なぜやる気のある人は会社で疎まれるのか
プレジデントオンライン / 2019年2月12日 9時15分
■スポーツチームのような会社をつくりたかった
【田原】新居さんは上智大学の理工学部を卒業されて1998年にインテリジェンスに入社される。まわりは、猛反対だったそうですね。
【新居】インテリジェンスは当時従業員が100人ちょっとのベンチャー企業でした。そのころはインターネットもいまほど普及していなかったし、グーグルもメジャーではなかった。ベンチャー企業がいまのように認知される前でしたから、「大企業に入らず、無名の中小企業に入るなんて」と親戚一同に呆れられました。うちは母子家庭ですが、当然のごとく母親も大反対でしたね。
【田原】インテリジェンスは当時、どんなビジネスをしていたんですか?
【新居】いわゆる人材ビジネスです。経営陣はリクルート出身の人が中心で、当時みな30代前半。「ミニリクルート」みたいな会社で、とても活気がありました。
【田原】その会社で新居さんはどんなお仕事をしていたのですか?
【新居】転職したい求職者と、即戦力の中途人材を探す企業をマッチングする人材紹介事業に関わりました。基本的には営業です。求人企業は、大手企業からスタートアップまで、あらゆる業界、業種の会社が対象。ただ、当時の大手企業は中途採用枠が少なかったので、中心は外資系企業や日本の中堅企業でした。
■3年目で子会社社長に抜擢
【田原】3年目に、自ら設立した子会社の社長になる。若い会社だとはいえ、3年目で大抜擢ですね。新居さんのどこが評価されたのでしょう。
【新居】もともと私は起業を志してインテリジェンスを選びました。1年目から自分が経営者になったつもりで常に仕事のことを考えていて、経営陣にも「どうしてこういう戦略にしたのか」などと生意気にも議論をふっかけていました。その結果、こいつは面倒くさいから子会社の社長でもやらせておこう、となったのではないでしょうか(笑)。
【田原】起業した子会社では何を?
【新居】いわゆるベンチャー企業は当時まだ世間で認められておらず、人を採用するのが難しい時代でした。ベンチャーの経営者とお話しすると、「優秀な人はみんな大企業に行ってしまう」という。この流れを変えたくて、古い産業から人材をヘッドハンティングしてベンチャーに送り込む会社をつくりました。
【田原】古い大手企業にいる人間を何と言って誘うんですか?
【新居】米国の話をよくしていましたね。米国を見れば、日本がどれだけ遅れているのかわかる。資本市場で安定した勤め先など存在しない。大事なのは自分を高める機会を掴んで成長し続けること。そのためにはこれから伸びる産業に身を置くことが何よりも重要だと。当時の事業はそれなりに順調で、3年目には粗利益で3億円、利益も数千万円出ていたと記憶しています。社員数も40人弱まで増えました。
【田原】それで本社に呼び戻される。
■長時間労働では社員が幸せになりづらい
【新居】子会社ごと本体に吸収合併されて、私は当時メインの事業部の責任者に。最終的には本社の役員に抜擢するという打診もいただきました。役員に引き上げようとしたのは、子会社の経営を任せているうちはいいが、本社に戻すと私が辞めてしまうと考えたからでしょう。実際、役員への打診をきっかけに起業することになるのですが……。
【田原】どういうことですか?
【新居】私は学生時代から日本全体の働き方に対して疑問を持っていました。ビジネスには興味があったけど、つまらなそうに働くサラリーマンにはなりたくない。だからいつか起業して、いかにもサラリーマンらしい会社ではなく、スポーツチームのように、みんなが生き生きと一致団結して1つの目標に向かう会社をつくりたかった。そう考えたときに、インテリジェンスはいい会社だけど自分の目指す方向とは違うなと。
【田原】インテリジェンスの社員たちは、生き生きしてなかった?
【新居】ほかの会社に比べれば、みなさん圧倒的に元気に働いていたと思います。でも、私の理想からは遠かった。インテリジェンスのビジネスモデルは労働集約型で、社員が長時間働いたほうが売り上げがあがる仕組みになっていました。このビジネスモデルでは、社員が幸せになりづらい。
■事業内容を決める前に「会社の箱」をつくった
【田原】それでユビキタスコミュニケーションズ、いまのアトラエを設立した。
【新居】はい。でも実はつくったときには事業内容を何も決めていませんでした。辞める直前まで本当に忙しくて、考える暇が全くなかった。あてもないまま会社の箱をつくった感じです。
【田原】でも、ぼんやりとやりたいことはあったわけでしょう?
