"日本式ラーメン"はなぜ世界でウケるのか

プレジデントオンライン / 2019年5月30日 9時15分

ラーメンやカツカレー、お好み焼きなど、外国人が好む日本食は、かつてのの「鮨、天ぷら、すき焼き」といった常識からバージョン2.5くらいにまで進化している――。※写真はイメージです(写真=iStock.com/RichLegg)

世界的に認知され、ついにはユネスコ無形文化遺産に登録された日本食。脳科学者の茂木健一郎氏は「いまや、昔のように『スシ、テンプラ、スキヤキ』の時代ではなくなった。外国人の好む日本食はどんどん進化している。その代表例が『ラーメン』だろう」と指摘する――。

■ポーランドの古都で見つけたラーメン店

日本独自の文化の筆頭で、いま世界にもっとも認知されているものといえば、いうまでもなく日本食だろう。和食ブームは以前から起きていたが、2008年度の『ミシュランガイド 東京版』が東京のレストランに一番多くの星をつけたことは決定的だった。

2019年度版においても、三つ星獲得数、星の総合獲得数ともに東京が一位。ミシュランの評価を気にする外国人にとって、東京は世界一の美食天国として認識されているといって差し支えないだろう。

最近、ぼくが衝撃を受けたのが、日本式ラーメンの海外での爆発的ヒットである。先日、学会でポーランドのクラクフに滞在したときのこと。クラクフは、ポーランドでもっとも歴史ある都市の一つである。中世ヨーロッパの街並みが奇跡的に現在まで残り、世界遺産にも登録されている貴重な街だ。その美しい街を歩いていたところ、突如「ラーメン・ピープル」なる看板が姿を現した。興味が湧いてなかを覗いてみると、イマドキのポーランド人の若い女の子が一所懸命ラーメンをつくっていたのだ。

ニューヨークやロンドンに「一風堂」が進出するほど昨今のラーメン人気がすさまじいことは知っていたが、まさかポーランドの古都にまで、その人気が達しているとは思わなかった。ちなみに、メニューはベジタブル味噌ラーメンとチャーシュー醤油ラーメンの2択。ぼくはベジタブル味噌ラーメンを注文し、クラクフでラーメンを食べるという出来事に妙に感動しながら麺をすすったのである。店内にはなぜか、昭和のころの日本の歌謡曲がずっと流れていた。

■進化する外国人の「日本食」観

和食が世界に認知され、ついにはユネスコ無形文化遺産に登録されて久しいが、特筆すべきはいまや、昔のように「スシ、テンプラ、スキヤキ」の時代ではなくなったということだろう。ぼくの周りにいる外国人の声に耳を傾けるなら、「カツカレー、ラーメン、オコノミヤキ」といったところだろうか。とにかく、外国人が好む日本食は、これまでの「常識」からバージョン2.5くらいにまで進化しているのだ。

ここで考えておきたいのは、果たしてその食べ物は「日本食」なのか? ということである。お好み焼きは諸説あるらしいので置いておくとして、少なくともカレーはインド、ラーメンは中国が発祥であることは間違いない。にもかかわらず、日本で食されているのは、本場のそれとはまったく別物だ。

ラーメンを例にとってみよう。ラーメンの発祥が中国であることは誰もが知るところだが、日本のラーメン好きが「本場はさぞおいしいのだろう」と期待に胸を膨らませて中国へ行っても、ある意味でがっかりすることになる。スープは薄味、麺は柔らか、見慣れない牛肉などの具材。これが本場のラーメンなのだが、日本人の多くはそれを「ラーメンではない何か」と感じるのではないだろうか。

そもそも、両者の食べ方にも大きな違いがある。中国では、食事の最後に小さな椀に入った汁そばを食べる習慣はあるが、ラーメン一杯を食事のメインディッシュにするような食べ方はしない。

この食べ方の決定的な差は、必然的にラーメンそのものにも大きな違いを生む。広大な中国大陸には多種多様な麺料理が存在するが、日本のラーメンはそのどれにも当てはまらないオリジナリティを持ち合わせているし、地域色も豊かだ。札幌ラーメン、熊本ラーメン、喜多方ラーメンといった各地の多彩なラーメン文化には、中国人でさえも驚くらしい。

■独自性を保ちつつ多様な異文化を吸収

カレーにおいてもそれは同じで、日本式「カレーライス」はインドのどこへ行ってもお目にかかれない。さらにいえば日本食だけではなく、アメリカ発祥のセブン・イレブンや、中国発祥だが日本で独自の変化を遂げた漢字にも、同じような現象が起きたと考えられるだろう。他国で生まれたものを受け入れ、それにさらなるオリジナリティを加えて“自国式”にしてしまうことにおいて、日本の右に出る国はないのではないだろうか。

こうした日本の側面に関しては、ジャーナリスト・高野孟さんの日本文化論が興味深い。その著書『最新世界地図の読み方』(講談社現代新書)において高野さんは、ユーラシア大陸の地図を90度回転させると、それはパチンコ台によく似ているかたちになる、という。そのいちばん下に位置する日本は、その国のかたちからしても、パチンコ台の受け皿に当たるのだ。

