東大祝辞の核心「日本は世界一冷たい国」
プレジデントオンライン / 2019年4月16日 9時15分
■上野千鶴子氏のメッセージに耳を貸さない冷酷日本
4月12日に行われた東京大学の入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が「刺激的」「奥深い」と話題になっている。
祝辞の全文を読み、筆者もかつて「ワセジョ」(早稲田大学の女子学生)時代、女子大との合同サークルの活動中に他大の女子ばかりをチヤホヤするワセダの男子たちに腹を立てていたことを思い出した。
女性差別についての論考については、受け取り方はさまざまあるだろうなと感じつつも、筆者の心に最もガツンときたのは、以下の部分だ。
《世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと……たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください》
日本のエリートの卵たちに投げかけられたのは、勝ち抜くことだけを目指すのではなく、恵まれない人々を助けることに目を向けろ、というメッセージだった。
「失敗する人間は徹底的にたたくべし」「何もかもが自己責任。迷惑はかけないが、かけられるのはもってのほか」「人は自分の成功や人生に責任を持てばよく、他人のことにかまう暇はない」――。
そんな声ばかりが勢いを増しているように感じるこの国で、「利己の目的ばかりを追うのではなく、ほかの誰かの幸せを考え、支えあって生きていくべきだ」という、人間としてまっとうなメッセージが、こうして声高に叫ばれ、そして、多くの共感を集めていることに少しの安堵を覚えた。
■「国は貧しい人々の面倒を見るべき」とはあまり考えない
というのも、最近とみに「日本は世界一、冷たい国ではないか」と思えてならないからだ。この感覚は、筆者個人の印象ではない。海外の国々と比較したデータでも裏付けられている。
2007年のアメリカのピューリサーチセンターの調査によると「国は貧しい人々の面倒を見るべき」という考えに対し、同意すると答えた人は、イギリス91%、中国90%、韓国87%、アメリカ70%であったのに対し、日本は47カ国中、最低の59%だった(図参照)。
■“弱者を見殺しにする日本”の冷酷すぎるデータ
「貧しい人々の面倒を見るべき」とは答えなかった4割の日本人は「そもそも、貧困とは、貧しくなる人たちのせいなのだから、国として助けるべきではない」という考えなのだろうか。
上野氏が指摘したように、「たまたま恵まれた環境と能力と運」によって、分かれ道ができただけであり、いつ自分が向こう側の人間になるかなど、わからない。離婚、不登校、引きこもり、虐待、介護、死別、病気、事故、加齢など、誰もが、あっという間に「弱者」になるのに、その痛みを分かつ「想像力」を持たない人たちが世界のどの国よりも多くいる、これは悲しい事実だ。
日本が「きわめて他人に冷たい国」であることを示すデータはまだまだある。
イギリスのチャリティー団体Charities Aid Foundation(CAF)が、人助け、寄付、ボランティアの3項目についての評価を各国別にまとめて発表する世界寄付指数(World Giving Index)。その2018年の調査では日本は144カ国中、128位だった。項目別でみると、
●Donating money(寄付をしたか)が99位
●Volunteering time(ボランティアをしたか)が56位
恐ろしいぐらいに他人に無関心で、冷淡な国民ということになる。
他人の失敗に対するすさまじいネット上のバッシングや渦巻く自己責任論。母親が子供を乗せたベビーカーを一人で持ち、階段を上がっているのに、手を差しのべない人々。お年寄りが目の前に立っていても、スマホに気を取られ、お構いなしに座っている人。もしくは、手を差しのべる人に対して、「余計なお世話」とキレる人……。ことほどさように、日々、ギスギスとした世知辛い話題に満ちあふれ、潤滑油が必要な古い機械のように世の中全体が悲鳴を上げている。
■なぜ善行が「カッコつけてる」と散々にたたかれるのか
かといって、個々の日本人がことさら冷たく思いやりがないかというと、決してそういうことではない。ほとんどは礼儀正しく、まじめで正直、思慮深い。財布や携帯をなくしても、誰かが警察に親切に届けてくれる国などそうそうない。
