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全土外出禁止のマレーシア首相が、国民に活用を呼びかけたITサービス

プレジデントオンライン / 2020年3月19日 19時15分

キャッシュレスペイやスマートフォンアプリによるデリバリー(宅配)が浸透しているマレーシアでは屋台の料理もオンライン注文が可能。“封鎖措置”が始まった3月18日、注文が相次いだ - 撮影=海野麻実

■アジア初「事実上の国境封鎖」を宣言

マレーシアは3月18日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、突如として「事実上の国境封鎖」と「全土での外出禁止」に踏み切った。

これまで、中国や韓国、欧州、イランなどの陰に隠れ、新型コロナウイルス関連で特段目立つこともなかったが、3月15日以降急速な感染者数の伸びを記録している。15日に190人、16日に125人と2日間だけで新たに315人の感染を確認するや否や、16日当日の夜22時からマレーシアのムヒディン・ヤシン首相が新型コロナウイルス対策について緊急のテレビ演説を行った。

緊急演説が敢行されたスピード感もさることながら、その内容も極めて強硬で気迫に満ちたものであった。演説からわずか1日だけ置いた18日から31日までの2週間、マレーシア国民の出国と外国人の入国を全面的に禁止する「事実上の国境封鎖」を宣言した。外国人観光客の入国は一切禁止され、現在、海外にいる帰国者には検査の受診と、14日間の隔離期間を命じる極めて厳重な措置が発表された。

首相の演説が3月16日22時に始まると、マレーシア人は車を止めてスマートフォンで中継に見入った
首相の演説が3月16日22時に始まると、マレーシア人は車を止めてスマートフォンで中継に見入った

イスラム教徒にとっては欠かせない金曜礼拝を含むモスクでの全宗教行事は延期になる。幼稚園、小中高等学校から大学までのあらゆる教育機関のほか、すべての政府機関および、民間企業の閉鎖が求められたほか、スポーツ大会や文化的イベントなど大規模な集会も禁止される。例外的に、スーパーマーケットやコンビニエンスストア、薬局など日用品を取り扱う店舗や、銀行などは営業を許可される。あらゆる社会的活動や人々の移動などを最小限にすることで、感染リスクを早い段階で最大限に封じ込めることが狙いだという。

■東南アジア最大の感染者数「失敗は許されない」

とはいえ、マレーシアは日本と比べると感染者数はまだ少ない。3月17日にはじめて2人の死者を確認したばかりの状況で、なぜここまで大胆な策を採ったのか。それは、隣国シンガポールの感染者数を一気に超え、東南アジア最多の感染者数を抱える国となったからだろう。現に、3月17日(120人)、18日(117人)もさらに感染者数は急速な伸びを見せ、18日現在で計790人となっている。

マレーシア保健省のヌール・ヒシャム・アブドラ保健局長は、封鎖措置初日となった18日、厳しい表情でこう述べた。

「今日はこの“移動制限命令”の初日です。率直に言います、どうか自宅にいてください、他人とは距離を取るように。失敗はここでは許されません。さもなくば、われわれは“ウイルスの第三の波”に直面することになるでしょう。第三の波は、“津波(Tsunami)”のように大きなものとなるかもしれない、もしわれわれが不十分な対応しかしないのならば」

(写真左)アラートと大きく表示されたポスターがクアラルンプール市内の病院前に掲げられている。(写真右)クアラルンプール市内のクリニックにはマスクをした患者らが絶え間なく診察に訪れていた
撮影=海野麻実
(写真左)アラートと大きく表示されたポスターがクアラルンプール市内の病院前に掲げられている。(写真右)クアラルンプール市内のクリニックにはマスクをした患者らが絶え間なく診察に訪れていた - 撮影=海野麻実

■イスラム教モスクでの集団礼拝がクラスターに

なぜマレーシアでこれほど急速に感染が広がったのか。そこには、宗教の存在がある。

マレーシアの首都クアラルンプールのモスクでは、2月27日から4日間にわたって行われた宗教行事に、国内外から約1万6000人が参加した。モスクなどの礼拝所は、信者が狭い空間に密集して一定時間滞在し、接触頻度も増え、極めて危険なクラスターとなり得ると指摘されている。実際に18日までに参加者のうちマレーシア人513人の感染が確認されているほか、ブルネイやシンガポールから参加した53人も帰国後に感染が判明している。

集団クラスターが発生したクアラルンプールのモスク。医師たちによる追跡調査が行われている
写真=Facebook DG Hisham
集団クラスターが発生したクアラルンプールのモスク。医師たちによる追跡調査が行われている - 写真=Facebook DG Hisham

■テイクアウト、まとめサイト……封鎖措置に素早く対応する飲食店

マハティール・モハマド前首相に代わって、就任したばかりのムヒディン首相は16日22時、首相官邸で「われわれは他国で短い間に数万人が感染する状況を目の当たりにしており、国民が同様の事態をマレーシアで目にすることは望まないだろう。国民がこの難局を克服できることを望む」と訴えた。この強硬にも思える策は、すでに他国で急速な広がりを見せている状況がマレーシアでも起こることを、国家を挙げて事前に防ぐためであるという強い意志表示である。

おおむね、この封鎖措置は国民から真摯(しんし)に受け止められた。首相演説後のわずか数時間後から、飲食店などは店舗の椅子やテーブルを片付け、“テイクアウト(持ち帰り)可能”の看板やチラシなどを掲げたほか、SNS上でも宅配可能なレストランがまとめサイトに上がっている。

