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東洋大が箱根駅伝で毎年上位に食い込めるワケ

プレジデントオンライン / 2020年1月1日 11時15分

12月13日に行われた、2020年箱根駅伝の壮行会の様子。一番左が酒井俊幸監督 - 提供=東洋大学

ここ10年の箱根駅伝で常に3位以内という安定感を誇る東洋大学。その秘訣は何なのか。陸上競技部長距離部門の酒井俊幸監督は、かつては駅伝のためのチーム作りをしていたという。だが、ある時から個人にあわせた指導法に変えた。その結果、駅伝でも安定的に勝てるようになったそうだ――。

※本稿は、酒井俊幸『怯まず前へ』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

■個人に合わせた指導法に変わっていった

私が東洋大の監督に就任したのは2009年4月、第85回箱根駅伝で初優勝した後でした。箱根駅伝の5区で区間新記録を出し、優勝に貢献した柏原竜二が2年生になり、エースとしてけん引していました。当時は柏原の力が抜けており、彼だけが別メニューで練習することもありました。

ただ、チームとしては、箱根駅伝を走った主力メンバーが卒業した後で、柏原がいるとはいえ発展途上でした。就任して数年は、駅伝のためのチーム作りが核となりました。つまり、みんなで同じトレーニングをして強くなろう、という方針でした。

柏原の2学年下には、高校時代から実力があった設楽啓太(現・日立物流)、悠太(現・Honda)兄弟がおり、駅伝にとどまらず、世界を見据える選手が出てきました。そのため、トレーニングも一律ではなく、だんだんと多様化していきました。

柏原は2年時にユニバーシアードの10000mで8位に入賞し、2011年の世界選手権を目指すことも考えていました。また、設楽兄弟らの2学年下に、高校トップレベルだった服部勇馬(現・トヨタ自動車)が入学してきたことで、特に就任5年を過ぎてからは、トレーニング方法、出場レースの選択など、個人に合わせることが増え、柔軟性を持った指導法に変わっていきました。

撮影=松本健太郎
選手のタイムを計る酒井俊幸監督 - 撮影=松本健太郎

■選手の名前が下がる起用はしない

東洋大の特徴として、選手たちの在籍する学部や就学キャンパスが分かれていることから、全員がそろうのは朝練習のときだけです。数人ずつ、4つ、5つに分かれて練習する日もしばしばで、時間帯によっては1人だけの練習を見ることもあります。私たち指導スタッフもそれを受け入れ、多様性に富んだチーム作りをしています。

私は駅伝ではいつも、不安がある選手や1%でも途中棄権する可能性がある選手は起用せず、心身ともに充実している選手に任せるようにしています。特に箱根駅伝は、どこかに痛みがあったり、体調不良があったりする選手に走れる距離ではありません。走ったとしても、後で選手がみじめな思いをします。

選手たちには、「名前が下がる起用はしない」と言っています。

選手が起用されるか、されないかは監督判断です。しかし、どんな状態でもみんな一生懸命に頑張ります。それなら、より良いパフォーマンスができる状態で走らせてあげた方が選手のためだからです。

痛みがある選手や体調不良の選手を使っても傷にしかなりませんが、代わりに起用して初めて出場する選手にとっては、その時点で力がなくても経験となって次に活きます。

私自身にも最後の箱根駅伝でメンバーから外れた経験がありますが、そのときの不完全燃焼の思いや無念が指導者となった今も活きています。ですから、走れなかった選手たちも悔しさを無駄にせず、その後の競技生活、あるいは社会人としての将来のどこかで活かしてほしいと願っています。

■トレーニングウェアの色などの小さな変化も見逃さない

例年、12月に入って箱根駅伝が近づくと、緊張感がぐっと増します。些細なことに過敏になる時期でもあります。

毎日、選手たちの顔色を見て、体調、血色、目つき、そして足の状態に気を配ります。足の状態が思わしくない選手のフォームを見れば、痛みをかばっているのがわかります。ケガにつながることもあるので、特に注意して見ています。

撮影=松本健太郎
大学のトラックでの練習中の様子。このとき走りだけでなく、細かな選手の変化も観察する - 撮影=松本健太郎

行動面では、集合する前にどんな動きをしているかで、その選手のモチベーションが見えてきます。意欲的なとき、手を抜いているとき、どちらもすぐに行動に表れるものです。

ほかにも、トレーニングウェアの着こなしなど、選手たちの小さな変化を見逃さないようにしています。着るものに何色を持ってくるか。普段の好みと違う色を着ていたり、急に派手な色のウェアを身に着けたりするときには、心理面での変化を見て取れます。

言葉では伝わってこない部分、1つひとつの仕草にサインが出ています。

箱根駅伝当日は、各監督は運営管理車に乗り、選手の後方に付きます。運営管理車は各大学に1台ずつ乗用車が割り当てられています。車内には小型テレビの持ち込みができないので、レースの状況を確認するにはiPadなどを持ち込んでいます。

レース中は各区間で何度か、1回につき1分間、車内からマイクを使って選手に声を掛けることができます。

声掛けの際にはペースや順位、前後のチームとのタイム差を伝えるのが基本です。その後に鼓舞する言葉、あるいは選手それぞれのエピソードを交えた話をします。掛ける言葉はもちろんレース展開によって変わりますが、事前に考えていることも多いです。

たとえば、おばあちゃん子の選手には「おばあちゃんが見ているぞ」と言ったり、故郷が災害に遭った選手には、地元の方々を勇気づけられるような走りをするように言ったりします。

■卒業後も考えて東洋大を選ぶ選手が増えた

日々の観察で選手たちの性格を把握することも、アドバイスを送るうえで大切です。「頑張れ」と言うより「大丈夫だよ」と励ます方が良い選手がいれば、「何をやっているんだ!」と檄を飛ばした方が燃える選手もいますが、たいていは「今日はいいよ」とか「いけるぞ」などといった、安心感を持たせるような言葉が多くなります。

酒井俊幸『怯まず前へ』(ポプラ社)

近年では、「卒業後に実業団で競技を続けたいから東洋大を選んだ」「東洋大の攻めの走りが好きだ」など、明確なビジョンを掲げて入ってくる選手が増えました。多くのOBが実業団で頑張っているおかげだと思いますし、うれしい限りです。

勤務地から決定する場合もあります。地方出身者の場合は、地元の実業団を希望する場合もあります。実業団側も地元出身の選手に声を掛けることが多くなります。競技を引退したあと、そのまま社業に専念しようと思えば、地元に戻る傾向にあります。

大学卒業後に実業団に入社する場合は走ることが業務でも、学ぼうとする意欲を持つことが求められます。競技を続けている間に、同期入社の社員はどんどん仕事を覚えていきます。競技を引退した後、年下の社員に仕事を教えてもらうことになるかもしれないし、一から仕事を覚えなくてはならないかもしれない。そういう覚悟を持ったうえで、競技に取り組んでいかなくてはなりません。

■ニューイヤー駅伝でOBに鼓舞される

私としては、どの実業団チームに進んでも長く競技を続けてほしいと願っています。実業団は大学のように一から十まで教える場ではないので、自分自身で責任を持って、トレーニング内容を吟味して、自己管理をします。それらができる人材、実業団で活躍できる選手を輩出することは、今の東洋大の指導理念の1つになっています。

大学時代に基本を徹底し、心と体の基礎基盤を固めること。これができないと、社業も競技もうまくいきません。

毎年、ニューイヤー駅伝は、翌日からの箱根駅伝の戦いに備えた選手たちが、練習の合間にみんなでテレビ観戦するのが恒例です。どの区間にもOBが走っていて、特にエース区間の4区で、先輩たちがそれぞれ異なるユニフォームで先頭争いをしている様子を見ると、「すごい! 俺らも頑張ろう」という声が聞かれます。

近年の箱根駅伝で上位を維持できているのは、間違いなく、前日に先輩たちの走りから心にメッセージを受け取っているからです。

箱根駅伝のあとには、逆にOBから「後輩たちの走りに感動しました」「頑張ろう、負けてはいられないと思いました」といった、たくさんのメッセージをもらいます。

世代は違っても、「東洋らしい走り」は確実にあります。そこでつながった鉄紺色の絆が、これからも途絶えることのないように見守っていきたいです。

撮影=松本健太郎
練習の前にはその日の練習メニュー、ペース設定、注意事項などを説明。練習の目的を選手たちに理解させることも大切 - 撮影=松本健太郎

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酒井 俊幸(さかい・としゆき)
東洋大学陸上競技部 長距離部門監督
1976年、福島県生まれ。学校法人石川高等学校卒業後、東洋大学経済学部に入学。大学時代には、1年時から箱根駅伝に3回出場し、4年時にはキャプテンを務めた。大学卒業後、コニカ(現・コニカミノルタ)に入社し、2001年から2003年まで全日本実業団駅伝3連覇のメンバーとして貢献。2009年より現職。箱根駅伝では10年連続3位以内という成績を達成した。著書に『その1秒をけずりだせ 駅伝・東洋大スピリッツ』(ベースボールマガジン社)。

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(東洋大学陸上競技部 長距離部門監督 酒井 俊幸)

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