昭和上司が"早く帰りたくない"本当の理由
プレジデントオンライン / 2019年7月3日 6時15分
■帰らないおじさんには2つの理由がある
多くの会社が「働き方改革」を進めようとしていて、社員に早く帰ることを促しています。ところが、中高年の社員の中にはなかなか帰りたがらない人もいます。とくに仕事が立て込んでいるというわけでもありません。若手社員からすれば「仕事もないのに、どうして帰らないの?」と不思議でしかないでしょう。
帰りたがらない社員が自分の上司だとなお厄介です。私がパーソル総合研究所と一緒に行った共同研究の調査結果の中に「上司の残業時間と帰りにくさの関係」があります。上司の残業時間が長くなると部下が帰りにくくなる傾向があることが分かりました(図表1)。
家に早く帰って家事や育児、趣味に時間を使いたいと思っている若手には、帰りたがらないおじさんは迷惑でしかありません。どうして帰らないのでしょうか。
はっきりとした理由が2つあります。1つは高度経済成長時代に習得した役割分担が今も続いていることで、もう1つは残業代が前提となっている家計システムです。
■帰りたくても帰れない
まず、役割分担から説明します。男性はゴリゴリと働いて、女性は専業主婦として家事・育児を担うというライフスタイルが高度経済成長期に確立します。男性の長時間労働を前提とし、お父さんが家に帰ってこなくても家事・育児が回ってしまう形が出来上がっているので、お父さんは早く帰ってもすることがありません。つまり、お父さん抜きでも、家庭が動くように、家族内の役割分担が最適化されているのです。別の言葉をつかっていえば、お父さんぬきでも、家庭がまわる仕組みを、家庭が「組織学習」している。組織のなかの定型作業として、組織が記憶してしまっている、といえます。そして、いったん、組織学習が進んだシステムは、非常に「強固」です。突然、お父さんが帰ってきても、居場所がなかなかつくることができないのは、それが理由です。
次に家計システムについてです。長時間労働している人だと毎月7万~8万円の残業代が稼げ、それを前提とした家計システムが組まれています。とくに残業代を当てにして住宅ローンを組んでいたり、子どもの教育費を払っていたりする家庭では、残業代が減ると途端に困ってしまいます。
この2つの理由があるので、お父さんが早く帰ってこなくても、家庭は動いてしまうのです。あるいは、何時間か残業してくれたほうが嬉しいという家庭も存在するかもしれません。会社は帰れと言うけれど、家には帰れない。そんな事情がたくさんのフラリーマンを生み出し、新橋あたりで一杯飲むことになるのです。
■日本に必要なのは「家庭生活の改革」
おじさんたちは、おじさんたちの一存で帰らないわけではありません。個人の働き方の問題だけでなく、家庭の問題でもあるのです。家庭もまた長時間労働という雇用慣行をもとにライフスタイルを学習し、選んできたのです。
だから、働き方改革は「家庭生活の改革」とセットで進める必要があります。むしろこれから改革すべきは暮らし方で、それを変えるほうが、難易度が高いと思います。
企業なら、経営者がトップダウンで働き方改革を指示し、管理層が「まあ仕方ない」と思いながらも施策を立てて実行すれば変わっていきます。家庭はそうはいきません。お父さんが早く帰ってきたら、奥さんからは「どうしたの? 住宅ローン組んでるのよ。やめてよ」と非難されてしまいます。
そうならないように、早めに家庭内に夫の役割をつくっておくことが必要です。ちなみに私の場合、一応家庭に役割があるので、仕事が終われば即刻家に帰ります。家事・育児の負担割合は……そう高くはないですね。妻には本当に申し訳なく思っています。ごめんなさい。いやいや、謝っている場合ではありませんね。家庭の役割分担を見直します。
■中原流ワーク・ライフ・バランス
男性の場合、家庭に役割を持とうといっても、「その日にならないと仕事の終わりが見えないから」とあまり気乗りのしない人もいます。そういう事情は仕事をしている女性も同じです。仕事も家事・育児もプロジェクトです。プロジェクトを成功させるためには時間管理、進捗管理は最も重要なポイントでしょう。
私の場合、夫婦で仕事・家事・育児を両立させるために、お互いの予定をまず数カ月単位で見積もり、次に1カ月単位で見積もり、1週間単位で見積もり、1日単位で見積もるといった具合に、長期間から短期間まで複数の時間軸でスケジューリングします。きょうは自分が6時に帰ってご飯を作らなければいけないから大学を5時に出ます。
ウェブの共有カレンダーを使えばスケジューリングは楽そうですが、我が家では使いません。共有カレンダーだと、相手の予定を確認せずに「ここ入れといたぞ」とか、「キミ、僕の予定見ていなかったよね」とか、要らぬイサカイのもとを作ってしまいます。基本は別々の管理にしておいて、コミュニケーションしながら調整するほうが行き違いもなく、うまくいっています。ま、スケジュール調整の瞬間は、緊張が走る一瞬ではありますが(笑)
■出張の8割は必要ない
家庭での役割を果たすためには、諦めなくてはならないこともあります。たとえば6時に帰って夕飯を作らなくてはいけない日に、上司や同僚から「ちょっと飲もう」と誘われた場合、断らないと家庭での信頼が失われます。
私は、子どもができてからやめたことが3つあります。急な飲み会と国内出張、海外で開かれる学会の3つです。どれも男性にとっては仕事や出世のために必要に思われそうです。もちろん、直接行く必要があるときは断りません。自分が演壇で話す場合や、自ら交渉する必要がある案件であれば出張します。
でも、不要な出張のほうが圧倒的に多いと思います。世のサラリーマンが出張してSNSに上げているのは、「今晩、札幌でジンギスカンを食ってます」とか「博多の夜は水炊きを楽しんでます」とか、食いもの自慢が大半です。本当に必要な出張は、どのくらいあるのでしょうか?
会社や業種にもよるかもしれませんが、わたしは「8割の出張」は必要ない、というのが持論です。スカイプで十分。これはわたしの経験上、出てきた数字です。とりわけ「視察」と名のついた出張は99%不要ではないでしょうか。今の時代、視察で分かることのほとんどはネットで調べられるからです。
私が出張を減らすきっかけになったのは結婚し、とくに子どもが生まれてからですが、それ以前から出張はムダだと感じていました。
■“お父さん不要歴”が長いと、巻き返しが困難
まだ子育て期なら家庭に役割や居場所を作るのはそれほど難しくないでしょう。でも、すでに子どもが成人してしまっているような家庭だと、お父さん不要歴が長く、それで安定した家庭になっているので、今から居場所を作るのはハードルが高いと思います。
しかし、仕事人生も健康寿命も伸びています。今、寿命の最頻値が男性で87歳、女性で93歳です。これだけ長く生きることを考えると、何かしら家庭や地域に貢献したり、役割を持ったりすることは欠かせません。男性も女性も、仕事だけでは生きていけないのです。はやく、家庭や地域のなかに「役割」をつくることが、豊かな老後につながるのではないでしょうか。考えているよりも、人生は、ずっと長いのです。
(立教大学経営学部 教授 中原 淳 構成=Top Communication 写真=iStock.com)
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