日産はゴーンを見捨て経産省を選んだのか
プレジデントオンライン / 2018年11月27日 9時15分
■高額批判を恐れたという「動機」は説得力に乏しい
日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者が電撃的に逮捕されて1週間余り、公表している報酬以外に毎年10億円の報酬を得ていたとする報道や、海外での高級住宅の提供や家族の旅行費用の負担、果ては高級スポーツカー「GT‐R」の無償提供などさまざまな「私的流用疑惑」の報道がなされている。
庶民感情を逆なでするには十分な話には違いないが、本当にそれを犯罪として立件できるのか、公判が維持できるのかとなると、首をひねる専門家が多い。
逮捕容疑は金融商品取引法違反の有価証券報告書虚偽記載罪。報酬として本来記載すべきものを意図的に隠して記載せず、報酬を過少に見せた、というものである。有価証券報告書(有報)には10億円を超すゴーン容疑者の報酬額が記載されており、高額批判を恐れて金額を誤魔化したという「動機」は説得力に乏しい。「絶対権力者」だったゴーン容疑者からすれば、20億円が高いと批判されても痛痒に感じなかったはずだ。
■会計専門家は「ゴーンは無実だ」と指摘している
案の定、東京地検特捜部の調べに対して「自らの報酬を有価証券報告書に少なく記載する意図はなかった」と容疑を否認している、と報道された。
また不記載だった「報酬」については、その後の報道で、「実際に受領した報酬」を隠していたわけではなく、退職後に別の名目で支払うことを「約束した金額」だった、という話も出てきた。契約した報酬を受け取るのが退任後だとしても契約書は毎年交わされているから、その年度の役員報酬として記載し開示する義務があった、というのだ。
だが、これをもって有報の虚偽記載だとする事には多くの専門家から疑問の声が上がった。さまざまな会計不正を批判してきた会計専門家の細野裕二氏は「そもそも会計人の眼から見れば、これは罪の要件を満たしていない」としてゴーンは無実だと指摘している。
有報虚偽記載罪はもともと粉飾決算を想定した罪で、誤った情報を信じて株式を売買した投資家が損失被害にあうのを防ぐことが目的だ。粉飾は利益を実態以上によく見せようとする「犯罪」だから、投資家保護の観点から許すことはできない大罪といえる。
■有報虚偽記載罪はあくまで「突破口」にすぎない
今回の逮捕容疑である報酬の未記載によって、果たして投資家を惑わし、実際に被害が発生したのか。しかも、逮捕して身柄を押さえるほどの重罪なのか、というと大いに疑問が残る。
あの東芝の巨額粉飾決算ですら、ひとりも逮捕者が出ていない中で、ゴーン容疑者と側近のグレッグ・ケリー容疑者だけが逮捕された。現職の企業トップをいきなり逮捕すれば、事業運営に多大な影響が出かねない。通常ならば任意での捜査を繰り返し、逮捕するとしても株価に影響の出ない週末に行うのが常道なはずだ。
そこで多くの専門家は有報虚偽記載罪はあくまで突破口だと考えている。朝日新聞の元記者で自動車業界に詳しい井上久男氏も、「もっと凄い話が入っていると見るべき」と指摘している。
安倍政権に近い財界人のひとりも、「あれは別件逮捕ですよ。脱税か特別背任が本筋でしょう」とみる。
■ヤメ検は「無罪」を主張せず、事件を「小さく」する
NHKの特別番組ではオランダに設立した日産自動車のペーパーカンパニーに、海外の高級住宅などを買わせていた“私的流用”が詳細に報道されていたが、社長宅や社用車の提供なら多くの日本企業が行っており、それを「犯罪」として断罪するのは簡単ではなさそうにみえる。日産の外国人専務が司法取引に応じてさまざまな社内証拠を特捜部に提出しているといい、今、表面に出ているものが本命ではなく、重大な背任行為などがこのペーパーカンパニーから今後明らかになってくるのかもしれない。
ゴーン容疑者の弁護人には東京地検特捜部長、最高検検事、東京地検次席検事、最高検公判部長などを歴任した大鶴基成氏が就いたという。まさに「大物ヤメ検弁護士」だが、これでひとつの「流れ」が推測できる。
通常、ヤメ検が事件を担当した場合、検察に真っ向から対決姿勢を取って「無罪」を主張するのではなく、事件を「小さく」する。ゴーン容疑者が有価証券虚偽記載罪を受け入れれば、執行猶予で収監されずに済むというシナリオだ。
