東大生がMBAより"起業"に夢中になるワケ
プレジデントオンライン / 2019年7月12日 9時15分
※本稿は、馬田隆明『逆説のスタートアップ思考』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■世界中で「起業」に注目が集まっているワケ
なぜ今、スタートアップが注目を集めているのでしょうか。
その一つの理由は、世界中でイノベーションが求められており、その効果的な手段であるスタートアップへの期待が高まっているから、と言えるでしょう。
現実として各国政府は経済成長の施策の一つとして、スタートアップや起業を振興しています。大企業も、自社だけでの研究開発に限界を感じつつあるのか、新たなイノベーションの種を見つけるべく、「オープンイノベーション」という名の下にスタートアップとの連携を始めました。
こうした動きの背景として、技術の多様化や進歩の速さ、短期間で成功を収める新興企業が続々と生まれていることがあるでしょう。そして同時に、スタートアップが成長を遂げやすい環境が整った、という事情もあるかもしれません。
たとえば起業をするために必要となる、いわゆるイニシャルコストはここ数年で劇的に下がりました。ソフトウェア関係の起業なら、パソコン1台あれば、サーバーはクラウドプラットフォームを使うことで、すぐにサービスをリリースすることもできます。またソフトウェアの進化に合わせ、様々なテクノロジが、より安価かつ迅速に入手できるようにもなりました。
■起業家の手に「カネ」が渡りやすくなった
そしてグローバリゼーションの発展によって、世界中の市場にアクセスできるようになっています。たとえばもしスマートフォンのアプリケーションをリリースした場合、それこそ世界中のスマートフォンユーザーからアプリを購入してもらえる環境が整いました。同様に流通や物流も進歩し、やはり世界中の顧客から購入してもらいやすくなったため、急激な事業拡大も可能となっています。
このように、小さく始めつつ短期間で事業をスケール(拡大)しやすい環境ができあがりつつあることが、スタートアップという事業形態をより行いやすくしています。
さらに、国単位でのスタートアップへの支援環境も整いつつあります。
日本国内を見ただけでも、直接的に国や大企業からの支援制度が充実しつつあるほか、金融環境の変化で、スタートアップに資金を投資するベンチャーキャピタルへとお金が集まるようになりました。その状況下で、スタートアップを始めるために必要となる「リスクマネー」が起業家の手に渡りやすくなり、結果として環境が整ったのです。
アメリカや日本といった先進国において、スモールビジネスを含んだ起業そのものの数は減少傾向にあるようです。しかし各方面からの後押しもあり、急成長を目指すスタートアップについては、勢いがますます増していると考えられます。
■「アクセラレーター」による支援とはどんなものか
急成長を目指すスタートアップが増え、支援も増えた副産物として、成功するスタートアップを生み出すために必要な仕組み、そして考え方が徐々に体系化され始めています。
その一つのきっかけは、アメリカのシリコンバレーを中心に、2000年代中盤からスタートアップを支援する「アクセラレーター」と呼ばれる組織が生まれたことにあります。
スタートアップはアクセラレーターに少額の投資をしてもらい、3カ月から6カ月といった短期間、アクセラレーターの提供するプログラムに参加します。その間、スタートアップはアクセラレーターから、自社の事業を加速する(アクセラレート)ための教育や支援、アドバイスなどを受けることができます。
アクセラレーターの成功を受け、大企業も「コーポレートアクセラレーター」という機能や組織を設けるようになりました。コーポレートアクセラレーターを介し、大企業は自社の資源をスタートアップに提供し、その成長を支援しながら、いち早くスタートアップとの深い関係性を持とうとします。私のいたマイクロソフトもMicrosoft VenturesやMicrosoft Acceleratorという組織を持ち、スタートアップを支援していました。
■ハーバードMBAより最強のアクセラレーター
数あるアクセラレーターの中でもトップの評判と実績を持つのが、2005年に設立されたY Combinatorです。設立以来、彼らはすでに1000社以上のスタートアップを支援し、多数の有名なスタートアップを輩出しています。たとえば有名なところではAirbnbやDropboxなどがY Combinator出身のスタートアップです。
Y Combinatorは、数万にのぼるスタートアップからの応募と、数千にも及ぶ支援先のスタートアップの生死を傍で見てきました。おそらく彼らはスタートアップの成功法や失敗のパターンに世界で最も詳しい組織と言えるでしょう。
ベンチャーキャピタルなどに比べて、彼らは最も初期のスタートアップを支援することが多いため、スタートアップのトレンドやスタートアップの初期において重要な「反直観的」な事実について、深く理解しています。
