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韓国人も驚いた「北朝鮮が舞台の韓流ドラマ」に日本人がハマるワケ

プレジデントオンライン / 2020年5月27日 15時15分

韓国人女性と北朝鮮人男性のロマンスを描く「愛の不時着」 - 画像=Netflixオリジナルシリーズ「愛の不時着」ワンシーンより引用

韓国ドラマ「愛の不時着」が大ヒットしている。「韓流」がここまで話題になるのは久々だ。これまでの作品とどこが違うのか。重要なポイントは「韓国人も知らなかった北朝鮮のリアルな暮らしぶりが描かれている」という点だという。ジャーナリストの中島恵さんが解説する――。

■韓国では「歴代1位」の高視聴率を記録

最悪といわれる日韓関係だが、なぜか今、日本で韓国ドラマ「愛の不時着」が大人気となっている。一般人だけではない。芸能人やプロスポーツ選手、アナウンサー、ジャーナリストなど、ファン層は従来の韓流ファンよりも幅広く、興味深いことに、その中には「初めて韓国ドラマを見た」という人々も少なからずいる。

このドラマは2019年12月~2020年2月まで韓国のケーブルテレビで放送され、ケーブルテレビとしては異例の高視聴率を叩き出し、歴代1位の快挙となったことで注目された。

ストーリーは、韓国の財閥令嬢がパラグライダーの事故で北朝鮮に不時着してしまい、そこでかくまってくれた北朝鮮のエリート将校と恋に落ちる……というもの。“あり得ない”設定ながら、ストーリー展開のおもしろさと、俳優陣の名演技にグイグイ引き込まれ、「ヒョンビンロス(主役の軍人を演じるのが韓国の人気俳優、ヒョンビンであることから)」「不時着沼」などという言葉もSNS上にあふれている。

日本では現在、動画配信サービス「Netflix」(ネットフリックス)でのみ視聴することができる。BSなどで放送されているわけではないので「全然知らない」という人もまだいると思うが、同配信サービスでは2月以降、3カ月以上もトップ10以内にランキングするなど、異例の人気ぶりとなっている。新型コロナウイルスの影響で巣ごもり生活をする人が多いという事情もあるとはいえ、久々に韓国ドラマが日本で人気を得ている理由は何なのか。探っていくと、意外にも「北朝鮮の日常生活に関心を示す人が多い」ということが分かった。

■「怖い人たちだと思っていたけど普通の人だ」

ツイッター上でこんなコメントを見かけた。

「北朝鮮の人って怖い人たちだとずっと思ってきたけれど、普通の人じゃん! ちょっと親しみを感じて、友だちになってみたいと思った」
「北朝鮮の第5中隊(軍人)の若者4人組がコミカルで笑える!」
「北朝鮮の人もやっぱり韓国ドラマを見ているんだ!(笑)」
「北の女性たちのファッションやお化粧がおもしろい」
「村の雰囲気とか人情とか、何だか自分が小さかったころを思い出して懐かしさを感じる」

もちろん、女性の視聴者の多くは、主役の2人の切ない恋愛や、主役のヒョンビンの軍服姿、愛する女性を守り抜く姿などに胸キュンする人が多い。だが、それだけでなく、視聴者の興味を引いているのは、ドラマの半分以上で舞台となっている謎の国、北朝鮮だ。村や家屋、人物について細部まで描かれているため、リアリティーを感じたり、引き込まれたりするという男性が多く、それが従来の韓国ドラマファン層とは違う人々を取り込んでいる一因のようだ。

■脱北者が制作に関わり、リアルな日常を描いている

それもそのはず、同ドラマの脚本には脱北者の意見が多く反映されている。北朝鮮出身の脱北者で、韓国でユーチューバーとして活動しているハン・ソンイ氏は韓国メディアのインタビューに対して「ディテールの描写がうまくて、脱北者の間でも、これまでの『北朝鮮実写化』の中で最高峰だと評価されている」と話す。制作にあたっては複数の脱北者へインタビューやアンケートを行ったといい、北の実態が見事に映像に生かされている。

例えば、主人公のセリ(演じるのはソン・イェジン)が迷い込んだのは平壌から離れた小さな寒村。テレビで見る首都・平壌の無機質な街並みとは違い、そこに暮らす人々の家は質素な平屋で、家庭内に家電製品は少ない。少し裕福な「大佐」の家には電気炊飯器があるが、それは「南町」という隠語で呼ばれる韓国の製品だ。村には共同の炊事場があり、女性たちはそこで井戸端会議をしながら手洗いで洗濯をする。悩みは夫の出世や子どものことなど、他愛ないものだ。

