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なぜ文在寅の「日本叩き」はこれほどウケたのか

プレジデントオンライン / 2019年12月23日 9時15分

2019年11月26日、韓国・釜山で開かれたASEAN特別首脳会議後の合同記者会見で、スピーチをする文在寅大統領 - 写真=Avalon/時事通信フォト

日韓関係の悪化が止まらない。韓国の歴代政権も、時に“日本叩き”を政権維持の梃子に使ってきたが、なぜ「戦後最悪」の事態に陥ったのか。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする——。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『日韓激突 「トランプ・ドミノ」が誘発する世界危機』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■絵に描いたようなポピュリスト

【佐藤】いまの東アジア情勢をここまで混迷させてしまった韓国大統領の文在寅という人の内在的論理に踏み込んでみましょう。文在寅という政治家が、かなりの反日的な思想の持ち主であり、韓国の大統領府、青瓦台に入れば、日韓に様々な軋轢を生じさせるという懸念は、就任前から指摘されてはいました。しかし、これほどの日本への対抗姿勢を露(あら)わにしてこようとは想定を超える事態でした。

大統領の文在寅という人は、絵に描いたようなポピュリストであり、その政権も典型的なポピュリズム政権であることをまず押さえておくべきです。草の根の大衆が好みそうな政策を掲げて、さらにいえば、大衆が喜ぶように迎合してみせる。

韓国では戦後長く続いている反日教育の土壌がありますから、人々の反日感情を煽(あお)ることは、ポピュリズム政権の常套手段です。しかし、「反日感情を煽ることで、経済政策の失敗などへの国民の批判をかわそうとしている」というレベルで捉えていても、文在寅政権が引き起こした事態の本質は少しも見えてきません。

【手嶋】韓国の歴代政権も時に“日本叩き”を政権維持の梃子(てこ)に使ってきました。韓国の政権が反日ナショナリズムに傾くのは別に目新しくない。いま、戦後最悪と言われる日韓関係が醸成されてしまった背景には、やはり今日的な原因があると見なければなりません。

■「東アジア・ドミノ」の牌が倒された

【佐藤】前著の『米中衝突』で、手嶋さんと朝鮮半島を取り巻く情勢が激変している様子を詳しく読み解きました。ドナルド・トランプというこれまで政治に無縁だった大統領が誕生し、大胆な米朝接近を演出し、これが日韓関係にも乱気流を巻き起こしたことが大きな背景になっていると思います。

【手嶋】日韓の未曽有の対立と予想外の米朝の接近。この二つのファクターがない混ぜとなって、朝鮮半島情勢が新たな相貌を見せ始めているのですね。日本ではあまり語られてこなかった視点ですね。

【佐藤】トランプといえども、現職のアメリカ大統領ですから、同盟国である日本と韓国の関係悪化など望むはずはありません。彼は自身の信念に従って、自分なら米朝の扉をこじ開けることができると、目の前のボタンを押したのだと思います。ところが、実はそれは“東アジア・ドミノ”の牌だった。その牌は次々に倒れていき、まさしく連鎖の果てに、トランプ自身も想定しなかった国際政局の変動を呼び起こしてしまったのです。

考えてみれば、トランプという大統領は就任以来、中東をはじめ、様々な地域でこうしたドミノ倒しをやっています。大統領選の再選を間近に控えていることもあって、これからも以前にも増して大胆な行動に打って出る可能性があります。

■国際政局の「地雷原」になっている

【手嶋】まさしく、トランプ・ドミノに心せよ、ですね。やっていることの是非、人物の好き嫌いは別にして、トランプという政治家が、国際政局に新たな地殻変動を引き起こす地雷原になっている、これは紛れもない事実です。裏を返せば、いま国際社会で起きている様々な危機は、トランプという政治指導者がどのように関わっているのかをみれば、より精緻に理解することができると思います。

【佐藤】そう、すべての道は、ローマにではなく、トランプに通ず、なのです。(笑)

【手嶋】我々の前浜で起きている日韓の対立も、トランプ・ファクターなしには、正確に読み解くことはできないと思います。

■「元徴用工判決」で争いが先鋭化

【手嶋】まず、2018年末からの動きを簡単に振り返っておくことにします。18年11月、韓国は、慰安婦問題日韓合意に基づく慰安婦財団の解散を発表します。12月には、韓国海軍艦艇による自衛隊機へのレーダー照射という、奇妙な事件が起きました。

【佐藤】韓国軍側の「誤射」であることは明白ですが、軍がそれを認めようと思っても、国に諮った結果、「黙っていろ」ということになってしまった。

【手嶋】ただ、この頃は、両国関係がこれほど険悪になるとは、少なくとも日本側は思っていなかった。やはり、日韓の争いが先鋭化するきっかけは、何といっても元徴用工の訴訟問題です。ことの発端は、18年10月に、日本の最高裁にあたる韓国大法院が日本企業に対して元徴用工に賠償を命じる判決を下したことでした。文在寅政権がこの司法判断を支持する姿勢に傾き、これに対抗して、日本政府が日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の設置を求めました。1965年の日韓基本条約で過去の賠償問題には決着がついたのですから当然の要求ですが、韓国側はこれに応じようとしませんでした。

