1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

アップルの広告担当者が「真っ白な画鋲」を特注した理由

プレジデントオンライン / 2020年5月6日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wakila

アップル製品の成功には、広告も大きな役割を果たした。アップルジャパンでマーケティングコミュニケーションを担った河南順一氏は「ジョブズの戦略は『フォーカス&インパクト』。広告でも、見る人に衝撃を与えることが最優先された。そのために、日本の駅で白紙の広告を出したこともある」と説く――。

※本稿は、河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「量より質」だったアップルの広告戦略

スティーブ・ジョブズの戦略は一貫していました。それは「フォーカス&インパクト」。何事においてもインパクトを最大化することを考えます。そこから逆算して、やるべきことを絞り込む──これこそ「ディスラプターの思考法」です。

アップルがインパクトを最大化する手立ての1つは、年に数回開催されるマックワールドでの基調講演でしたが、「フォーカス&インパクト」という戦略は広告の出稿でも徹底されていました。出稿量や視聴者・読者へのリーチといった「量」を最大化するのではなく、存在感と衝撃といった「質」を最大化することが最優先されたのです。

たとえばテレビ。通常、広告代理店は広告出稿のGRP(広告露出の単位)を最適にするメディアプランをクライアントに提案しますが、アップルではパッケージに組み込まれた番組や時間帯の中で、インパクトの最大化につながらないものは徹底的に排除しました。単純に視聴率の高い番組や時間帯に絞って露出を増やすわけではありません。

■同時刻に全チャンネルでCMを放映

具体的には、「同時刻に全チャンネルでアップルの広告が放映される」といった、それまでに実施されたことのない手法をとって、視聴者の視聴時のブランドエクスペリエンスのインパクトを最大化することに焦点を絞ったのです。

雑誌広告も同じです。発行部数は少なくても感性の尖った雑誌を中心に、センターにインサート(別刷りの折込み広告)を綴じ込むことを第一優先とし、次いで表まわり(表紙裏・裏表紙・裏表紙の内側)に出稿することを標準としました。

■CMを打つ番組を決めるのにデータは用いない

では、視聴率や発行部数などの数値に優先する基準とは何か。それは媒体のエッジ(尖り・キレ)と感性です。アップルのブランドイメージと洗練されたテイストが、広告を掲載する空間に、どれだけのインパクトとエッジと感性を創出するか、それをケミストリー(相性)で測るのです。アメリカでテレビ広告を出稿する番組の選定を例にとるとわかりやすいでしょう。

河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)
河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)

候補として挙がった番組を一つ一つ、アップルと広告代理店シャイアット・デイの担当者が一堂に会して評価します。会議のモデレータ(進行役)が出稿する番組名を読み上げ、この番組に出稿すべきかを問うと、参加者はそれぞれ出稿すべき番組には手を挙げ、出稿すべきでない番組には親指を下に向けてその意思を表明します。雰囲気的には会議というよりも、正解を当てるのを競って歓声や笑いで盛り上がるクイズゲームです。

その場で、判断材料となる番組の視聴率が提示されたり、視聴者の属性やデモグラフィが分析されたりすることはありません。感性とケミストリーによる投票ですべてが決定されるのです。この会議に広告代理店TBWAジャパンのプランナーとして参加した月野木麻里氏(現・東急エージェンシー執行役員)は、データが一切提示されないことに驚愕しました。日本ではありえないことだからです。

会議の参加者は、アップルが目指す方向性やブランド、そして訴求したいメッセージとそれを受け止めるユーザについてほかの誰よりもわかっているため、データに頼る必要はないのです。むしろ、データを見ることで感性が乱れることを嫌います。

■前代未聞の白紙広告を掲出した理由

アップルの広告においてインパクトを最大化する手法は、徹底的にシンプルさを追求することにありました。シンプルにすることは、単に物事を簡略化することではありません。むしろそれを突き詰める過程で精巧な技巧をこらす必要があるため、工程は増え、複雑になります。

それを象徴する出来事があります。日本で鉄道沿線の広告を展開したときのことです。駅に広告を掲出する際、広告枠は沿線単位となり、対象となる駅すべてに広告を出すのが一般的です。しかし、アップルは自社のイメージにそぐわない駅には広告を掲出しませんでした。掲出量を減らしたところで出稿費は変わりません。広告代理店からは「さすがにそれはもったいない」と反対されましたが、アップルのブランドイメージにつながらない駅への掲出は控えたのです。

