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コロナ世代の子供たちが負う「2カ月休校で生涯賃金300万円減」の枷

プレジデントオンライン / 2020年4月22日 15時15分

出所:IMF, World Economic Outlook, April 2020.

新型コロナウイルスの封じ込め策が、社会・経済に重大な影響を与えつつある。経済学者の戸堂康之氏は「たとえば2カ月休校で子供の将来の所得は1.5%程度下がる。政府は感染拡大防止だけではなく、もっと広く長期的な社会・経済への影響についても目配りしてほしい」という——。

■コロナ感染を防ぐために国民総所得は1人23万円減少

新型コロナウイルスの感染拡大防止による経済的な影響は甚大である。外出自粛要請にともない休業を自主的に決める企業も多く、事業継続中の企業でも出勤が規制されて生産が滞っている。

最近発表されたIMFの予想では、2020年の日本のGDP(国内総生産)成長率はマイナス5.2%となっている。つまり2019年にくらべて国民の総所得が29兆円、1人当たりでは23万円減少することになる。コロナの影響は長引くことも予想されており、2021年にも引き続きマイナス成長となる可能性も十分ある。

ここまで経済を大幅に縮小させてでも強い規制をかけるのは、感染を防ぎ、命を守るためには当然のことのように思われる。命さえ守れば経済はいつでも取り戻せるという話もよく耳にする。しかし、経済はさまざまなルートで命に直結している。

■中小企業1社が倒産で自殺者は40人増

まず、失業や企業の倒産によって自殺者が増える。日本の自殺者数は1997年の2万4391人から1998年には8000人以上増えて3万2863人となり、その後2013年までの16年間にわたって年間3万人以上で高止まりした。特に、中高年男性の増加が顕著だった。

これは、1997年11月に北海道拓殖銀行や山一證券などの金融機関が経営破綻を起こし、日本が金融危機に見舞われたことに由来する。企業の資金繰りが悪化した結果、企業の倒産は1996年の1万4834件から97年には1万6464件、98年には1万8988件と増えた。失業率は1997年の3.4%から1998年には4.1%に急上昇し、2002年には5.4%にまでなった。

自殺者数の推移
厚労省「令和元年中における自殺の状況」

あるデータ分析によると、失業や倒産と自殺との間には因果関係がある。日本では失業率が1%上昇することで、男性の自殺者数が約2200人増えると推計されているのだ。中小企業が1社倒産することでは自殺者は46人増える。

つまり、もしコロナの影響で1997年の金融危機の時並みに失業率が2%増えたら、自殺者が4000人以上増えることになる。

Googleのデータを利用して行われた最新の分析によると、確かにコロナショック後に人の移動が減った地域では倒産が増えている。そして、東京商工リサーチの最近の調査によると、コロナ関連で54社が倒産したという(4月13日現在)。前述の推計に基づけば、この倒産で自殺者が2000人以上増えることになる。

■大地震も超大型台風も待ってはくれない

このように、経済が命に及ぼす影響は決して小さなものではない。場合によっては、コロナが直接奪う命よりもはるかに多い可能性すらあるのだ。

また、そもそも所得が多い人ほど長生きする。アメリカでは上位20%の高所得者は下位20%の低所得者よりも平均寿命が2年余り長い。所得が多いと、ストレスが小さく、よりよい医療を受けられるからだ。それを踏まえると、コロナを生き延びたとしても、経済規制で失業して所得が減れば、本来の寿命を全うできない人もたくさん出てくるはずだ。

さらに長い目で見れば、コロナ後にもさまざまな災害が予見されている。南海トラフ地震や超大型台風などの自然災害はコロナで人類が苦しんでいるからといって忖度(そんたく)してくれるわけではなく、「今そこにある危機」そのものだ。

その被害を抑えるためには強靭(きょうじん)なインフラや防災対策が必要で、それには予算が不可欠だ。しかし、コロナで経済が縮小し、公的な補助金や助成金のための支出が激増すれば、財政赤字を抱える日本は今後災害対策に十分な予算を回せなくなってしまう。

適切に災害対策に予算を使えば、人命が救われることははっきりしている。例えば岩手県大船渡市の越喜来小学校では、ある市議の度重なる要望で2010年に約400万円の予算で避難通路が造られた。翌年東日本大震災で津波が来た時に児童たちはその通路を通って避難し、被害者は出なかったという。

■1カ月の東京完全ロックダウンで28兆円分が吹き飛ぶ

このように、コロナ対策による経済の縮小は人命に直結する。だからこそコロナ対策と経済をバランスさせ、コロナ感染拡大を抑えながらもできる限り経済を回していくことが必要だ。