あらゆる文化は“パチンコ玉”のごとく、一番上に位置するローマをスタートし、シルクロードを通って、中国、朝鮮半島を経たあと、最後に日本に落ちてくる。島国である日本は、その実、世界のあらゆる文化の坩堝(るつぼ)だったということだ。島国特有の独自性を保ちながら、パチンコ台の受け皿に由来するような多様性ももっている。そうした日本の面白さが、現代のラーメンやカレーライスに表れている気がするのだ。

■外国人が圧倒される「すきやばし次郎」の志

外国人にいまなお高い人気を誇る日本食といえば、やはり鮨は外せない。ただし鮨についても、外国人の価値観がアップデートされている気がする。かつての外国人の鮨人気を支えたのは、自国にはない魚の生食という文化や、とにかくヘルシーであることなどだった。しかし、いまではさらにその先にある、日本人の鮨への「こだわり」に注目が集まっているのだ。

東京・銀座にある「すきやばし次郎」をご存じの方も多いだろう。いわずと知れたミシュラン三つ星の鮨屋の名店だが、その店主である小野二郎さんの鮨に対する志に圧倒される外国人は多い。

例えば、多くの人は「魚は鮮度が命」という認識があるかもしれないが、小野さんは魚を寝かせてから提供することを基本としている。若いマグロは熟成が必要で、特に中トロや大トロは酸化する一歩手前が味わい深い。大型のヒラメは〆たばかりだと歯触りばかりが目立つので、握るのが許されるのは翌日の昼から。

これは一例にすぎないが、『すきやばし次郎 旬を握る』(里見真三、文春文庫)には、このほかにも、小野さん独自のさまざまな手法が事細かに書かれてある。こうした素材の下処理のことを「手当て」と呼び、たいていの鮨の味はこれで決まってしまう。

もちろん、シャリへのこだわりも深い。選び抜かれた米を炊き上げたら鉢に入れ、それを手製の毛布で巻いてから、藁(わら)で編んだおひつに保管する。人肌の温かさに保たれたシャリは、完璧な手当てを施されたネタをまとい、実にドラマティックな「おまかせ」というコースに乗せられて客に供されるのだ。アメリカでは小野二郎さんをモデルにした『Jiro Dreams of Sushi/二郎は鮨の夢を見る』というタイトルの映画がつくられ、現地の評論家から軒並み高い評価を受けた。

外国人は、職人の並々ならぬこだわりや、一つのことに高い志を抱く人が好きだ。ぼくが思う「こだわり」の定義とは、定められた基準を自分で超えていこうとする姿勢のことである。もちろん外国人でも一定の物や事柄にこだわりをもつ人はごまんといるが、特に食に関していえば、その探求心や繊細さにおいて、日本人は卓越しているといえるだろう。

例えば、『ミシュランガイド』第6代社長だったジャン・リュック・ナレ氏は、東京の専門店の数の多さを高く評価している。パリの日本料理店では、一つの店に鮨、刺身、焼き鳥などのメニューがひと通り揃っているが、東京では鮨店、焼き鳥店、うどん店といった具合に専門店に細分化されているのが印象的だったそうだ。

■味覚の擬音表現が飛び抜けて多い

茂木健一郎『なぜ日本の当たり前に世界は熱狂するのか』(KADOKAWA)

たしかに、特にヨーロッパやアメリカでは、日本のように高度に細分化された専門店をほとんど目にしない。フランス料理はどこまでいってもフランス料理だし、たとえある程度の専門店があったとしても、日本ほどの精度とバリエーションを生み出すのは難しいだろう。こうした日本の専門性が、「こだわり」を生む土壌となっているのは間違いない。

さらに、「うま味」という独自の味覚の発見を象徴として、日本食にはかなり細かい食感の分類がある。サクサク、まったり、シャキシャキ、とろ~り……。世界中のどこを探しても、食感のオノマトペにこれだけ数がある国はないだろう。美食の国であるフランスや中国と比べても、やはり日本のオノマトペのバリエーションはずばぬけている。

なぜか。そこには、日本食の多彩な食感や味の領域はもちろん、日本人の極めて繊細な感性が関係しているように思う。自然豊かな日本では古来、四季折々の豊かな食文化が育まれ、食材の旬を楽しむための感性が発達してきた。それらを基盤として、小野さんのようなスペシャリストがもつ「こだわり」精神が育まれたのだ。

オノマトペや感性、つまり「クオリア」については、『なぜ日本の当たり前に世界は熱狂するのか』でも詳しく述べているので、ぜひ参照いただければ幸いである。

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茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年東京生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部を卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程を修了、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。「クオリア(意識のなかで立ち上がる、数量化できない微妙な質感)」をキーワードとして、脳と心の関係を探求し続けている。『脳と仮想』(2004年、新潮社)で小林秀雄賞を、『今、ここからすべての場所へ』(2009年、筑摩書房)で桑原武夫学芸賞を受賞。

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(脳科学者 茂木 健一郎 写真=iStock.com)

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