アップテンポとスローテンポ、売上が32%も増えるBGMはどっちか
プレジデントオンライン / 2020年3月18日 9時15分
※本稿は、ミテイラー千穂『サウンドパワー わたしたちは、いつのまにか「音」に誘導されている』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■全米ガム市場でナンバーワンに押し上げた「控えめなCM」
ビジネスをアップデートする力をもつ「サウンド」の重要性に、近年アメリカやカナダ、ヨーロッパの企業が注目するようになってきています。さらには、ビジネスのみならず、教育、医療、政治などさまざまな分野で活用が始まっています。
まずは具体例をいくつか見ていきましょう。
サウンドパワーをフル活用して成功した事例に、とあるガムのCMがあります。
列車の窓際に父親と幼い娘が向き合い、ガムを食べながら座っています。そして、父親が、ガムの包みから鶴を折り、娘はその鶴を手に取ります。穏やかでシンプルな音楽が流れるなか、折り鶴を中心に彼女の成長シーンが映し出されます。
娘が誕生日を迎え、雨の日も雪の日も晴れの日も父親は鶴を折り、娘にそっと贈ります。さらに時は流れ、娘が親元を離れる日がやってきます。
■なぜ穏やかでシンプルな音楽が購買欲を刺激したのか
娘の荷物を車に運ぶ手伝いをする父親が、バランスを崩し、小箱を落としてしまいます。そこであふれ出てきたのが、折り鶴でした。折り鶴を手に取る父親は、これまでの娘の成長と父娘との思い出を浮かべます。
このタイミングでようやくナレーションが入り、「Sometimes little things, last the longest……(ときに、ささいなことがもっとも長く続く……)」と流れます。
最後に、緑色の背景に白の文字で、「give Extra GET extra」と商品のナレーションが入り、CMが終わります。
※編集部註:本CMは2020年3月現在、こちらのサイトでみることができます。
約1分のコマーシャル映像のなかで、商品パッケージが映るのは、最後のナレーション含め3回だけ。ナレーションは、残り数秒になるまで入りません。この「控えめ」なCMは、大成功でした。
■CM放映後、売上高は4.5億ドルに跳ね上がった
CM放映後、全米シュガーレスガム総売上高25億5000万ドルというマーケットにおいて、この企業の売上高は4.5億ドルとなりました。ガムという、差別化が難しく競合ひしめく市場で、ナンバーワンの売り上げとなったのです。
実はこれ、すべて計算づくのことであり、再現性のある戦略でした。それも、映像よりも、サウンドという点で。サウンドという点でこのCMが特殊だったのは、次のような点です。
▼シンプルな音やリズムを用いる
▼企業名をすぐには出さない
▼ナレーションやセリフを入れない
▼父娘の成長に合わせて少しずつテンポを上げていく
▼セリフは最後の商品ナレーションのみ
▼父娘の温かいつながりの感情と商品名をリンクさせる(「Extra」ガムで、「Extra(特別)」な思い出を)
■CMシーン別のBGMのサウンド効果を分析する
では、CMのシーンごとにサウンドの効果を見ていきましょう。
車窓で親子が向き合うシーンでは、鼓動よりもゆったりとしたスローテンポで、ラ(A4:NHKの時報の音)からソ(G4)、ファ(F4)と下降していきます。下降するメロディは、時が遡るイメージを引き起こします。これが、父娘の思い出へと視聴者を誘導します。
次の、娘が誕生日を迎えるシーンでは、穏やかでシンプルなBGMが流れます。少しずつビートが加わり、音量が上がっていくことで、娘の成長が表現されています。
時は流れて、娘が親元を離れるある日。物語のクライマックスを映像で見せ、その後少し遅れて曲調が最高に盛り上がり、ようやくこのタイミングで「Sometimes little things, last the longest……」というナレーションが流れます。
ここで視聴者は、娘の成長と思い出を振り返ることになります。箱からこぼれた折り鶴(ガムの包み紙という特別なものではないもの)に込められた父の想い、そしてそれを大切に取っておいた娘の想いを汲み取り、共感するのです。
共感している間に流れる「Last Longest(もっとも長く続く)」というナレーションが視聴者の記憶に刻み込まれます。
■顧客の意思決定の基準の70%はBGMを含む感情的なもの
そして、コンビニなどで「Extra」のパッケージを目にしたとき、これがトリガーとなりCMを通して共感した感情が引き出されます。
同時に「Last Longest(もっとも長く続く)」から「ガムの味が長く続く」という感覚が呼び起こされ、購入を決定する確率が高まるのです。
つまり、視聴者は、このCMから流れるサウンドを通して温かな感情が呼び起こされ、特別なブランド体験をすることになるのです。
「顧客の意思決定、ロイヤリティーは主に感情的なものである。採用を決定する基準の70%は感情的なもの、残りの30%が合理的なものである」といわれています。
このことから考えると、商品の特徴やメリット・商品名・ブランド名を打ち出していく従来のコマーシャル手法は、意思決定を左右する要素の70%を押さえられていない、ともいえます。
■アップテンポとスローテンポ、どちらが売り上げに貢献するか?
