1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「地元のウイスキー蒸留所」が日本全国で観光資源になる日

プレジデントオンライン / 2020年4月19日 15時15分

スコットランドの人気観光地の一つとなっているグレンフィディック蒸留所 - 写真=iStock.com/lucentius

日本全国に広がりつつある、小規模のクラフトウイスキー蒸留所。ウイスキー評論家の土屋守氏は「イギリスではウイスキー蒸留所が地方の観光資源として機能し、他の地元産業にも好影響を及ぼしている。日本でも今後の地域活性化の起爆剤になる」という――。

※本稿は、土屋守『ビジネス教養としてのウイスキー なぜ今、高級ウイスキーが2億円で売れるのか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■年間200万人が訪れるスコットランドの蒸溜所

近年、ワイナリーやぶどう畑を訪れ、その土地の自然や文化、歴史、食に触れる「ワインツーリズム」が世界的にも流行していますが、「ウイスキーツーリズム」が今、地域経済活性化の起爆剤の一つとして注目されています。

たとえばスコットランドでは、大手、クラフトを含めて大半の蒸留所がビジターセンターを有しています。カフェやレストランを併設しているところも少なくありません。無料もしくは有料のツアーが定期的に行われ、蒸留所内の見学やテイスティングを楽しめるようになっています。見学コースには英語のほか、ドイツ語、イタリア語、フランス語、スペイン語、中国語、日本語などで書かれた説明パネルが設置され、世界各地から見学客が訪れていることがうかがえます。

スコットランドのスコッチウイスキー・アソシエーション(SWA)のホームページで、こんな興味深いデータを見つけました。

・およそ1万人がスコッチ産業で雇用され、イギリス全体では4万人以上の雇用を生み出している
・スコットランドのウイスキー蒸留所を訪れる観光客は年間200万人に上り、蒸留所はスコットランド国立博物館とエディンバラ城に次いで3番目に人気のある観光名所となっている(2018年時点)

ウイスキーは地域経済のみならず、スコットランド、ひいてはイギリスの経済の振興に大きな役割を果たしているのです。

■日本でもはじまる「ウイスキーツーリズム」

日本でもウイスキーツーリズムが少しずつはじまっています。

2016年に蒸留をスタートした厚岸(あっけし)蒸溜所(北海道厚岸郡厚岸町)は基本的に見学を受けつけていませんが、地元の道の駅「厚岸グルメパーク コンキリエ」が主催するツアーに申し込めば見学が可能です。ツアーでは厚岸蒸溜所の原酒を試飲しながら、厚岸名産の牡蠣(かき)も味わえます。

地元の厚岸蒸溜所への期待はかなり大きく、2017年に厚岸町でウイスキー検定を実施した折には、町を挙げて協力してくれました。町役場の方が試験監督を引き受けてくださり、受験者のなかには地元の信用金庫の管理職の方々の姿も。受験の理由を尋ねると、「これからの地域経済活性化のカギはウイスキーだと思うんです」とおっしゃっていました。

さらに、地元で原料となる大麦を栽培したり、町内の道有林に生えている樹齢200年を超すミズナラで樽をつくったりと、地域と蒸留所が二人三脚でウイスキーをつくっています。厚岸蒸溜所を核として厚岸の町を盛り上げよう。そんな意気込みがひしひしと感じられます。厚岸蒸溜所は、海外のウイスキーファンも注目するクラフト蒸留所です。2020年2月には、3年超熟成のシングルモルトウイスキー「厚岸ウイスキー サロルンカムイ」が販売となり、注目度は高まるばかり。今後はインバウンド需要も拡大するでしょう。

■「見せる」ことを考えて作られた蒸留所

見学を前提として建設された蒸留所もあります。

その好例が2017年にオープンしたガイアフローの静岡蒸溜所(静岡県静岡市葵(あおい)区)です。静岡蒸溜所では、麦芽の搬入からその貯蔵、粉砕から糖化、発酵、蒸留に至るまで、製造工程に沿って順路が設定され、見学者が間近に見ることができるようになっています。

今でこそ多くの蒸留所が見学を受けつけていますが、ガイアフローの蒸留所のように最初から製造工程のすべてを間近で見せると決め、そのための設計がなされているのはかなり珍しいでしょう。特にクラフト蒸留所は、限られた資本のなか、少ない人手でウイスキーをつくっています。見学客を受け入れれば、それに対応する人員を増やさなくてはいけません。ガイド役の教育や説明パネルの設置など、手間とコストもかかります。「事業が軌道に乗るまではウイスキーづくりに専念したい」との理由から、一般公開をしない蒸留所も少なくないのです。

■「ウイスキーの素晴らしさを知ってほしい」

ガイアフローの創業者である中村大航さんは、もとは祖父が興した精密部品製造会社の代表を務めていました。ところが、ウイスキー好きが高じてウイスキーを輸入するインポーターに転身。その後、静岡蒸溜所を開設したという異色の経歴の持ち主です。中村さんは見学を前提として設計した理由について、「いちウイスキーファンとして多くの蒸留所を見学し、ウイスキーの世界に触れてきました。だからこそ、自分たちの蒸留所も多くの人に見ていただきたいし、その体験を通じてウイスキーの素晴らしさを知ってほしいんです」と語ります。

