合、「伝えたい」ことの6割が伝われば十分、いやむしろ万々歳、というスタンスで臨めばいいのではないかと思っています。
■ラジオCMは研ぎ澄まされている
そういう意味で、ラジオCMはとても参考にしています。
なぜならば、ラジオにはビジュアル面の情報がなく、その瞬間、音として伝える「言葉」や「記号」だけで勝負をしているからです。
ラジオCMは、短い時間に耳だけを経由して与える情報で、相手の印象にどう残すかをよく考え、研ぎ澄まして作られています。
意識して一度聞いていただくと、そのすごさがよくおわかりになるはずです。
「おもしろかった気がするけど、何の話をしたのか覚えていない」
「たくさんの人の中で、あなたのことは印象に残っていない」
もしコミュニケーションを通じて、相手にそんな感想を抱かせてしまうようなとき、その場に、強い「記号」が不足している可能性があると思います。
そんなときは、音やリズムを意識するのがいいかもしれませんし、オリジナルの“あだ名”や“略称”など、インパクトある記号をあえて使ってみてもいいかもしれません。
ともかくやりとりをする場面において、そして会話をする相手に対して、強い「記号」となるものは無いか、ぜひ意識して探してみてください。時には作ってみてください。
それを踏まえて会話の場に臨むだけで、きっと相手に残る印象が随分と変わってくるはずです。
そしてそれこそ僕の主張する「共感スイッチ」、その1つです。
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CMディレクター
1976年鳥取県生まれ、2002年TYO入社、13年よりフリーランス。手がけたCMにau/KDDI「au三太郎」、日野自動車「ヒノノニトン」、家庭教師のトライ「教えてトライさん」、トヨタ自動車「TOYOTOWN」、トクホン「ハリコレ」など。ACCグランプリ、ACCベストディレクター賞、広告電通賞優秀賞、ギャラクシー賞CM部門大賞など受賞多数。これまでに100作以上手がけた「au三太郎シリーズ」はCM好感度、CM演出部門でいずれも3年連続1位(CM総合研究所調べ。2015年度-2017年度)。
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(CMディレクター 浜崎 慎治 写真=iStock.com)
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