特に、緊急事態宣言を全都道府県に対して発令することで、全国の経済が崩壊してしまわないようにしなければならない。

筆者と兵庫県立大学の井上寛康は、東京の完全ロックダウン、つまり生活必需産業以外の生産が完全停止される経済的影響を試算した。東京だけがロックダウンしても、その影響はサプライチェーンの途絶を通じて全国に波及し、1カ月で28兆円分の付加価値生産額(GDPの5.2%)の減少となると推計された。

東京完全ロックダウンの経済的影響

緊急事態宣言に基づく規制では、限られた業種の休業が指示できるのみで、政府や自治体が生活必需産業以外の生産を停止させる権限は持たない。しかし、日本は「空気を読む」社会であり、生産を停止するのが規範となれば、企業が自主的に生産を停止することは十分にありうる。

実際、現場作業員がコロナで亡くなった清水建設は、自主的に緊急事態宣言地域での作業をすべて停止した。

■在宅勤務で生産性は50%ダウン?

そもそも、対象地域では人との接触を8割減らし出勤を7割減らすことが要請されているが、この要請通りにするならば、生活必需産業以外の企業はほとんど休止しなければならないことになる。

もし全国に対する緊急事態宣言が各地の完全ロックダウン、もしくはそれに近い状態を引き起こせば、その経済的影響は数十兆では済まないだろう。全国に緊急事態宣言が出されたとはいえ、各都道府県は感染を抑えながらもできるだけ経済活動を維持する工夫をしていかなければならない。

まずは、オンラインを利用したテレワーク(在宅勤務)を進めていくことが必要だ。そのためには、政府・自治体はテレワークのための設備投資や情報提供に対して手厚い支援をしていくべきだ。

すでに経済産業省は、中小企業に対してテレワーク導入の設備投資に要する費用の3分の2を補助する「IT導入補助金」を実施している。総務省は、テレワークの専門家が無料でアドバイスする「テレワークマネージャー派遣事業」を行っている。これらの支援策を中小企業に周知して、必要ならば予算を拡大することが望まれる。

ただし、オンラインが顔をつき合わせたコミュニケーションを完全に代替できるわけではない。

最近の調査によると、コロナ対策の在宅勤務で管理・事務部門の主観的生産性は約半分に減少している。回答者の多くは、顔をつき合わせたコミュニケーションによる効率的な情報交換ができなくなることをデメリットとして挙げている。

また、そもそもテレワークが不可能な業種や職種も多い。工場や飲食店での業務がそうだ。さらには、スーパーや運輸業など生活のために絶対に必要な業種も含まれる。

■おおざっぱすぎる「接触減8割、出勤減7割」の掛け声

こうした実態に即して、政府はある程度は事業所での勤務を容認するべきだ。そのためには、おおざっぱに8割の接触減、7割の出勤減を要請するのではなく、どのような接触は減らすべきで、どのような接触は許容されるのか、きめ細かに指針を出すことが必要だ

オフィスや工場、飲食店等でどの程度の密度でどのような予防をすれば、仕事を続けてもいいのか。例えば、出入りの際の検温や消毒を行い、人と人とが十分に距離を保った上で、適切な換気設備が備えられているならば、事業所での活動は容認されるのか。

そのような指針があれば、経済への影響を最低限にとどめることができるはずだ。今のように何も指針がなければ、各企業の判断で3密の事業所であっても活動しているような実態がある。きちんとした指針があれば、そうした状況も改善できるはずだ。そして職場環境の整備に対して、政府・自治体が十分な資金的な支援をすることも求められる。

このような設備投資には、経産省の「ものづくり補助金」が受けられるはずだ。しかしこの補助金は、「新型コロナウイルスの影響を乗り越えるために前向きな投資を行う事業者」を対象にするとあるものの、必ずしも消毒や換気のための設備、作業者の距離を広げるためのラインの改編などは対象として明記されていない。これらの設備投資も対象としたフレキシブルな対応が望まれる。

いずれにせよ、経済活動を継続するためのこれらの支援、言ってみれば「攻めの支援」を拡大することが必須だ。国民に対する一律10万円給付や事業者に対する休業補償のような「守りの支援」も、この厳しい状況をとりあえずしのぐのには役に立つだろう。

しかし、10万円ではコロナが収まるまではしのげない。国民が長期にわたって持続的に生活できるようにするためには、少しでも経済を回していくことが必要で、そのための攻めの支援も惜しんではいけないのだ。

■2カ月の休校で生涯賃金は300万円ダウン

次に、教育への影響も無視できない。多くの小中高校では3月2日から休校となっている。地域によってはすでに開校しているところもあるが、緊急事態宣言が出された地域では、少なくとも5月6日までは休校が続く。大学でも4月の新学期開始を5月以降に遅らせているところがほとんどだ。

休校が長引けば、児童・生徒の能力形成が阻害され、生涯にわたって現在の子供たちを苦しめることになる。なぜなら、教育によって所得が上昇することは明らかだからだ。

例えば、慶應大学の中室牧子らの研究では、教育を1年受けることでその人の賃金は生涯にわたって平均的に9.3%上昇することがわかっている。単純に計算すれば、2カ月休校することで、現在の生徒・児童の将来の所得は1.5%程度下がってしまうことになる。生涯所得を2億円とすると、これは約300万円の損失に相当し、決して少ない額ではない。

■休校で失われた学習機会は一生取り戻せない

休校していた間の学習量は、コロナ感染が収まってから取り返せばよいという議論もあろう。しかし、取り返せるとは限らない。

ノーベル経済学賞受賞のジェームズ・ヘックマンによれば、忍耐力、やる気、自信、協調性などに関わる能力、いわゆる「非認知能力」こそが収入や社会生活の豊かさに結びついている。しかも非認知能力は5歳までの幼児教育によって大幅に向上するが、その後の伸びは鈍い。アメリカの作家ロバート・フルガムが『人生に必要な知恵は全て幼稚園の砂場で学んだ』(河出文庫)と言ったのは、全くもって正しいのだ。

しかし今、幼稚園や保育園は休園し、公園で遊ぶことも自粛を求められている。だから今の幼児は、「砂場」で友だちや大人から学べるはずの貴重な非認知能力を習得できないでいる。コロナ後の世界でその遅れすべてを取り戻せるわけではない。

■日本の子供たちが既に被っている不利益

子供の教育格差が拡大する可能性も大きい。学校、特に私立校によってはオンラインで授業を行っている。生徒・児童によってはオンライン塾や家庭教師のサービスを受けている。私立校やオンライン塾に通える経済的余裕があるかどうかで受験の結果に差が出てくれば、コロナショックによる格差は生涯にわたって続くことになる。

教育の現場においても、少なくともオンラインでは授業を継続すべきだ。むろん、コンピュータやタブレットなどインターネット端末を持っていない児童・生徒がいるという問題はある。しかし、そのような子供には学校のコンピュータを使わせるなど、やろうと思えば解決策はいくらでもある。

また、多くの子供がオンラインで授業を受ければ、インターネット回線が混雑することも懸念されている。しかし、毎回リアルタイムの授業をオンラインで行う必要はなく、よい教材と課題を活用すればリアルタイム授業の配信は最小限でよく、回線への負担は抑えられる。

筆者の知る限りでは、コロナショックで公立の学校でオンライン授業を積極的にやっていない先進国は日本だけだ。途上国であってもオンライン授業をやっている学校も数多い。日本の子供たちだけが生涯にわたる不利益を被らぬよう、政府・自治体は全国の学校に対してオンライン授業が実施できるよう本気で支援をしてもらいたい。

ただし、やはりオンライン授業にも限界がある。直近のアメリカでの調査によると、オンラインの授業を受けた学生は、対面式にくらべて50%が「悪くなった」、13%が「やや悪くなった」と回答している。

だから、対面式の授業をできるだけ早期に再開する必要もある。子供には「砂場」が必要なのだ。そのためには、事業所に対する指針と同じく、どのような予防策を講じれば対面式の授業を再開できるのかについて政府が研究をして、詳しい指針を出すべきだ。

■コロナの副作用で亡くなる命もある

ここまで見てきたように、コロナウイルス封じ込め対策は経済や教育を通じて、人の命に対しても、子供のこれからの人生に対しても、大きな副作用がある。毎日大々的に報道される感染者数と違い、これらの副作用ははっきりとは目に見えないがために軽視されがちだ。しかし、本来はコロナで亡くなる命も、副作用で亡くなる命も、奪われてしまう子供の人生も同じように尊いはずだ。

そもそも、2月25日に政府の新型コロナウイルス感染症対策本部が決定した「基本方針」でも、対策の目的として「社会・経済へのインパクトを最小限にとどめる」ことが明記されている。政府には感染拡大防止だけに目を向けず、もっと広く長期的な社会・経済への影響について俯瞰的な目配りも忘れないでほしい。

このような主張をすると、命を守ることが先決だといわれることは百も承知だが、経済や教育における「取り返しのつかない」損失はまさに命や人生に直結する問題なのである。

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戸堂 康之(とどう・やすゆき)
早稲田大学政治経済学術院 教授
東京大学教養学部卒業、スタンフォード大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授・専攻長などを経て現職。著書に『途上国化する日本』(日経プレミアシリーズ)、『日本経済の底力』(中公新書)など。

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(早稲田大学政治経済学術院 教授 戸堂 康之)

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