■ウイスキー蒸留所の魅力は「多様性」

「ウイスキーの蒸留所を見て、一体、何が面白いの?」

ウイスキー蒸留所を一度も訪れたことがない人は、不思議に思われるかもしれません。では、ウイスキー蒸留所の魅力とは何か。人によってさまざまな答えがあると思いますが、私は「多様性」こそが最大の魅力ではないかと考えています。

私は新潟県佐渡島の出身です。新潟県は酒蔵の数が日本一。現在、89の酒蔵があり、日本酒消費量も日本一を毎年競っています。新潟清酒名誉大使に任命いただいているご縁もあり、何度も酒蔵見学をさせていただいていますが、酒づくりの工程や設備は、どこもそれほど変わらないという印象を受けました。もちろん、規模の大小はありますし、古い酒蔵にはなんとも言えない趣おもむきがあります。

ただ、日本酒の製造工程の要(かなめ)とも言える麹室(こうじむろ)は、麹菌を成長・増殖させる非常にデリケートなエリアなので、取材などの特別な場合を除いて基本的に見学ができません。また、仕込みの時期は11月から3月に集中していて、それ以外の期間は、見学できたとしても設備を見るだけとなります。

対してウイスキーは、ひいき目もあることを承知のうえで言えば、蒸留所の設備も製法もとても多彩です。原料の穀物を発酵させる発酵槽一つとっても、ステンレス製もあれば木製もあり、木製はさらにオレゴンパイン材やミズナラ材があります。

■蒸留器も熟成庫も見応えたっぷり

特にバラエティに富んでいるのが蒸留器です。

形状は団子を二つ重ねたようなバルジ型に、胴体部分にふくらみがないストレート型、胴体からネックにかけてふくらみがあるランタン型に大別されますが、大きさやシルエット、蒸留器と冷却器をつなぐラインアームの角度の違いを加えれば、まさに無限のバリエーションがあります。さらに、蒸留所ごと、さらには一基ごとに色合いが異なります。これは経年変化する銅製ならではです。近年はジンもつくる蒸留所が増えているため、ジン用の蒸留器も加わって実験室さながらの様子を呈しているところもあります。

土屋守『ビジネス教養としてのウイスキー なぜ今、高級ウイスキーが2億円で売れるのか』(KADOKAWA)
土屋守『ビジネス教養としてのウイスキー なぜ今、高級ウイスキーが2億円で売れるのか』(KADOKAWA)

ウイスキーの原酒が眠る熟成庫も見どころ満載です。樽に細かな規制がありオーク樽以外は使えないスコットランドと違い、日本であれば、桜や栗、杉などの樽を見かけることもあります。樽の鏡(両サイドの円形の板)の刻印を見ながら、「これはアメリカでバーボンの熟成に使われた樽だ」「こっちはスペインのシェリーが詰められていた」と、樽の履歴に思いを馳せるのも楽しいものです。薄暗く、ひんやりとした熟成庫に漂う木とウイスキーの香り。樽の森のなかに入り込むと不思議と心が静まります。

穀物の糖化、発酵、蒸留、熟成と、酒づくりに必要な工程をひととおり見ることができるのも、ウイスキーの蒸留所見学の魅力と言えるでしょう。通年、稼働させている蒸留所が多く、見学の時期を選ばない点も観光向きです。

■47都道府県すべてに蒸留所がある未来

すでにお話ししたように、スコットランドでは、スコットランド国立博物館とエディンバラ城に次いで、スコッチウイスキーの蒸留所が人気の観光名所となっています。日本でもやがて、ウイスキー蒸留所が人気の観光名所となるかもしれません。

また、ウイスキー蒸留所は、農業や林業といった地元産業にも大きく貢献します。ウイスキーの原料は穀物です。発酵槽や熟成樽には木材が使われます。ウイスキー産業は農業および林業との親和性が非常に高いのです。実際、地元の農家さんに依頼して大麦を栽培してもらったり、地元の木材で発酵槽や熟成樽をつくったりという試みが、いくつかの蒸留所で行われています。

現在のペースでいけば、47都道府県にウイスキー蒸留所が必ず一つはある、そんな日が来る可能性は大いにあります。そうなったとき、日本がさらに活気づいていくことは間違いないでしょう。それも地方を活性化し、地方から発信する経済効果です。

----------

土屋 守(つちや・まもる)
ウイスキー評論家、ウイスキー文化研究所代表
1954年、新潟県佐渡生まれ。学習院大学文学部国文学科卒。フォトジャーナリスト、新潮社『FOCUS』編集部などを経て、1987年に渡英。1988年から4年間、日本語月刊情報誌『ジャーニー』の編集長を務める。取材で行ったスコットランドで初めてスコッチのシングルモルトと出会い、スコッチにのめり込む。現在は『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長を務める。1998年、ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人として選ばれる。主な著書に、『シングルモルトウィスキー大全』(小学館)、『竹鶴政孝とウイスキー』(東京書籍)ほか多数。

----------

(ウイスキー評論家、ウイスキー文化研究所代表 土屋 守)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください