治療薬アビガンをめぐり肯定派と否定派が激しく言い争うワケ

プレジデントオンライン / 2020年5月29日 9時15分

エボラ出血熱に有効な可能性のある日本製の未承認薬「ファビピラビル(商品名アビガン)」。富士フイルムホールディングス傘下の富山化学工業がインフルエンザ治療薬として厚生労働省から認可を得ている(2014年8月26日、東京都) - 写真=EPA/時事通信フォト

新型コロナの治療薬候補「アビガン」の有効性をめぐって報道が錯綜している。共同通信は5月19日に「臨床研究で明確な有効性を示せず」とする記事を配信し、NHKもこの内容を後追いした。安倍首相はアビガンに期待を寄せ、「5月中の承認もあり得る」と公言している。いったい何が起こっているのか——。

■事実なら「特ダネ」だったが……

共同通信が5月19日に配信した記事によると、新型コロナウイルス感染症の治療薬候補「アビガン」は、国の承認を得るために行われている臨床研究で「明確な有効性が示されていない」「現時点で薬として十分な科学的根拠が得られていない」という。記事がその根拠として挙げたのが第三者機関による「中間解析結果」という報告書である。

アビガンは現在、開発メーカーである富士フイルムが有効性を評価するための治験を行っているほか、複数の医療機関が臨床研究を進めている。安倍首相は「有効性が示されれば5月中にも承認する」と公言しており、時期的には治験や臨床研究の成果がまとまる頃合いにさしかかっていた。

そんなタイミングを捉えて共同通信は「有効性は確認されなかった」という内容の記事を5月19日の深夜に配信した。これが事実なら特ダネだ。安倍政権のみならず日本中が期待しているアビガンの早期承認はむずかしくなる。

共同通信の記事を要約すると以下のようになる。複数の医療機関で進められている臨床研究の「中間解析結果」が今月中旬に厚生労働省に提出された。それをみた「複数の関係者」は共同通信の取材に対して「明確な有効性が示されていない」と証言した。これを根拠に同社は「治療薬アビガン、有効性示せず 月内承認への『前のめり』指摘」との見出しをつけて配信した。

■複数関係者の証言が根拠

この記事は「現時点で(アビガンは)薬として十分な科学的根拠が得られていない状況だ」と指摘する。そのうえで「アビガンは催奇形性の問題などがあり、専門家からは『効果や安全性を十分確認せずに進むのは納得できない』『月内の承認方針は前のめりだ』などの声が出ている」と、早期承認に否定的な見解を示している。

記事のネタ元(情報源)である複数の関係者は、「ウイルスの減少率に明確な差が出なかった」と証言している。おそらく「中間解析結果」に目を通しているのだろう。

共同通信がこの報告書を入手しているかどうかは、この記事をみただけではわからない。報告書の内容に関する記載がないところをみると、入手していないのだろう。

それはそれとして、間接的ではあるが1人ではなく複数の人が取材に対して「有効性があるとは書かれていてない」と証言しているのだから、この記事にはそれなりの信憑性があるようにもみえる。

これに驚いたのが藤田医科大学(愛知)である。同大学は複数の医療機関で行われている臨床研究の代表を務めている。記事が配信された翌日、コメントを発表すると同時にオンラインで記者会見をを行った。

NHKが会見を受けて配信した記事によると、この席で研究責任者である感染症科の土井洋平教授は以下のような説明をした。

・安全性などに問題はなく、解析を担当する機関から、研究を最後まで続行するよう勧告を受けた
・そもそも今回の研究は、研究を行う各施設で有効性を評価するものではないため、現状ではアビガンの有効性について評価はされていない
・有効性については、審査機関が他大学での症例報告もまとめた上で最終的に評価する枠組みとなっている

なんのことはない。解析結果の位置付けは共同通信と研究機関代表である藤田医大とでは全く違うのだ。これではアビガンに治療薬としての有効性があるかどうか、議論それ自体がかみ合わない。中間解析結果が藤田医大の指摘する通りだとすれば、共同通信の配信した記事は誤報ということになる。

■幻の報告書をめぐる奇妙な風景

日本経済新聞は中間解析結果について次のように書いている「患者数は86人を計画しており、このほど独立した第三者機関が患者40人程度までの中間解析をまとめた」。だが解析が有効性を評価したものではないとの記述もない。

「中間解析結果」は第三者機関がまとめたものだが、どの記事をみても中身についての記述はない。アビガンの有効性が問題になっているのに、肝心の論拠となるべき報告書を共同通信はじめメディアはどうも見ていないようだ。有効性があるかないか、その根拠になっている報告書を検証することなくアビガンの有効性が記事なっている。

ちなみに研究代表の藤田医大もこの報告書は見てないという。こうなるとメディアと藤田医大は、見たこともない幻の報告書をめぐって有効性の是非を論じていることになる。なんとも奇妙な光景である。

仮にアビガンに「有効性がない」ことが事実だとすれば、ことは重大である。政府は米ギリアド・サイエンシズ社が開発したレムデシベル同様、「特例承認」という制度を使ってアビガンの早期承認を目指している。