あなたがよく行くスーパーマーケットやデパート、ショッピングモール等で、どんなBGMが流れていたか、思い出せますか? そもそもBGMが流れていたことすら気づかないでいた人もいるのではないでしょうか?
わたしたちは、商業空間でなにげなくBGMを聞くことに慣れています。そのため、BGMに意識的に注意を払うことはほとんどありません。このとき流れている音楽は、まさに、その名の通り「バック・グラウンド・ミュージック(=背景音楽)」なのです。
ところが、わたしたちがサウンドに対して意識的に注意を払っていないだけであって、お店のほうが、わたしたちの購買意欲を高めるための手段としてサウンドを活用していないわけではありません。
スーパーマーケットに流すBGM、アップテンポのものとスローテンポのもの、どちらが売り上げに貢献すると思いますか?
アップテンポのほうが、気分が高揚して購買意欲が高まるような気がするかもしれませんが、ニューヨークのスーパーマーケットで行われた「音楽のテンポが買い物客の購買行動に与える影響」についての調査(※)では、反対の結果が出ました。
※Milliman,R.E.(1982).Using Background Music to Affect Behavior of Supermarket Shoppers.Journal of Marketing.46(3).pp.86‐91.
それによると、アップテンポのBGMが店内で再生されていたとき、買い物客が店内をより速く歩くようになったといいます。目的の商品へと足早に向かうことで、他の商品を見て回る機会が大幅に損なわれていました。
■スローテンポで売り上げが32%も増えた理由
一方、スローテンポの音楽は反対の効果をもたらしました。買い物客は目的の商品がある棚まで一直線に向かうのではなく、店内の雰囲気を楽しみながら他の商品が陳列されている棚も見て回り、より多くの商品を購入していました。
そのスーパーマーケットでは、スローテンポのBGMを再生した日は、アップテンポのBGMを再生した日と比較して、「売り上げ32%増」を記録しました。
一時期、ファレル・ウィリアムスの「Happy」や、テイラー・スウィフトの「Shake It Off」など、幅広い年齢層に親しまれるポピュラーサウンドが、どこでもヘビーローテーションでかけられていました。
彼らの曲は親しみやすいサウンドなのですが、アップテンポのビートであり、歩くスピードを速めてしまいます。アップテンポのサウンドにはウキウキと気持ちを高揚させる一方で、歩くスピードを速め、視野を狭める作用があります。アップテンポのサウンドを使うときには、十分に注意が必要です。
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音楽芸術博士、ジュリアード音楽院、R.アブラムソン博士音表現研究室エグゼクティブ・ディレクター、アメリカ音響学会、アメリカ心理学会
米大手百貨店、有名ブランドのマーケティング戦略や、ブランディング、プレゼンテーション、空間のサウンド表現のコンサルティングを行う。また、サウンド表現のデザイン、公的機関における交渉・スピーチの分析と助言など、官民にわたり表現学者として携わっている。サウンド表現コンサルタント、サウンド表現アーキテクト
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(音楽芸術博士、ジュリアード音楽院、R.アブラムソン博士音表現研究室エグゼクティブ・ディレクター、アメリカ音響学会、アメリカ心理学会 ミテイラー 千穂)
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