【佐藤】明らかに無視しましたよね。これで両国の間の軋轢(あつれき)はぐんと高まりました。

■官邸主導の「ホワイト国」除外

【手嶋】そうなのですが、あえて言えば、ここまではまだ「衝突の前史」と言っていいと思うのです。日韓が相対する碁盤に、先に決定的な石を打ったのは、まず日本でした。19年7月初旬、韓国向けの半導体のハイテク素材3品目について輸出管理を厳格化し、翌8月に入ると通商上の優遇措置の対象国を意味する「ホワイト国」のリストから、韓国を外す措置を発動したのです。安倍官邸は、徴用工問題に対抗して韓国に特別な報復に出たわけではない、通常の貿易対象国に戻したに過ぎないと説明しました。しかし、「ホワイト国」は、相手国の手が汚れていない、つまり、テロ支援国家やテロ組織に軍事製品に転用可能なハイテク製品が流れることはないことを意味するものです。ですから、韓国の文在寅政権は「自分たちを信用しないのか」と怒り、8月22日、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄通告に踏み切ったと思われます。

【佐藤】「ホワイト国」からの除外については、安倍政権は否定していますが、決着済みの元徴用工問題に韓国大法院が新たな判決を出したことへの明らかな報復だと私も考えます。ただ、報復をそうとは言わずに実行する、こうした「フェイント」のような手法を日本の外務官僚は好まない。あれは安倍官邸の主導によるものでしょう。

【手嶋】日本外交の内在論理をよく分かっている佐藤さんがそう言うのですから、本当なのでしょう。だとすれば、日本の経産官僚、そして経産OBが、主導して切った札と言えそうです。これは彼らの得意技だと思います。

■官邸官僚は「帝国陸軍」みたいだ

【佐藤】あえて現政権下の外務官僚に成り代わってみると、今の官邸官僚は、「帝国陸軍」のように映るのかもしれません。統帥権、すなわち安倍晋三首相との深い関係を盾に、外交に土足で踏み込んでくる。本当は、それを排除して外務省主導の外交に戻したいのだけれど、戦前の陸軍が軍刀を振り回して圧力をかけていたのに代わって、今は内閣人事局が高級官僚の人事権という伝家の宝刀を握っているから、外務省も手出しがしにくいわけです。

【手嶋】戦前だって、陸軍への抵抗を試みた外交官はいたのですから、官邸にいくら人事権を握られているからと言って、情けないと思ってしまいます。

【佐藤】ただし、安倍官邸が打った布石は間違ってはいなかったと思います。国際場裏では、売られた喧嘩(けんか)は、時に買わなくちゃならない場面もあるわけだから。

【手嶋】その点については僕は佐藤さんと意見が違うのです。毅然(きぜん)と戦うなら、「ホワイト国」から韓国を外した理由をきちんと示すべきでした。韓国大法院の判決への対応策だと明言すればいい。もし日本から輸出された貴重なハイテク製品がテロ組織などに流れているのが事実なら、当然、優遇措置を認めるわけにはいきません。

【佐藤】テロ支援国家やテロ組織にハイテク製品が流れていれば、完全にアウトです。

【手嶋】ところが、「安全保障上の観点から除外を決めた」と曖昧なもの言いに終始し、明確なエビデンス、証拠を示そうとしていない。通商上の問題に安全保障を絡めれば、機密情報のやり取りに関する取り決めであるGSOMIAに跳ね返ってくることは、容易に予測できたはずです。

【佐藤】確かにこの問題は、手嶋さんが指摘するように、貿易のテクニカルな側面より、互いの信頼関係に関わる問題と見るべきですね。

■日本のメディアが理解していない日米韓のシステム

【手嶋】さらに議論を深めるために、日本・韓国・米国の安全保障に関する情報交換の仕組みをみておきましょう。GSOMIAの問題が起きた後も、日本のメディアが3国の情報交換のシステムをきちんと理解していないのは問題です。

2014年に、まずアメリカを介して日本・米国・韓国の3国で、安全保障に関わる機密情報をやり取りするTISA(日米韓情報共有に関する取り決め)が締結されました。

【佐藤】アメリカを中核に日本と韓国がそれぞれ同盟関係にあることを前提に、北朝鮮のミサイルなどに関する機密情報を日韓が交換できるようにした仕組みです。ただ、アメリカを介して情報をやり取りするので時間がかかる。要するに、まどろっこしい。なおかつ、そこでは、機密情報のやり取りに関する「サード・パーティー・ルール」が適用されます。いわば情報を送る側の著作権で、例えば韓国がAとBという情報を入手して、アメリカに伝える。その際、韓国が「日本にはAだけ伝えて、Bは伏せてもらいたい」と要請すれば、アメリカはそれに従わなくてはいけないのです。お互いにそうした義務を負う「三角関係」なんですね。やはり、日韓の間にはワンクッションあるわけです。

