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なぜ、毎日新聞の人生相談は、読むと涙を落してしまうのか

プレジデントオンライン / 2020年5月10日 11時15分

高橋源一郎『誰にも相談できません みんなのなやみ ぼくのこたえ』(毎日新聞出版)

■不覚にも涙を落とすことさえある

新聞の人生相談が好きなわけではない。その大半が各界著名人の余技みたいなもので、どうしても説教臭さが鼻につくからだ。しかし、日曜日の毎日新聞に掲載される、この著者のコーナーは必ず読む。相談者に常に寄り添う姿勢に襟を正し、居住まいを正して読む。ときに厳しく叱咤激励する一文に、思わず膝を打つ。不覚にも涙を落とすことさえあるのだ。

本書には、2015年4月から19年12月にかけて掲載された相談の中から、100本が抜粋されている。読み通すと、作家ならではの至言がふんだんに散りばめられていることに、あらためて気づかされる。

〈人間としてやらなければならない経験などないと思います。わたしたちはみんな「わたし」という、誰にもできない経験をしているのですから〉

〈「今はダメだけれど、次には」という人間が「次」に何かをきちんとなしとげた例をわたしは知りません。「今」から逃げる者は、「次」も逃げるのです〉

〈家族は永遠に続くものでも、何があっても守られるべきものでもないと思います。それに参加する者が、互いに誠実であるときだけ持続できるものです〉

〈わたしにとって子育ては、自分に愛する能力があると子どもたちに教えてもらったことです〉

■一篇の掌編小説を読み終えたような、静かな感動

数々の至言の背景には、この作家の平坦とはほど遠い実人生がある。著者が小学生の頃、生家の鉄工所は倒産。父親は〈浮気者でギャンブル依存症で嘘つきのどうしようもない人間〉で、長年〈父から筆舌に尽くし難い苦しみを受けてきた〉母親は、ある日〈決然と家を出て〉、たった1人で自由に生きた(晩年は森進一の追っかけに)。

心底父親が嫌いで、〈一刻も早く、家を出ることだけを考えていた〉著者は、大学1年のとき〈学生運動で逮捕され、拘置所生活を送る〉。大学を中退しても定職につけず、〈20代のほぼすべてを日雇いの肉体労働者として〉過ごす。作家になるのは30代。離婚4回、5回の結婚──。

贅肉をそぎ落とし、600字に凝縮した回答の鋭い切れ味に、一篇の掌編小説を読み終えたような静かな感動を味わうこともあるのだ。

卓抜な回答が、自分が何か相談を受けたときのヒントになるかといえば、それこそ無理な相談だろう。作家の言葉の豊かさ、奥深さは、凡人の及ぶところではない。

ただ一点、相談者に向き合う姿勢だけは、誰にも参考になるはずだ。

〈わたしに誇れる点があるとするなら、誰よりもきちんと、悩みを抱く人たちのことばに耳をかたむけようとしてきたことだと思います〉

毎日新聞の連載は今も続いている。

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松井 清人(まつい・きよんど)
文藝春秋前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。「諸君!」「週刊文春」、月刊誌「文藝春秋」編集長、第一編集局長などを経て2013年専務。14年社長、18年退任。

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(文藝春秋前社長 松井 清人)

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