沿線でおさえているので、媒体主は他社の広告を出すわけにはいきません。そこで、広告を掲載しない駅には、わざわざ無地のクリエイティブ、つまり、画像もコピーもない白紙を貼り付けることにしました。前代未聞の「白紙広告」です。

■画鋲のひとつにさえこだわって特注

ただ、「白紙広告」もそのまま貼ると問題がありました。白紙を留めるのに使われる画鋲が、色が違うため目立ったことです。(アップルのロゴや社名が白紙に刷られるわけでもありませんが)広告担当者は感性を乱す画鋲を放っておくことはできず、真っ白な画鋲を特注して妥協なき白い空間を作り上げたのです。

インパクトを最大化するためには、オブセッションを極めることが必要です。従来の枠組みや慣習の延長線上に目標を達成するためのアイデアや施策を積み上げていくアプローチでは、そのインパクトの大きさは予想の範囲に収まります。

妄想で描く究極の「あるべき姿」を突き詰めるときに、衝撃を最大化するアイデアが生まれます。現状とのギャップが大きいほど、イノベーションが生まれる可能性も大きくなります。

■読売新聞15段一面5日連続広告展開という挑戦

新聞広告でも「フォーカス&インパクト」がアップルの存在を際立たせました。

1999年、プロユーザ向けのタワー型マシンPowerMac G3の発売に際して、アップルは当時1000万部の発行部数を持つ「読売新聞」の15段一面に5日間連続で広告を展開しました。一面広告はよくある話ですが、15段一面5日間連続はおそらく新聞広告史上、はじめてのことだったと思います。

アメリカの全国紙は「ウォール・ストリート・ジャーナル」と「USAトゥデイ」くらいで、ほかはローカル紙。印刷の質も低いので、当時のアップルにとって新聞広告を打つこと自体が異例のことでした。しかし、日本は事情が違います。日本の全国紙は世界的に見ても発行部数が非常に多く、高い印刷技術を持っています。

そこでアップル日本法人の原田泳幸社長に、日本の新聞の特性とインパクトをスティーブに説明して説得してもらい、日本では新聞も広告媒体として使うことの承認を取り付けました。なお、発売前日に掲出した初日はティザー(じらし)としてPowerMac G3の筐体のアップルロゴだけを掲出。2日目は筐体の正面。3日目は背面。4日目は横面。そして5日目はドアを開いて内面がのぞいた筐体の写真を掲載しました。

■組織でディスラプションを起こすメリット

この新聞のアイデアを思いついたのはTBWAジャパンの月野木麻里氏です。締め切りまで時間がなかったためにクリエイティブチームから相当責められたようですが、大きなインパクトを残せると信じてチームを鼓舞して制作を断行、日本で独自に開発したクリエイティブの掲載にこぎつけたのです。のちにこのチームは「朝日新聞」でもPowerMac G3の広告を制作して、1999年度の朝日新聞広告賞を受賞しています。

日本の新聞広告がインパクトを創出する成果をあげたことで、日本の事例はWWマーコム(マーケティング)のベストプラクティスとして採用され、その後ドイツなどほかの国でも新聞広告が展開されることになりました。

企業にあってどうインパクトを最大化するか。これは永遠の課題ですが、組織にあってはその会社のリソース(人・物・金といった資源)を活用する以上、それらを最大限活用できる領域で活動することになります。

リスクがあっても、失敗をしても、全責任を負わされることは(経営トップでなければ)ありません。妥協するとか上司におもねるということではなく、どういう環境にあったとしても、自分の領域でオブセッションを発揮し、ディスラプションを起こす。それが結果的にインパクトを最大化します。

----------

河南 順一(かわみなみ・じゅんいち)
同志社大学大学院ビジネス研究科 教授
マーコムシナジー源 代表取締役。同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学W.P. Carey School of Business MBA修了。日本マクドナルド、アップルジャパン、すかいらーく、サン・マイクロシステムズ、モービル石油等に勤務。アップルで“Think different”を掲げたブランド戦略の展開、マクドナルドでCEOコミュニケーションの一新を担うなど、ブランド再生や企業イメージの刷新に勤しんできた。

----------

(同志社大学大学院ビジネス研究科 教授 河南 順一)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください