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痴漢問題はなぜ「冤罪被害」ばかり語られるのか

プレジデントオンライン / 2019年12月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aluxum

痴漢に遭う女性が後を絶たない一方で、メディアは冤罪被害ばかりを取り上げる。なぜなのか。龍谷大学犯罪学研究センターの牧野雅子氏は「日本の男性メディアが1990年代までは痴漢を『娯楽』として楽しんでおきながら、現在は『冤罪被害者』としての男性像を強調してこれまでの『加害』をなかったことにしている」という——。

■メディアと男性が作った痴漢文化、痴漢ブーム

かつて日本のメディアには「痴漢文化」「痴漢ブーム」があった。出版、新聞、テレビを問わず男性メディアに共通した現象だった。とりわけ1990年代は、痴漢体験記や痴漢マニュアル、痴漢常習者による手記が出版された他、雑誌には痴漢を扱った記事が数多く掲載された。痴漢専門誌が創刊されたほどだった。

男性誌には、痴漢しやすい場所の情報が掲載され、常習者の手口や痴漢だと通報された場合の対策など、痴漢のススメとしか言いようがない記事が掲載されていた。その時代のことを覚えている人はいるはずだ。

女性たちは、痴漢のない電車に乗りたいと、声をあげ、社会を変えようとした。この時代は、痴漢冤罪事件が頻発し始めた時期とも重なっている。

男性を主な読者に想定している雑誌を見ると、折に触れ、電車や駅で痴漢にまちがわれた時の対策が記載されている。それらに共通しているのは、「駅員室に行ってはいけない」というもので、駅員室に行くことが実質的な現行犯逮捕を意味するという前提に基づいている。

■焦点は「痴漢に間違われた時の対処法」へ

テレビ番組にも頻繁に出演している弁護士は、雑誌の対談で「走って逃げてもよい」と述べていた。その一方で、逃げると犯人だという印象を強くするから危険であるという意見もある。

名刺を渡して、いつでも連絡が取れる状態であることを相手に納得させてその場から離れるように勧める者もいるが、名刺を渡すことは恐喝や通常犯逮捕に繋(つな)がる恐れがあるから勧めないという者もいる。

無実であれば、逆にこちらが告訴をすると宣言せよという意見もあれば、訴えると言って牽制するのはむしろ相手を刺激して危険だという意見もある。

痴漢ならば手に着衣の繊維がついているはずだから、手に付着した微物の検査を要求して無実であることを訴えるように勧める者もいる。しかし、触っていなくても類似した繊維が検出される恐れがあることから、微物検査を勧めない論者もいる。

どのアドバイスにも反論があり、決定打はない。

■痴漢冤罪問題はどう報じられてきたのか

痴漢冤罪問題は、それが報道され始めた2000年ごろから、被害女性によって痴漢だと駅員に突き出されることが逮捕を意味すること、逮捕されれば自分の無実の主張は聞き入れられず推定有罪のベルトコンベアに載せられるという認識が一緒に語られていた。「駅員室に行ってはいけない」は、それを象徴する。

男性誌には、痴漢だと騒いだ女性の迷惑話がしばしば掲載されていたが、痴漢呼ばわりされた男性は、逮捕はおろか検挙されなかったにもかかわらず、痴漢だと名指しされることが逮捕を意味しない事例としては扱われなかった。

2009年に痴漢容疑で取り調べを受けた男性が自死したいたましい事件は、多くの媒体でとりあげられたが、逮捕された事件ではないということには目を向けられなかった。そして、冤罪被害者の経験した警察での取り調べは、全ての痴漢事件においても行われているという論法で、痴漢冤罪の問題が語られた。

■「痴漢→現行犯逮捕」メディアが作った痴漢冤罪の物語

筆者が、大阪府警への情報開示請求によって得た「電車内・駅構内における痴漢、盗撮等の把握状況」によれば、2017年に迷惑条例違反が適用される電車の中の痴漢事案で加害者が判明しているもののうち、現行犯逮捕されたものは39%であった。

痴漢だと言われることは現行犯逮捕を意味するという認識は正しくないのである。

痴漢を疑われて駅員室や交番に行っても、現行犯逮捕を意味しないという情報は、痴漢冤罪を恐れる男性にとっては不安を解消する情報であると思われるが、そうした情報は参照されずに、駅員に通報すれば現行犯逮捕されるという話が広まっている。

