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医師が「五輪選手村タワマン→コロナ病院はやめるべき」と訴える臨床的な理由

プレジデントオンライン / 2020年4月9日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wilpunt

新型コロナウイルスの感染拡大による病床不足を防ぐため、東京五輪の選手村として建築中のタワーマンションを転用することが検討されている。麻酔科医の筒井冨美氏は「感染症の患者を収容するには、酸素などが中央配管で投与できるのが望ましい。一般住宅にこうした設備はなく、重傷者が急増した場合には新規に“コロナ病院”を建てたほうが早くて安い」という――。

■小池都知事が「タワマン五輪選手村をコロナ病院にリノベしたい」

2020年春、世界は新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄されている。日本でもついに東京都と大阪府に緊急事態宣言が発令されることになった。

思えば当初、中国・武漢で発症者が出たばかりの頃は対岸の火事のように眺めていた日本人もいたが、横浜港に停泊したダイヤモンド・プリンセス号で感染者が続出したあたりから暗雲が垂れ込めはじめ、3月に入れば感染拡大のクラスターが各地で発生。外出自粛の大号令が吹き荒れた。

そして、事態がより深刻化したのは3月24日に「東京五輪の延期」が決定された後のことだった。都市部を中心に、感染経路不明の感染者が増え、「オーバーシュート」(感染者の爆発的増加)が懸念されるようになった。中でも感染者が4月4日に「感染者100人」の大台を超えた東京都では感染症病床の不足が予測され、医療体制の整備に追われている。

東京都の小池百合子知事は五輪延期決定後の3月27日、フジテレビの情報番組『とくダネ』に出演し、新型コロナウイルスの軽症患者を一時的に滞在させる施設として東京オリンピック・パラリンピックの選手村を活用する可能性について言及した。その後、政府もこの案に賛同し、公明党も「1万8000床分確保できる」と前向きだ。

■選手村活用とコロナ対策の一石二鳥も、物件購入者は迷惑顔

東京五輪の選手村は、東京都中央区の湾岸エリア晴海地区に建設中である。銀座と豊洲の間に位置しており、五輪終了後には総数4000戸超のタワーマンション群「ハルミフラッグ」としてリノベーションされる予定である。

2019年8月には第一期分譲が行われ、5000万円~2億円超という価格帯にもかかわらず、平均競争倍率2.57倍、最高71倍の人気ぶりだった。「五輪後のリノベーション工事が完了した2023年3月に入居開始」というのが当初の計画だった。

小池都知事は先の番組内でこう言って大会組織委員会に協力を求めた。

「『あれだけのモノがあるのに、どうして使わないのだ』という(国民の)声も聞いている。大会組織委員会の協力も得られればと思う」

番組が物件の購入者にインタビューしたところ「マンションの形をしている建物を病院のように使えるのか」と暗に将来わが家となる建物が感染症患者の滞在施設として使われるのを拒む様子がありありと見えた。同じように番組の取材に答えた不動産関係者は「今回のケースですと、印象的にあまり気持ちのいい話ではないので、資産価値が下がる」と述べ、こちらも明らかに迷惑顔だった。

一方、SNSなどでは「選手村活用とコロナ対策の一石二鳥」「病床や人工呼吸器の増設が必要だ」と、賛同する意見が目立つ。

■医師が「普通のマンションをコロナ病院にするの無理」と断言するワケ

フリーランスの麻酔科医として関東地方の病院で働く筆者は、今のところ新型コロナ患者を直接診療したことはない。だが、主に手術時に麻酔科医として立ち合い、毎日のように人工呼吸器も使用する仕事を20年以上続けている。

その経験から断言できること。それは、「もともとは選手村の分譲マンションを新型コロナ感染症病床にリノベーションするのは、事実上不可能」ということである。なぜなら、マンションの間取りに感染症患者向けの医療用具をそろえることはできないからだ。

「HARUMI FLAG」の公式ウェブページに掲載された物件の間取り例

感染症病床には必要不可欠なものが多い。

■人工呼吸器のため大量の酸素を24時間態勢で送り込む特別な配管が必要

たとえば「中央配管方式による酸素供給」だ。人工呼吸器は大量の酸素を24時間態勢で使用するので、「酸素ボンベ」ではなく、水道のように「ツマミをひねれば絶え間なく酸素が流れる」という配管設備があることが望ましい。このため多くの病院では、病室内に設置された「バルブ」(写真参照)にアタッチメントを差し込むと、酸素を取り込める仕組みになっている。