■GSOMIAと「ホワイト国」の切っても切れない関係

【手嶋】それでは、緊急の事態には間に合わない。そこで16年に、日韓がGSOMIAを締結し、両国が直に機密情報を交換できるようになった。北朝鮮が核実験をしたり、核ミサイルを発射したりすれば、ことは寸秒を争いますから。これによって、状況はぐっと改善されました。

【佐藤】ただし、そうした機密情報を共有するためには、お互いの信頼関係が揺るぎないものであることが大前提です。TISAは確かにまどろっこしいのだけれど、日米、米韓という強固な同盟関係をベースに構築されています。しかし、GSOMIAはそうではありません。日韓は同盟関係にはありませんから。機密情報の交換を有効に機能させるには、両国の信頼という「担保」がやはり不可欠なんですよ。

【手嶋】繰り返しますが、GSOMIAとは、相手を「安全保障のホワイト国」、つまり相手の手が汚れていないという信頼関係を前提に機密をやり取りする仕組みなのです。

【佐藤】そういうことです。だから、GSOMIAの破棄というのは、日本はそれに値しない、という韓国の意思表示ということになります。

【手嶋】ただ、先に石を置いたのは日本なのです。韓国を通商上の「ホワイト国」から除外するという決定こそ、「もうお前は信用できない」と通告するも同然の行為です。しかも、「安全保障上の理由」だと通告したのですから、GSOMIAに跳ね返ってくることは避けられなかった。少なくとも外交のプロたちには分かっていたはず。

■文在寅政権による破壊を国際社会に訴えればよかった

【佐藤】GSOMIAを成り立たせている信頼関係は、すでに韓国大法院の元徴用工訴訟判決を文政権が支持した時点で崩れていたと思うのです。あの時点で、日本側の不信感は極限に達してしまいました。

【手嶋】私は対抗措置をとるべきではないと言っているのではありません。韓国大法院の判決と文在寅政権の姿勢に「異議あり」と表明するなら、国際的な舞台に持ち出すなど、他策がありえたはずと指摘しているのです。これまで営々と築き上げてきた日韓の信頼関係が、文在寅政権によって次々に破壊されている現状を堂々と国際社会に訴えればいい。通商上の技術的な分野で報復に訴えたことは、広く世界の舞台で主張をアピールする力量に欠けている弱点を露呈していると思います。

【佐藤】しかしながら、実際には、安倍政権は「ホワイト国外し」という形で日本の意思を示した。さらに、その直後の2019年8月15日、日本の植民地支配からの解放を祝う「光復節」の演説で、文在寅大統領が「日本が対話と協力の道に出れば、喜んで手を取る」と一応歩み寄ったものの、今度は日本政府がガン無視した。

【手嶋】事前には、相当辛辣(しんらつ)な対日批判が飛び出すのではという観測も流れましたが、文演説のトーンは意外に抑制されたものでしたね。

■破棄のカードを切らせるために「ガン無視」した?

【佐藤】私は、むしろGSOMIA破棄というカードを一度切らせるため、日本側がガン無視したと読んでいるんですよ。日本側が関係改善の呼びかけに応じようとしない以上、文政権は「もはやGSOMIAはなきがごとし」と断じて、必ず破棄を通告してくるはずと。ならば、彼らに壊してもらって、その全責任を負わせ米政権を味方につける——。このとき、日本側の念頭にあった観客は、ドナルド・トランプたった一人でした。

手嶋龍一・佐藤優『日韓激突 「トランプ・ドミノ」が誘発する世界危機』(中公新書ラクレ)

【手嶋】確かに米国防総省が「文政権が日本と協定の延長をしなかったことに強い懸念と失望を表明する」と述べるなど、トランプ政権の批判の矛先が、韓国に向けられていきました。

【佐藤】日本政府が韓国をGSOMIA破棄の通告に「追い込んだ」という見方は、第2次世界大戦開戦前の「ハル・ノート」を想起すれば分かりやすいかもしれません。ハル・ノートは、1941年11月に、アメリカ国務長官ハルが日本側に示した覚書で、そこには日本軍の中国、仏領インドシナからの全面撤兵、蒋介石政権以外の政権承諾拒否など、日本側としては、とうてい受け入れ難い内容が盛り込まれていた。これが事実上の最後通牒となって、日本に開戦を決意させ、12月8日の真珠湾攻撃に至ったわけです。

【手嶋】真珠湾攻撃だけをみれば、山本五十六提督の大胆な奇襲は戦史を画する成功と言っていいでしょう。しかし、対英米開戦に至る大局的な情勢判断は、悲劇の幕開けを告げるものとなりました。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2006年から作家として活動。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』『私のマルクス』『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』などがある。手嶋龍一氏との共著に『独裁の宴』『米中衝突』がある。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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