【新居】会社は辞めましたが、周囲からはたくさんお声がけをいただき、その中にはいろいろとビジネスチャンスもありました。労働集約型のやり方ではなく、ほかの仕組みで社会に価値を提供できたらいいなという考えはありました。その中の1つがオンライン上で人と組織をマッチングするサービスでした。
【田原】どんなサービスですか?
【新居】インターネットやテクノロジーを活用したビジネスモデルです。求職者と求人企業をマッチングするのは同じですが、間に人を介さずにマッチングさせる。人が入らないぶんコストダウンでき、求人企業にとっては手数料が安いというメリットもあります。
■子会社時代とほぼ同人数で8倍の売り上げ
【田原】すぐそのサービスを開始したんですか?
【新居】最初はインテリジェンス時代と同じく、アナログな、人による営業が中心の人材紹介業をやっていました。当時はいまよりベンチャー企業の資金環境が悪くて、自分たちでキャッシュを稼ぐ必要があったので。
【田原】インターネットに移行するまでどれくらいかかりましたか。
【新居】最初の3年くらいはアナログなやり方を中心としていました。おかげさまで2010年以降はほぼ完全にインターネットに移行。現在はインターネット求人メディア「Green」、さらに人工知能を活用してビジネスパーソン同士をマッチングするアプリ「yenta」といったサービスを展開しています。「Green」の利用企業は6000社超。ITやインターネットサービスを展開しているお客様が多いですね。
【田原】いま売り上げはどのくらいですか。
【新居】二十数億円です。社員は約50人。インテリジェンスの子会社を経営していたときとほぼ同じ人数ですが、売り上げは8倍大きい。これも労働集約型のビジネスから脱却したことが大きいと思っています。
■やる気はあるのに会社で活躍できないワケ
【田原】アトラエは、“エンゲージメント”を可視化して分析できる「wevox」というツールも企業に提供している。エンゲージメントって何ですか?
【新居】硬い言葉で定義すると、「組織や職務との関係性に基づく自主的貢献意欲」です。働く人たちのエンゲージメントが高ければ生産性も高まりやすく、逆に低い組織では創造性や革新性も生まれにくい。いま組織マネジメントの世界でもっとも注目されている概念の1つです。
【田原】よくわからないな。モチベーションと似たようなものですか?
【新居】別の概念です。モチベーションは行動するための動機付け。たとえば「家族を養うために働く」とか「自己実現のために頑張る」など個々人が感じているもので、個人ゆえに外部から影響を与えづらいうえにブレやすい性質を持っています。一方、エンゲージメントは会社や仕事との関係性に基づくもの。「この仲間と一緒に働きたい」「この仕事に価値ややりがいを感じる」など必ず対象が存在し、外部からも改善可能で、基本的にはブレにくい。
【田原】ということは、自分の働くモチベーションは高いけれど、いまの会社や仕事とは合わず、エンゲージメントは低いという状態がありうる?
【新居】まさにその通りです。
■なぜ日本の大企業は「ダメ」になったのか
【田原】言葉はともかく、従業員のやる気が大事だというのはよくわかりますよ。松下幸之助さんも「社員が幸せにならない会社は絶対に成功しない。社員を幸せにして、いかにやる気を高めるのかが大事」と話していました。まさに日本の家族経営を代表する企業で、実際に社員のロイヤルティーは高かったと思う。ただ、そのパナソニックにしてもいまは振るわない。パナソニックだけじゃない。三菱重工業にしても東芝にしても、ぜんぶダメですね。
【新居】現場の社員一人一人は、非常に優秀です。でも、上にいる人たちがわかってないから、現場の知恵や意欲が活かされていないんじゃないかと。
【田原】でも、日本の大企業の社長はサラリーマンで、現場出身ですよ。現場から出てきたのに、どうして現場の声を聞かなくなっちゃうんだろう?
【新居】どうしてでしょうね(笑)。現場において優秀な人と、経営者として優秀な人が、必ずしも一致しないからかな。さらにいろんなしがらみもあり、日本の大手では本当に意欲ある有能な人が経営者になっているとは言いきれない気がします。
【田原】それはあるね。僕は40~50代のときに日本の大企業をたくさん取材したけど、大きな仕事をした人は、だいたい常務どまり。社長になるのは、仕事を無難にこなして、社内で敵をつくらない人たちだった。
■「社員の不満」を聞き出す方法
【新居】挑戦すれば必然的に失敗も増えるものです。ところが日本の大企業は挑戦しない人を評価して、挑戦して失敗した人を評価しない。これではイノベーションも起きないでしょう。
【田原】それじゃ働く人たちも不満が溜まるよね。やりたいことができないんだから。きっとエンゲージメントも低いんだと思う。この状態、どうすればいいかな。
【新居】まずは働く人たちが生き生き働ける経営をすることが大事です。
【田原】企業はどうすればいい?