安倍首相は今月初め「有効性が認められれば、5月中の承認もありうる」と公言した。いずれにしても早期承認を実現するには、明確なデータの裏付けが必要になる。

その裏付けをめぐるメディアの報道に不確実性がつきまとっている。フェイクニュースとは言わないまでも、共同通信の記事の弱みは、報告書の中身に関する記載がないことだ。加えて、「有効性」を評価している一番肝心な第三者機関への取材もない。物証がない、あるいは入手が非常に困難なケースでは、複数の証言だけで記事を書くことはあるし、それは許される。だが、今回は中間報告書の存在は明確だっただけに、「特ダネ」と断言はしづらい。

アビガンにはもともと催奇形性といった問題があると指摘されており、妊婦などへの投与は禁止されている。記事を読む限り「安全性に問題がない」という土井教授の発言が、副作用を含めて問題がないことを意味しているのか、NHKの記事からはそれも読み取れない。

以上がアビガンの有効性をめぐって5月19日から20日にかけて表面化した動きの概要である。一般の読者はメディアの報道を通してしか事実関係は確認できない。複数の記事を読みくらべることもほとんどないだろう。だとすれば今回の記事は、一般の読者にはどのように読まれるのだろうか。

特措法に基づく緊急事態宣言が25日に全面解除された。日本は第1波の抑え込みに成功したものの、これから第2波、第3波の襲来が懸念されている。

「新しい生活様式」の徹底以外にコロナウイルスに対抗する手段を持たない政府も国民も、治療薬としてアビガンの「有効性」が立証され、早期に承認されることに期待を寄せている。こうした背景を考えればアビガンの「有効性」めぐって、このタイミングで正確な情報を提供することは報道機関の使命だろう。

20日の深夜に、この件に関連して日本経済新聞電子版に掲載された記事には次のような一文が挿入されている。「新型コロナは8割が軽症で自然に治るとされるため、軽症者向けの薬の有効性を確認するのは難しいという指摘もある」。

藤田医大など複数の病院で実施されている臨床研究は、軽症者や無症状者が対象になっている。とすればこの薬の「有効性」を確認する臨床研究には、日経新聞が指摘するような難しさがつきまとっているとみていいだろう。

■膨らみすぎた「期待感」を沈静化させたい狙いか

推測するに共同通信のニュースソースは、膨らみすぎたアビガンに対する国民の“期待感”を沈静化したかったのではないか。記者はこれに乗って(あるいは乗せられて)、「有効性が示されなかった」と記事にした。かくして事情に詳しいニュースソースの“思惑”は達成された。最初からアビガンの「有効性」は問題ではなかった。「中間解析結果」が利用されたのもそのためかもしれない。

安倍首相は新型コロナウイルスの発生当初からアビガンに対する期待感を公言していた。当然のごとく国民も期待している。さまざまな状況を“忖度(そんたく)”すれば、厚労省としてはアビガンを早期承認せざるを得ない。周辺には官邸の意思を忖度して早期承認を推進したい勢力もいる。

だが、そんな状況に待ったをかけようとする人々もいる。

共同通信の記事は「アビガンは催奇形性の問題などがあり、専門家からは『効果や安全性を十分確認せずに進むのは納得できない』『月内の承認方針は前のめりだ』などの声が出ている」と指摘している。

今回の記事は、表面的にはアビガンの「有効性」に焦点を当てている。だがその裏では早期承認をめぐる推進派と反対派のせめぎ合いがあるのだろう。この実態を抉(えぐ)り出せれば、この記事はもっと読み応えのあるものになったような気がする。

アビガンが早期に承認されるかどうか、依然としてはっきりしない。第1波を乗り切った日本としては、次に来る第2波、第3派への備えを万全にする必要がある。切り札の一つはアビガンだが、そこにもさまざまな思惑がうごめいている。

アビガンの早期承認は目下国民的な関心事である。共同通信は25日深夜「アビガンの5月承認を断念 効果まだ不明、企業未申請」との記事を配信した。翌日の会見で加藤勝信厚生労働大臣は「5月中の承認は見送る」と発言、この記事を追認した。とはいえ、「臨床試験(治験)を継続し、有効性が確認されれば迅速に薬事承認を行う方針には変わりはない」とも述べており、早期承認を諦めたと言うわけではなさそうだ。いずれもタイミングを狙ったような記事だったが、決定的なファクトを提示できなかったことを含め、結果として今回の記事は「洛陽の紙価を高める」ことにはならなかった。

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松崎 秀樹(まつざき・ひでき)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。74年慶大卒、時事通信社入社。東証、日銀、大蔵省など担当。98年経済部次長、解説委員などを経て、09年6月取締役、13年7月からフリージャーナリスト。ブログ「ニュースで未来を読む」運営。著書に共著『誰でもわかる日本版401k』(時事通信)、今年1月には塩田良平のペンネームで初の小説『リングトーン』(新評論、著)を出版。

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(ジャーナリスト 松崎 秀樹)

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