■日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのか
認めなければ特別背任や脱税といった「本丸」に突き進み、有罪になれば実刑判決もあり得る。世界を代表する経営者が一転して日本の刑務所に収監されるというのはゴーン容疑者本人にとっても耐えられない屈辱に違いない。
だが、かつて何度か取材した経験から言えば、「強気」のゴーン容疑者がすんなり有罪を認めるとは考えにくい。あくまで無罪を主張すれば、検察は「本丸」の疑惑追及に突き進むのだろう。
今回の逮捕を巡っては別の要因がある、との見方もある。ゴーン容疑者に対する社内調査と同時期に、ルノーによる日産統合の話が急浮上していた。大株主であるフランス政府がゴーン容疑者に圧力をかけ、日産を完全に統合する方向にもっていくよう求めていたという。
これまでは日産の独立性を守ることを掲げていたゴーン容疑者が、その圧力に屈し、日産と合併する方向に動き出したのが、日産の幹部を慌てさせたのではないか、というのだ。つまり、今回のゴーン容疑者の不正追及は、日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのではないか、というわけだ。
■日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない
NHKの番組では、社内の不正追及をした監査役らのグループは、取締役会で不正と疑われる「重大な私的流用」疑惑について、取締役会での指摘は避け、いきなり特捜部に持ち込んだとしている。「取締役会で疑問をぶつければ、握りつぶされてしまう」としていたが、本来ならば、まずは取締役会で問題を追及し、不正を糺させるのが正攻法だ。やはり、初めからゴーン容疑者を退任に追い込むことが狙いで、半年以上前からの周到な準備があったとみることもできる。
メディアでは、日本政府や経済産業省がしかけた「陰謀説」まで登場しているが、政府主導というのには少々無理があるだろう。ただし、日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない。
日産は2018年6月の株主総会で、元経産官僚の豊田正和氏を社外取締役に選任した。1999年にルノーに救済を求めてゴーン容疑者がルノーから入り、改革に乗り出して以降、日本の経産省と日産の関係は一気に「疎遠」になった。一時は経産次官OBに「日産はもはや日本の会社ではありません」と吐露させるほど、役所の言うことをきかなくなっていた。それが大転換したのである。
■経産官僚「日産が大勝負に出ようとしていると感じた」
豊田氏は経済産業審議官の後、内閣官房参与などを経て、日本エネルギー経済研究所の理事長に就任。その後、キヤノン電子や村田製作所の社外取締役になっていた人物だ。その経産OBを日産は受け入れたのだ。「何か、日産が大勝負に出ようとしていると感じた」と経産官僚は言う。
西川廣人社長が、2017年の4月に共同CEO(最高経営責任者)兼副会長からCEO兼社長となり、ゴーン容疑者が日産のCEOから外れた(ルノーや三菱自動車、ルノー日産会社はその後も会長兼CEOだった)タイミングで、ルノーからの自立を模索する動きが始まっていたのかもしれない。それと、ゴーン容疑者の不正追及が一体のものなのかは、今の段階では分からない。
だが、会長を解任してゴーン容疑者がいなくなった日産を「救う」ために日本政府や財界が動き出す可能性は十分にある。ゴーン容疑者逮捕直後から安倍首相官邸に日産関係者が出入りし、財界首脳にもルノー・日産・三菱自動車のグループ全体を今後統括する「後任会長」を出すよう依頼が出ているとされる。
フランス政府やルノーはグループ全体のトップをルノーから出すよう求めてくるとみられるが、これに対抗する「日の丸連合」を作ろうということのようだ。
ゴーン氏の不正摘発が陰謀かどうかは別として、ルノーと日産の今後が、両国政府の懸案事項になることだけは間違いなさそうだ。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸 写真=時事通信フォト)
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