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「あの芸能人が薬物で逮捕」と大騒ぎするマスコミに欠けているもの

プレジデントオンライン / 2020年4月22日 11時15分

元関東信越厚生局麻薬取締部部長の瀬戸晴海氏(写真撮影=渡邉茂樹)

薬物汚染を防ぐため、マスコミはどんな役割を担うべきか。元厚労省麻薬取締官の瀬戸晴海氏は「芸能人の薬物事件は大きなニュースになる。しかし、報道でクローズアップされるのは芸能人個人の私生活であることが多い。もっと薬物問題の本質に迫ってほしい」という——。

■薬物は「魔性のウイルス」

——瀬戸さんは、初の著書『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)では、薬物を「魔性のウイルス」と例えています。どういう意味なのですか。

止めたくても止められない「依存性」という症状が、乱用薬物の最大の特徴なのです。薬物を使い続けると、個人差はあるにせよ、薬物が欲しくてたまらなくなり、自分自身をコントロールできない状態に陥ります。私は、この性質(依存性)を「魔性」と例えたわけです。

そして、人が人に勧めて蔓延してゆく。宣伝などしなくても売れる。例えるならウイルスが飛散するように蔓延していく。かつて一時期の「危険ドラッグ」の大流行を思い出していただければ理解できるかと。

——薬物汚染はすでに「パンデミック」の状態なのでしょうか。

2012~15年にかけて、世界レベルで「危険ドラッグ」が爆発的に蔓延しました。とりわけ2014年は大変な一年でした。

日本国内の推定使用者数が40万人に上り、同年だけで112人も危険ドラッグが起因して死亡しております。池袋や福岡の天神では乱用者による自動車暴走事故が起き、その交通事故で4人が亡くなりました。

検挙者は多くが初犯で897人(うち乱用者が631人)と、前年の約5倍にもなりました。まさに異常事態として「パンデミック」と言えるのではないでしょうか。それくらい危険な状況だったと理解していただきたい。

■薬物犯罪はすべて「イタチごっこ」、ゴールはない

——今では「危険ドラッグ」の店舗は姿を消しました。

「危険ドラッグ」は、身体への影響は麻薬や覚醒剤と変わりませんが、法律で規制された物質の化学構造を少し変えたものが合法として使われていました。これを規制しても置換基の配置を少しだけ変えたものが次から次に出てくる。そうすると取り締まりができない。これが「イタチごっこ」と揶揄(やゆ)されたゆえんです。ケミカルな世界ですから、いくらでも新しいものが作れてしまうわけです。

これに対し、厚労省は、化学構造の基本骨格が共通する物質群をまとめて指定薬物に指定する「包括指定」ということを行ったわけです。われわれはこれを「武器」に警察と協力して徹底的に取り締まり、全国の販売店を撲滅できたのです。これは世界的にも評価されています。

——店舗は撲滅されましたが、地下化したと指摘されています。

その通りです。使用者はがぜん減りましたが、それでもヘビーユーザーの間では根強い人気がある。密売グループは地下に潜り彼らを相手にインターネットで巧妙な販売を続けています。だから、薬物犯罪というのは、すべて「イタチごっこ」になります。ゴールはなかなかないのです。

——薬物汚染を防ぐ有効な手はあるのでしょうか。

ワクチンや特効薬は今のところ、ありません。密輸・密売組織に対する取り締まりの徹底は当然ですが、予防教育と再乱用対策(依存対策)を強化することが求められます。

■薬物汚染を食い止める「ワクチン」

——教育が「ワクチン」であり、薬物汚染の防波堤になるということですか。

元厚労省麻薬取締官の瀬戸晴海氏
元関東信越厚生局麻薬取締部部長の瀬戸晴海氏(写真撮影=渡邉茂樹)

そうです。まずは一次予防、薬物を乱用させないための予防教育です。従来学生や若者を対象に、積極的に進められてきましたが、今後は、これをさらに強化する。企業や行政機関、民間団体をその対象としても進めて行く。企業等にとっては、自社のリスク管理にもつながります。年齢、立場、理解力に応じて、より踏み込んだ指導が必要でしょう。

同時に二次予防、再乱用の防止(依存対策)を強化する必要がある。特に覚醒剤事犯は再犯(再乱用)率が高い。60%を超えています。再犯をなくさなければ、覚醒剤犯罪は永遠になくなりません。

2016年に国は「再犯防止推進法」を制定しました。それを受けて「再犯防止推進計画」が閣議決定されて、各自治体も同様の計画を策定して取り組みを一層強化しています。

「マトリ」等の取締機関、矯正機関、行政機関、医療機関、そして民間団体が連携する仕組みが作られています。この取り組みは積極的に進められていますが、これが社会全体に伝わっていないというもどかしさを感じます。再乱用防止は、治療に加え、就労支援も必要となります。いわば地域社会全体の問題となるのです。この点をマスコミの皆さんには是非、世の中に伝えてほしいと願っています。