そしてY Combinatorはスタートアップ支援のノウハウを、大学の講義やセミナー、ブログへの投稿などを通じて惜しみなく公開しています。
Y Combinatorは年に2回プログラムを実施しており、スタートアップの募集を受け付けています。ここ数年は1回の募集に、世界中から1万弱の応募があるようで、その合格率は世界最高峰のビジネススクールであるハーバードビジネススクールよりも低いとも言われています。
■MBAを取るより「起業」のほうがキャリアになる
なぜアクセラレーターがこれほど人気を集めるのでしょうか。一つの理由としては、アクセラレーターが、今やある種のビジネススクールとしての機能を果たしつつあるからではないか、という説があります。つまりお金を払ってMBAを取得して「プロの管理職」になるより、起業して「新しい事業を興す経験」をしたほうが役立つキャリアになる、と考える人が増えているようです。
その背景として、新しい事業を生み出すことの市場価値が高まっている点が挙げられるでしょう。
2013年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フレイ博士が発表した論文、『雇用の未来―コンピューター化によって仕事は失われるのか』(The Future of Employment)をきっかけに、いわゆる「テクノロジ失業」が取り沙汰されるようになりました。
近年の人工知能やロボティクスの発達や期待もその一因かもしれませんが、ブルームバーグのレポートによれば、銀行という業種一つ取っても、テクノロジによる業務効率化で、2008年と対比して60万の職が削減されたと言われています。
■「起業」という仕事が人工知能に奪われない理由
かつて機械の発達が人や動物の肉体的定型労働を減らしたように、今度は人工知能やロボティクスの発達が、認知的定型労働を減らしていくことは間違いありません。その結果、中程度の技能が必要とされる職が失われていく、という指摘はあらゆる論文で共通しています。
こうしたテクノロジ失業についていち早く指摘したMITのエリック・ブリニョルフソン教授らが記した『機械との競争』(村井章子訳、日経BP社)では、失業対策として「起業」を勧めています。それもそのはずで、起業やスタートアップのような、創造性を求められる領域への挑戦こそ、人工知能などに向いていないと目されているからです。
それは言い換えれば、新しい価値を生むような仕事でない限り、これからは生き残っていけないということなのではないでしょうか。つまりそれは、広義の創造力を持たない人や新しい価値を作り出すことのできない人にとっては、とても厳しい世の中になるかもしれない、ということでもあります。
■長寿化時代をサバイバルするために必要な思考
よい大学に行き、大企業に入って、既存の仕組みを効率的に行うような仕事を続けていれば一生安泰、という時代ではすでになくなっています。今後は新しい仕組みや新しい価値を生み出すことが求められます。それが今後、長寿化によってより長くなっていく生涯労働期間をサバイバルするために必要な思考です。
筆者は現在大学に籍を置き、大学でスタートアップの方法や思考を学生に伝えていますが、これは「大企業信仰」が残る親の世代からすれば、我が子にリスクの高い選択を勧めているように感じるかもしれません。
しかし前述のような時代の変化を見据えると、実際に起業をするかどうかは別として、新しい価値を生み出すためのスタートアップ的な思考を知ることや、起業という選択肢を持っていることは、長い職業人生をサバイバルしていくための、むしろ今必要とされている教育の一つであると思われます。
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「東京大学FoundX」ディレクター
1984年生まれ。University of Torontoを卒業後、日本マイクロソフト株式会社に入社。「Microsoft Visual Studio」のプロダクトマネジャーやMicrosoftの最新技術を伝えるテクニカルエバンジェリストなどを務めた後、スタートアップの支援を行う。2016年6月より東京大学産学協創推進本部にて学生や研究者のスタートアップ支援活動に従事し、学業以外のサイドプロジェクトを行う「東京大学本郷テックガレージ」や、卒業生・現役生・研究者向けのスタートアップのインセプション(起点)プログラム「東京大学FoundX」でディレクターを務めている。近著に、『成功する起業家は「居場所」を選ぶ 最速で事業を育てる環境をデザインする方法』(日経BP社)。
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(「東京大学FoundX」ディレクター 馬田 隆明 写真=iStock.com)
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