【新居】まず社員が何に不満を持っているのかを把握することです。私たちの提供する「wevox」は、匿名のアンケートで社員のエンゲージメントを測って、低い場合はその原因を分析できる。こうしたツールを活用して組織を可視化すれば、次に打つべき手が見えてきます。
【田原】匿名でも、会社への不満なんてみんな素直に言わないでしょう?
【新居】そう思われるかもしれませんが、同じ内容の質問を切り口を変えて何度か聞く仕組みなので、取り繕った答えはすぐ見抜けます。
【田原】みんな簡単に会社への不満を漏らすなら、東芝の粉飾決算の問題は起きていなかったんじゃないかな。みんな上の顔色ばかり見ている。
【新居】あのレベルの会社だとそうかもしれないですね。
【田原】じゃ大企業は相手にしない?
■「結果として間違っていたら変えればいい」
【新居】いま「wevox」のユーザー企業約600社。大企業でも従業員の幸せに対して意識が高い会社では、私たちのサービスをご利用いただいています。なかなか社名を出せる会社さんが少ないのですが、佐川急便さんなどは従来の姿から変わろうと努力されています。そういうお客様に対しては、私たちもできるかぎり手をお貸ししたいと考えています。
【田原】新居さんの会社自体はどうですか。どうやってエンゲージメントを高めているんですか?
【新居】トップダウンの指示命令型のマネジメントは一切行わず、みんなの意見や知恵を最大限尊重し、活かすカルチャーをつくりました。わが社では入社1年目だろうと役員だろうと、誰でもおかしいと思ったことをぶつけられる。それが正しい指摘なら、みんなも受け入れます。
【田原】正しいかどうかは誰が判断するのですか。新居さん?
【新居】みんなです。厳密には各職務や事業を担当している人が適宜判断をします。大切なのは正しいかどうかではなく、多くの仲間の知恵や意見が活きること。結果として間違っていたら変えればいい。たとえばいま新しい福利厚生制度を話し合っていますが、やってうまくいかなければやめればいいのです。
■売り上げ目標のない人事評価制度
【田原】売り上げ目標がないと言っていたけど、評価はどうしているのですか? 普通の会社は目標管理で、上司との面談で目標を決めますが。
【新居】評価は数値目標ではなく貢献度で決まります。「業務遂行にどれだけ貢献したのか」「チームの一員としてどれだけ貢献したか」の二軸で評価します。だから売り上げをあげていなくても、チームの雰囲気をよくしている人の評価が高くなることもあります。ただこの二軸でもまた完全ではありません。現在、貢献度をさらに因数分解して評価に取り込むべく、ワーキンググループをつくって研究を続けています。
【田原】制度改革も、新居さんのトップダウンでやるわけじゃないのね。
【新居】はい。手を挙げた社員たちで話し合って、まとまればみんなの前で発表。みんなが「いいね」といえば評価制度が変わります。
【田原】みんなで話し合って、新居さんが社長を降ろされることもある?
【新居】ありえますよ(笑)。インターネットの領域でCEOをやるには、若さと体力が必要。私自身、できてあと10年かなと。みんなが「新居は年寄りでもうダメだ」と感じたら、三行半をつきつけられるかもしれない。そうなると寂しいので、なるべくいわれる前に自分から辞めようと思ってますが(笑)。
【田原】いま自社でやっている取り組みを他社に導入するコンサルティングはやらないのですか? 社員のやる気が低くて困っている企業は多いと思うけど。
【新居】可能性はなくはないですが、私個人はコンサルティングサービスにあまり価値を感じてないのです。そもそも会社組織は働く人たち自身がつくっていくべきもの。私たちのやり方が正しいとは限らないし、ロールモデルの1つとして伝えていければと思っています。
■田原さんから新居さんへのメッセージ
新居さんの話を聞いて、僕は昔取材に行ったグーグルを思い出しましたグーグルには「業務時間のうち20%を自分の好きなことに使っていい」というルールがあって、エンジニアたちが生き生きと働いていた社員のエンゲージメントを高めるには、指示命令型ではなく、社員が裁量を持って働ける環境が必要グーグルは、まさにそうした会社でした
グーグルの働き方を多くの企業がマネしたように、日本企業がアトラエの働き方をマネするようになれば、サラリーマンの表情はもっと明るくなるかもしれません。
田原総一朗の遺言:サラリーマンの“表情”を変えろ
(ジャーナリスト 田原 総一朗、アトラエ 代表取締役CEO 新居 佳英 構成=村上 敬 撮影=宇佐美雅浩)
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