写真左から順に「酸素配管口」「空気配管口」「吸引口」
撮影=筒井冨美
写真左から順に「酸素配管口」「空気配管口」「吸引口」 - 撮影=筒井冨美

今回、この選手村マンションに滞在するのはコロナ感染者の軽症者が想定されているが、酸素投与が必要なレべルの患者に対応する場合、こうした中央配管を備えることはマストであるはずだ。

また、酸素だけでなく、「空気の中央配管」の設置も望ましい。患者の症状に合わせて酸素濃度を調節するためだ。人工呼吸器によっては駆動に圧縮空気が必要な機種もある。

さらに肺炎患者は痰などの分泌が多く、マメな吸引が必要となるので「吸引の中央配管」も必要不可欠である。

近頃、新型コロナ対策の「切り札」として、しばしばメディアで紹介されることが増えた人工呼吸器や膜型人工肺(ECMO=エクモ)は「病院用の電気設備」(写真の赤いコンセント)を使用することが原則である。雷などによる停電は患者生命にかかわるので、この電気設備は停電用のバックアップ電源を備えている(写真参照)。一般の分譲マンションには通常、こうした専門的な電気設備は備わっていない。

写真左から順に「医療費電源端末(停電バックアップあり)」「一般端末」
撮影=筒井冨美
写真左から順に「医療費電源端末(停電バックアップあり)」「一般端末」 - 撮影=筒井冨美

■寝たきりの患者を運べる巨大なエレベーターはマンションにはない

感染症患者向けの施設には、「病床」以外にも必要となるものは多い。

例えば、エレベーターや廊下は一定以上の広さがないといけない。なぜなら、人工呼吸器を必要とする重症肺炎患者はほぼ寝たきり状態で、ベッドに乗せたままで搬送することになる。そのため、それが完全に乗らないサイズのエレベーターや廊下では移動ができないのだ。

そもそも選手村は、一般住宅用に設計された建物だ。当然のことながら、酸素配管や医療用電気設備は設置されておらず、エレベーターもパラリンピック関係者の車椅子を乗せるのが限界だろう。そして、既存マンションに酸素や病院用エレベーターを後付けで設置するのは大変なコストと時間を要する。

また、人工呼吸器やECMO装着患者は、医師・看護師・臨床工学士による24時間態勢の監視が必要になる。マンションのように細かく区分けされた建物では、隅々までの監視が困難だ。

であれば、いっそのこと中国のようにコロナ患者向けに病院を新築するか、先ほどオープンした英国ナイチンゲール病院のようにイベントホールを改築して4000床の大病院に用途転換するほうが、現実的な選択肢となるのではないか。

■国が予算を投じて新規で「コロナ病院」を建てるしかない

現在、「2週間の隔離」を実践する新型コロナ感染の軽症患者の中には「自宅療養」している人もいる。2週間の長きにわたる缶詰生活に耐えられるのは自宅だからだろう。それに対して、選手村のタワーマンションはまだ建設途中で、周囲にコンビニも宅配業者もない。

よって、ここで新型コロナ感染の軽症者の自主的隔離を要請しても、2~3日後には「爪切り忘れた」「枕が合わない」「配給される弁当に飽きた」といった理由で、こっそり近くの銀座でショッピングや飲食をする人が出るおそれもある。しかも、あくまで「自主的隔離」なのだから従わなくても罰則はない。東京都の約半数は単身世帯なのだから、単身者は自宅待機のほうが、問題行動を起こすリスクが低いのではないか。

高齢者だと隔離リスクはさらに大きい。

新しい住居になじめず転倒骨折したり、転居のストレスで認知症や抑うつ状態となったりするリスクも潜む。そして、「骨折したコロナ保因者」「コロナ保因者の認知症」に対応できる施設は、現在のところ極めて少数である。

繰り返しになるが、結論としては「選手村マンション」を隔離施設として使用するのは難しいと考えざるをえない。さらなる感染拡大時に重症患者に対応できる病床が不足する事態が起き、欧米のような医療崩壊が起こるのは回避しなければならない。

今のところ、感染者そのものは1日100人前後で報告されているが大部分が軽症者であり、「集中治療室に入院するような重症例」は、日本国内では1日1ケタ以内に留まっている。

既存の病院施設で対応可能な数であり、英米のような「コロナ専門病院」を新設する必要性はない。非常事態宣言が出された今となっては、コロナ疑いの軽症者は極力自宅で療養し、医療資源は生命の危ぶまれる重症者のために温存するよう、国民一人ひとりの自制が望まれる時期である。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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