薬物乱用は、交通事故や傷害などの二次犯罪を誘発することがよくあります。悲惨な事件につながることも珍しくはありません。薬物が原因となる犯罪の加害者と被害者を生まない。そのためにも予防啓発と再乱用防止を強化することは絶対に必要です。

■「あの芸能人が薬物で逮捕」と大騒ぎするマスコミ

——メディアが薬物問題に注目するのは、芸能人が逮捕された時くらいでしょうか。

報道カメラが並ぶ
※写真はイメージです(写真=iStock.com/KreangchaiRungfamai)

確かに著名人逮捕の時は、マスコミが大騒ぎして取材が連続します。中には、「関係する芸能人はいるのか?」「次は逮捕されるのは誰か?」などとかしつこく尋ねてくる記者もいます。

芸能人が逮捕されたというニュースで、多くの人が薬物問題を意識しますが、かといって現実には何も変わりません。

視聴者がワイドショーなどの情報に流され、クローズアップされた有名人個人や私生活に目が行くだけです。そうした番組の事情も理解できますが、ここでこそ薬物問題の本質を発信していただきたい。その良い機会だと思うのですが。

一例を挙げますが、麻薬取締法違反で逮捕された女優の沢尻エリカさんは、コカイン、大麻、合成麻薬MDMAやLSDを使ったと供述とされていますね。これは全部、危険性の高い薬物です。ここから、多剤化が進んでいることがうかがい知れます。多剤乱用の危険性、そして、簡単に薬物が手に入る現状があります。

こういった実態があるということを番組でも伝えてほしい。私から言わせてもらえば、芸能人は薬物を手に入れづらい。有名だから、生活環境も非常に窮屈で、どこに行っても目立ちますからね。それでも手に入るのです。つまり、それだけ薬物が入手しやすい環境が生まれていることになります。それを知ってもらいたい。

■薬物問題はメディアの後押しが欠かせない

——これでは「終息」の道筋が見えてきません。

先ほど述べた「危険ドラッグ」販売店の壊滅には、メディアがわれわれを後押ししていました。

当時は、毎日、朝からずっとニュースでこの問題を取り上げていましたね。自動車の暴走など、事故の映像が繰り返し流されました。すると、国民の意識が変わってきまして、機運が高まったのです。結果として、これが全国に及んだ販売店の壊滅につながりました。

薬物問題というのは、皆さんが理解をしてくれたら少しずつ変わっていくのですね。ですから、多くのメディアに薬物問題を取り上げてほしい。深く掘り下げて、本質的な情報発信をしていただきたい。

『マトリ』の本にたくさんの付箋を貼って、私に会いに来た若い記者もいました。「一生懸命勉強して特集記事を書くんだ」と言って、意気込んでいました。一時的ではなく継続して取り組んで、発信し続けてほしい。私が力になれることがあれば、応援したいと思いますね。

■何度も転びながら駆け抜けた40年

——瀬戸さんは、約40年、「マトリ」を続けられてきた原動力は何だったのですか。

瀬戸 晴海『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)
瀬戸 晴海『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)

最初は憧れから入りました。若い頃、海外の映画を観て、捜査官に憧れて……。そういった中で、やっぱり1つの犯罪組織を壊滅するために追いかける。「シャブ屋の骨までしゃぶる」というような意識に似ていて。それに対してものすごい野心が出てきたのです。

国内外を問わず、これまでに相当数の事件に関わりました。ところが、記憶に鮮明に残っているのは、不思議と悲惨な事件ばかりなのです。憤りを覚えるような事件に接すれば接するほど、だんだんと本気度が高まっていきましたね。そうした思いが積み重なっていきました。きれいな言葉で言えば、自分の「使命」になっていったということなのです。

だから、手間のかかる厳しい事件であっても「じゃ、俺たちがやろうか」という熱い気持ちになっていく。そして、すべてを注いでしまう。ですから、「仕事」という認識はあまりありませんでした。2018年3月に、麻薬取締部を退職した時に「あれ、もう終わってしまったのか」と感じました。短距離走を何度も転びながら駆け抜けたような印象なのです。

■「まだ、世の中の役に立ちたい」

——今後、何に取り組んでいきますか。

まだ、世の中の役に立ちたいというのが正直な気持ちです。身体がもつ限り薬物問題に携わっていくのが務めではないかと。これまでのネットワークや経験を生かし、国内外の薬物事象や諸問題を幅広く収集・分析して、分かりやすく発信していけたらと思っています。

「SNSなどを通じて広がっている子どもの薬物問題」「海外展開する企業向けの注意点」「最近の薬物のトレンド」など広く伝えていきたい。今度は、民間だからこそ、多くのことができると思っています。

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瀬戸 晴海(せと・はるうみ)
元関東信越厚生局麻薬取締部部長
1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業。1980年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。薬物犯罪捜査の第一線で活躍し、九州部長等を歴任。2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。2018年3月に退官。2013年、2015年に人事院総裁賞受賞。

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(元関東信越厚生局麻薬取締部部長 瀬戸 晴海)

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