それらの多くは弁護士のコメントによって支えられて、あたかもそれが事実であるかのように広まっている。女性の供述によって痴漢事件が作られると非難する一方で、メディアは痴漢冤罪という物語を作ってきたのだった。

■女性を批判するのはお門違いも甚だしい

痴漢冤罪問題では、無実であるにもかかわらず犯罪者として扱われるということの理不尽さに加え、痴漢呼ばわりされることへの強い忌避感が語られる。男性にとって、痴漢呼ばわりされることは大変に不名誉で、尊厳を傷つけられる、恥辱的なことなのだという。

牧野雅子『痴漢とはなにか』(エトセトラブックス)

だが、かつては、痴漢は男性たちの憧れであった。痴漢が「文化」だとさえ言われていたこともあったのだ。1980年代には、渡辺和博、南伸坊といった気鋭のクリエーターが、痴漢のススメを書いていた。

多くの雑誌に痴漢体験談が載り、痴漢常習者の手口が紹介されるほどだった。タレントたちも、さも当然のように、痴漢「加害」経験を語っていた。かつては、警視総監までもが雑誌上の対談で、男性はみな痴漢であるとの発言に笑いながら同意していた。

男がみんな痴漢であるかのように言うなと「女性に」言うのは、お門違いも甚だしい。批判するのなら、女性ではなく、前の世代の男性たちを批判すべきなのだ。

■娯楽としての痴漢ブームが終焉し、冤罪ブームへ

2000年以降、それまで男性誌で圧倒的なボリュームを誇っていた痴漢を扱った記事——沿線情報、被害者の写真付きで紹介される被害体験記、常習者の手口の紹介——は、ほぼ姿を消す。その代わりに、痴漢冤罪問題についての記事が大量に掲載されるようになる。

痴漢冤罪事件の多くは、人違いによるものである。痴漢冤罪に巻き込まれることを恐れるのならば、痴漢事件が多い路線や痴漢被害が多い場所は避けた方がいい。それを知るために、痴漢被害の多い路線情報や被害当事者の体験記は有益なはずだ。

しかし、冤罪問題が大きくなると、それまでは男性誌の恒例であった痴漢特集企画は見当たらなくなってしまう。それまでの記事が痴漢をすることを前提にしたものだったということなのだろう。

痴漢ブームは、痴漢冤罪に怯(おび)える男性たちの存在が可視化されたことによって終焉(しゅうえん)した。性被害者の視点からでもなければ、女性の声を聞いてでもない。痴漢ブームと同時期に厳しくなった痴漢取り締まりによっても、これほどまでには変わらなかった。

男性が痴漢冤罪「被害」に遭うことによって、男性が被害男性に配慮した結果、女性への性暴力を娯楽として取り上げた記事が激減したのだ。痴漢冤罪被害に遭うのは女性のせいだとする言説にのみ込まれてしまっている人たちは、「男性が」痴漢文化を作ってきたことを直視すべきだ。

■男性たちは誰から身を守るべきか

「プレジデントオンライン」も例外ではない。2019年4月4日に「痴漢冤罪“嘘つき女性”から身を守る方法」という記事が掲載された。

ここでも、女性から痴漢だと言われたら逮捕されるという誤った認識に基づいて筆が進められている。冤罪事件が問題になった2000年前後の事例分析の話が出ているが、インタビューに応じた弁護士が「正しく」指摘しているように、2000年前後に痴漢事件の問題は多かった。

現在は検挙方針が少なくとも2回変わっており、この頃とは大きく事情が違っている。しかし、書き手はそのことには全く触れず、あたかも今も同じような捜査や司法判断が下されていると書く。過去だけでなく、現在の状況も見ようとしない。

メディアが作った物語に騙(だま)されているのは誰なのだろう? 男性たちが身を守るべきは、でっち上げられた「嘘つき女性」ではないことに気づくべきだろう。

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牧野 雅子(まきの・まさこ)
龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員
1967年、富山県生まれ。警察官として勤めたのち、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(人間・環境学)。専門は、社会学、ジェンダー研究。著者に、『刑事司法とジェンダー』(インパクト出版会)、『生と死のケアを考える』(共著、法藏館)がある。

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(龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員 牧野 雅子)

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