マレーシアでは、屋台などで150円ほどで麺類やチキンライスなどを気軽に食べることができる外食文化が根付いているため、飲食店の閉鎖は国民にとって一大事だ。その切羽詰まったニーズを埋めるため、多くの飲食店の動きは非常に速かった。

(写真左から)店内での飲食は厳しく制限されるため、テーブルと椅子をすべて片付け、持ち帰り注文の客を待つ中華料理店の経営者。3月18日からの2週間、「持ち帰りか宅配には応じます」とシャッターに掲げていた飲食店。完全に閉店すると収入は途絶えてしまう
撮影=海野麻実
(写真左から)店内での飲食は厳しく制限されるため、テーブルと椅子をすべて片付け、持ち帰り注文の客を待つ中華料理店の経営者。3月18日からの2週間、「持ち帰りか宅配には応じます」とシャッターに掲げていた飲食店。完全に閉店すると収入は途絶えてしまう - 撮影=海野麻実

■“飲食宅配サービス”がにわかに活況

封鎖措置初日の18日朝、通常通り店を開けたチキンライス屋のオーナーは、「客足が遠のくかと思いきや、そんなことはない。いつもならこの時間にはほとんど注文は来ないが、食いっぱぐれる心配をしているのか、すでに20食ほどのオーダーが入っている。デリバリーにも対応しているし、お客さんが来たら車まで届けるサービスもしているよ」と話していた。

“封鎖措置”が始まった3月18日、庶民の胃袋である屋台では持ち帰り専用でチキンライスや麺類などがせわしなく調理されていた
撮影=海野麻実
“封鎖措置”が始まった3月18日、庶民の胃袋である屋台では持ち帰り専用でチキンライスや麺類などがせわしなく調理されていた - 撮影=海野麻実

クアラルンプール市内および近郊の道路は普段、悪名高い大渋滞でクラクションが鳴り響くのが常であるが、この日は、朝から嘘(うそ)のように車が減り、代わりに目立ったのは飲食宅配のバイクだった。

飲食宅配代行大手、グラブフードの運転手は、「朝10時から働いているが、2時間ですでに6件の注文を受けた。通常よりハイスピードだよ」と満足げだ。もちろん、マスクをして、配達が終わるごとに石鹸(せっけん)で手洗い、こまめに消毒をすることが会社から求められているという。

飲食店の前で宅配の料理ができるのを待つ飲食宅配代行ドライバー。飲食店は原則閉鎖が求められているなか宅配注文が殺到している
撮影=海野麻実
飲食店の前で宅配の料理ができるのを待つ飲食宅配代行ドライバー。飲食店は原則閉鎖が求められているなか宅配注文が殺到している - 撮影=海野麻実

■首相「宅配サービスを使用して家で食べてください」

ちなみにムヒディン首相は18日8時に行った緊急演説で、「外では飲食せず、“宅配サービス”を利用して家で食べてください。屋台などで友人らと談笑するのは差し控えましょう」と国民に向けて呼びかけている。

事実、2012年にマレーシアで生まれた配車サービス「グラブ」のアプリは、ダウンロード数1億4400万超で、東南アジアで稼働するスマホの4台に1台にインストールされている計算になる。またライドシェアの運転手やフードデリバリーの配達人として900万人以上がグラブと契約しており、都市部を中心に急速な広がりを見せている(日経コンピュータ 2019年6月13日号)。

一方で、こんな悲しい声も聞こえてきた。

外国人労働者を多く抱えるマレーシアでは、主にバングラデシュやミャンマー、パキスタンなど途上国からの労働者が飲食店で働いているケースが多い。クアラルンプール近郊にあるスペイン料理店で働く25歳のバングラデシュ人ウエーターは、嘆き口調でこう話した。

「明日からうちのレストランも営業は2週間停止です。持ち帰りやデリバリーの注文には応じますが、それに対応する店員は午前と午後に分けて1人ずつだけ。僕は2週間、完全に仕事なしです。明日から何をしよう……起きて寝て、稼ぐお金もない。毎月ほぼ全てのお金をバングラデシュにいる両親と妹に送っているのに、今月の仕送りは本当に少なくなりそうで困っています。僕みたいな労働者は正直たくさんいます。この2週間突然、仕事がなくなった分の給料の保証は何もありません」

アジア初の「事実上の国境封鎖」と「全土での外出禁止」は、まだ始まったばかりだ、3月31日にこれを本当に解除できるのか。長引いたときにどんな影響が出るのか。今後の展開を注視していきたい。

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海野 麻実(うんの・あさみ)
記者/映像ディレクター
東京都生まれ。2003年慶應義塾大学卒業、国際ジャーナリズム専攻。”ニュースの国際流通の規定要因分析”などを手がける。03年民放テレビ局入社。報道局社会部記者を経たのち、報道情報番組などでディレクターを務める。福島第一原発作業員を長期取材した、FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『1F作業員~福島第一原発を追った900日』を制作。16年退社。現在は東南アジアを拠点に海外でルポ取材を続け、デジカムで撮影・編集まで単独で手がける。取材や旅行で訪れた国は東南アジアやヨーロッパ、中東、アフリカ、南米など約40カ国。

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(記者/映像ディレクター 海野 麻実)

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