しかし、他者との関係性において、「やさしさの示し方」がわからない、いや、「表立ってやさしさを示してはならん」といった変な因習に縛りつけられているかのようなところがある。「陰徳」などという言葉で代表されるように、善意は人前で見せてはならないというやつだ。
「人が誰かのために役に立ちたい」と思っても、その善意を善意として素直に受け取らず「感動ポルノ」「ブラックボランティア」と揶揄する。目立たないようにこっそりとやるのはいいが、目立ってしまえば、「カッコつけてる」とか「売名行為」「自己満足」とか言われてネット上で散々にたたかれかねない。
■おせっかいを焼く「お隣さん」的なセーフティーネットの欠如
人は誰かに善行を施すために生きるもの――。海外に行くと、こう考えている人が本当に多いことに驚かされる。
イギリスでもアメリカでも、若者からお年寄りまで、男性でも女性でも移民でも、自分の体と頭が動くうちに、その力を惜しみなく他者のために使うべきだという考えで、ボランティアや寄付、社会貢献といったものが、通勤電車に乗るように日常に組み込まれている。
その支えあいの仕組みは、宗教的価値観などから来るところもあるだろうし、国家の福祉の脆弱さを補う形で生まれてきたところもあるかもしれない。
ある意味、日本は制度的に見れば、医療、保育、教育、社会福祉、児童福祉など、どれをとっても、北欧など一部の国を除いた多くの国々より充実している。そうした施策が手厚いからこそ、国や家庭に代わる市民同士の支えあいの仕組みが育ってこなかったという側面はあるかもしれない。だから、助けの必要な人々に手を差しのべ、おせっかいを焼いてくれる非営利の市民団体などの「お隣さん」的なセーフティーネットが圧倒的に不足している。
例えば、アメリカでは離婚、DV、ホームレス、ありとあらゆる問題に対応する民間団体の動きが活発で、その数は150万にも上る。NGOは1230万人、つまり、全労働者10人中1人の雇用を生み出す一大産業でもある。そうした活動を通して、他人を支えるために、多くの市民が自分の時間や力を喜んで差し出す。そして、自分が弱者になったときには、遠慮なく支えてもらう。そういった「支えあい」の意識が根付いている。
■世の中で最も成功するのは「Giver(人に惜しみなく与える人)」
一方の日本は、税金を払っているのだから、何かあったら国が何とかしてくれるべきである、もしくは、家族に頼るという発想だが、国の借金が膨れ上がる中で、この先、どこまで面倒を見てくれるのかはわからない。単身世帯も激増している。現行の福祉制度が立ち行かなるのは火を見るより明らかだ。
ニッセイ基礎研究所の会長だった故細見卓さんはエッセイでこうつづっている。
「日本の温かさとか紐帯というものは、非常に限られたいわゆるタテ社会に存在するものであって、そこに属していない人に対しては非常に冷たいというか極端に無関心という面を持っているように思われる。(中略)色々な条件で環境に打ち勝つことができずに敗者となったものでも、何回かの再挑戦をさせる機会を与えているかいないかが温かい社会と冷たい社会を分けるのであって、その意味では日本の社会は冷たいと言わざるを得ない」
弱者を見殺しにする冷たさ、多様性を認めぬ冷たさ、敗者を排除する冷たさ。人と人とのつながりが希薄化する中で、凍り付いていく社会。今、ここで、大きく舵を切らなければ、日本は氷河期へまっしぐらだ。
アメリカのペンシルバニア大学ウォートン校のアダム・グラント教授によれば、人は3つのタイプに分かれるという。
「Taker(真っ先に自分の利益を優先させる人)」
「Matcher(損得のバランスを考える人)」
このうち、最も成功を収めるのはほかならぬGiverなのだそうだ。日本に足りないのはこの「Give」の発想なのかもしれない。多くの人が持っている、人の役に立ちたいという「Give」の思いが行き場を失っている。閉じ込められた思いを解き放ち、生かし、活力に変える教育や仕組みづくりを急ぐべきではないだろうか。
(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子 写真=iStock.com)
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