■停電に見舞われたり、韓国ドラマを熱心に見る人も

停電がしばしば起こるので、自転車をこいで発電したり、ロウソクをつけて食事をしたりしなければならない。だが、そこに悲壮感や見下した感じはなく、コミカルに描かれている。夜になれば、「宿泊検閲」と呼ばれる抜き打ちのチェックが行われる。脱北者の証言によると、「夜10時以降は外出できない決まり。誰かをこっそり泊めたりしたら処罰される」そうだが、そうした面も「北の厳しさ」という以上に「実際にそういうことがあるのか」と理解が深まるように描かれている。

おもしろいことに、軍人の中には韓国ドラマを熱心に見ている若者も登場する。これも脱北者によれば「見ていることが分かったら処罰の対象」となるらしいが、北の人々がドラマを通して韓国の暮らしに思いをはせ、よく観察していることが分かる。

俳優はもちろん韓国人だが、脱北者などの指導により「北朝鮮なまり」の言葉を見事に話している。韓国からきたセリが、時折、北朝鮮特有の単語の意味が分からず、戸惑ってしまうシーンもある。

■普段の報道からは見えない情報が得られる

その一方で、首都の平壌に行けば、豊かな生活を送る富裕層が台頭していることにも驚かされる。ドラマの中に出てくる富裕層の家は高級マンションで、家庭内には何でもある。スマートフォンを持ち、ホテルで優雅に食事をする人もいる。街にはタクシーも走っている。服装も生活レベルも、一見したところソウルとほとんど変わらないようだ。

いずれも、日本のニュース番組では見たことがない北朝鮮でのリアルな日常生活の風景だ。日本で報道される北朝鮮といえば、金正恩朝鮮労働党委員長の動向や米朝関係、核問題くらいしかない。日本をはじめ、欧米のメディアからは、北朝鮮にも喜怒哀楽がある生身の人々が生きていて、そこにはいい人もいれば悪い人もいる、というごく当たり前の姿は一切見えてこない。

北朝鮮についてはワンパターンの報道しかないことに、私たちの多くは疑問を感じないが、このドラマからは、そうしたメディアの報道からもれている、ささいだけれど大事な情報をたくさん得ることができる。

■「北を美化している」という批判もあったが…

かつて朝鮮人民軍保衛司令部に勤務し、2005年に脱北したクァク・ムンワン氏へのインタビュー記事によれば「北の生活をリアルに描いたところがあるとはいえ、ドラマの中には人権、核問題、金正恩委員長は出てこない」という。確かにその通りだ。韓国の報道では「北を美化している」という批判もあったそうだが、政治色をかなり排除したからこそ、このドラマにすんなりと入っていけた、という日本人もいるのではないだろうか。

日韓関係などが専門で、韓国ドラマにも詳しい恵泉女学園大学の李泳采(イ・ヨンチェ)教授によると、そうした受け止め方をしたのは、日本だけでなく、韓国でも同様だという。

「このドラマを通して、韓国でも北朝鮮に対する従来のイメージとは違う新鮮さを感じた人が多かったようです。韓国でも、北朝鮮は貧しい地域だと思っていた人がいましたが、北にも貧富の差があり、現代的なものも存在することを知りました。また、主役を演じたヒョンビンを通して、北朝鮮の男性に対して憧れを持った人も多かったと思います」

■これまでの悲劇的な設定とは違う新しい作品

これまで韓国ドラマや韓国映画の中で描かれてきた北朝鮮は、韓国の人々を始め、日本人から見ても一定のイメージの範囲内にとどまっていた。

日本でもよく知られる、南北を描いた韓国映画といえば、「シュリ」「JSA」、「シルミド」などがある。これらは南北の悲恋や友情も描いてはいるものの、スパイや諜報、暗殺といった生々しいシーンが多かった。脱北者を描いた映画「クロッシング」では北での生活ぶりは描かれてはいるが、困窮した場面が多く、目を覆いたくなるシーンが多い。

いずれも南北の分断による悲劇が主要なテーマとなっており、見ているだけでつらくなってくるが、この「愛の不時着」にはそうした悲壮感はあまり多くない。むしろ感じるのは南北の体制の違いよりも、北の一般庶民も同じように愛すべき人間なのだ、という点だ。

そもそも韓国の女性が北朝鮮に不時着するという設定に「ついていけない」と思う読者もいるかもしれない。だが、今、私たちを取り巻く世界は、新型コロナウイルスの感染拡大という、誰も想定していなかった事態に直面している。このコロナ禍での鬱屈(うっくつ)とした生活の中で、このドラマが「もしかしたら、こういうことも起きるかも……」と思えるような内容だからこそ、ハマる人が続出し、希望を見いだしているのではないかと思う。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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