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「さくらんぼ狩り全キャンセル」でも山形の観光農園が元気なワケ

プレジデントオンライン / 2020年6月16日 9時15分

例年は2万人の観光客がさくらんぼ狩りに訪れていた - 画像提供=王将果樹園

新型コロナウイルスで苦しむ観光業で興味深い動きがある。「全面休館」となった山形県の天童温泉のスタッフが、「さくらんぼ狩り全キャンセル」となった観光農園の収穫を手伝っているのだ。その成果は収入の補填だけにとどまらない。筆者が「観光業の新しいモデル」と呼ぶ取り組みとは——。

■温泉旅館と地元農家がタッグを組んだ

コロナ禍で日本全国の宿泊施設が大打撃を受けている。緊急事態宣言解除後も、人々の旅行に対する警戒心は強く、宿泊客が戻ってくるのは当分先になりそうだ。観光収入が減ることは、その周辺地域の経済や雇用にも大きな影響を与えることになり、コロナ禍による地方都市への打撃は計り知れない。

そのような中、温泉旅館と地元農家がタッグを組み、地域の観光業を盛り上げようとしていると聞いた。果たしてどのような秘策で、この危機的状況を乗り越えようとしているのか。詳しく話を聞いてみると、観光業の復活の糸口にもつながる斬新なビジネスモデルが見えてきた。

■今年のさくらんぼ狩りはすべてキャンセル

山形県のほぼ中央に位置する天童温泉。11軒の宿泊施設がある温泉地で、交通の便の良さから、県内外から多くの観光客が足を運ぶ。しかし、コロナ禍の影響で4月上旬頃からほとんどの宿泊施設が休館。多くの従業員が自宅待機という状況になってしまった。

そんな折、さくらんぼの観光果樹園から声がかかる。

「お休みしている従業員さんに、うちのさくらんぼ農園の収穫を手伝ってもらえないか」

話を持ちかけてきたのは、天童市内にある王将果樹園を運営する「やまがたさくらんぼファーム」の矢萩美智社長。毎年、収穫シーズンになると2万人の観光客が来園し、さくらんぼ狩りを楽しむが、今年はコロナ禍によりお客さんはゼロ。丹精込めて作ったさくらんぼを食べてくれる人がいなくなってしまったのだ。

「東京ドーム2個分の敷地内には、毎年、臨時で20人のパートを雇わなければ収穫が間に合わないほど、鈴なりにさくらんぼが実を付けます。しかし、今年はさくらんぼ狩りに予約されたお客さまをすべてキャンセルさせていただいたので、収穫しなければならない量が増えてしまいました。2~3トンのさくらんぼは収穫が間に合わず、実をつけたまま破棄処分になってしまう状況でした」(矢萩社長)

頭を抱えた矢萩社長。しかし、天童温泉が休館するニュースを聞いて、もしかしたら、さくらんぼの収穫のお手伝いをお願いできるのではないかと思い、ダメ元で天童温泉に話を持ちかけたのだった。

■自宅待機中の温泉スタッフが集まった

天童温泉の窓口になってくれたのは、市内の地域活性化を手掛けるDMC天童温泉の旅行事業課の鈴木誠人さん。

「従業員も家でじっとしているのもつらいですし、少しでも収入の足しになればと思い、矢萩社長の提案を受け入れることにしました」(鈴木さん)

DMC天童温泉旅行事業課の鈴木誠人さん
画像提供=DMC天童温泉
DMC天童温泉旅行事業課の鈴木誠人さん - 画像提供=DMC天童温泉

王将果樹園からバイト代を出してもらう体制を整えて、自宅待機中の従業員に声をかけたところ、10名近い従業員が集まった。しかし、彼らの本職は温泉旅館のスタッフ。素人でもさくらんぼの収穫を手伝うことができるのか。

「まったく問題ありません。単純な作業の繰り返しなので、最初だけコツを教えれば、誰でもできる仕事です」(矢萩社長)

■「さくらんぼ狩りの様子」を宿泊客に説明しやすくなった

結果的に、温泉旅館で休業中の従業員が、人手不足の農園を手伝うことで、お互いの悩みが解消される形となった。そして、今回の企画にはこれ以外にも、天童温泉側に2つのメリットがあった。

ひとつは、従業員がさくらんぼの収穫体験をすることで、宿泊客にさくらんぼ狩りの様子を詳しく説明しながら勧めやすくなる点である。収穫のトップシーズンの6月になると、温泉旅館も忙しくなり、従業員がさくらんぼ収穫の体験をすることができない。そのため、宿泊客からさくらんぼ狩りの質問をされても、曖昧な回答をすることしかできなかった。

しかし、今回、従業員がさくらんぼの収穫を手伝ったことで、自らの体験をもとに、宿泊客にさくらんぼ狩りが勧められるようになった。コロナ禍によって、従業員に収穫体験をしてもらう時間が作れたことは、温泉旅館にとっても、従業員の接客スキルを高める良い機会になったといえる。

■「副業」への理解が一気に進んだ

もうひとつは、従業員の働き方改革の推進である。昨今、2つの仕事を掛け持つ“ダブルワーク”が注目されているが、地方ならではの風習で、なかなか副業に対する考え方を理解してもらうことができなかった。

「地方だから収入は少ないのが当たり前と思う人も多く、本業以外の経験を積むことができない状況が打破できればと思っていました。最終的に本業に生きる副業は、会社や個人にとってかけがえのない財産になるということを知ってもらいたくて、両者の課題が解決できる今回のような取り組みは、ぜひ、やってみたいと思ったんです」(鈴木さん)

休業中の従業員を受け入れた王将果樹園側も、考えは同じだ。

「さくらんぼ狩りのシーズンだけではなく、その前の4月や5月もリンゴやラ・フランス、ぶどうの管理作業で農家は忙しいんです。この時期だけでも、天童温泉の宿泊施設で働いているスタッフに手伝ってもらえれば、本当にありがたいです」(矢萩さん)

都心部ではコロナ禍をきっかけに、テレワークや在宅勤務が活発に行われている。それと同じように、働き方改革の急激な変化は地方都市にも波及しており、仕事のスタイルに大きな変化が生まれようとしている。

■さくらんぼと一緒に「収穫の風景」が届く

収穫したさくらんぼは、王将果樹園のネットショップ、DMC天童温泉の通販サイト、天童市のふるさと納税返礼品の3つの販路から一般消費者の元に届けられる。

「DMC天童温泉では3年前から『朝摘みさくらんぼ狩りツアー』という企画を実施していて、毎年、400名以上のお客さまが参加しています。しかし、今年はツアーが催行中止となってしまい、残念な思いをした人も多かったんです。ネット通販で朝摘みのさくらんぼを、少しでも多くのお客さまのご自宅まで届けることができればと思っています」(鈴木さん)

さくらんぼに同封した案内チラシにはQRコードをつけて、天童温泉の従業員たちが果樹園で収穫している風景を動画で見られるようにするという。SNSでも収穫風景の写真や動画を発信して、さくらんぼのネット通販で売上増を狙う。

天童温泉の従業員たちが収穫をした
画像提供=DMC天童温泉
天童温泉の従業員たちが収穫をした - 画像提供=DMC天童温泉

「ネット通販事業は、今まで宿泊業界でもあまり注目されている事業ではありませんでした。しかし、これをきっかけに、ぶどうや桃、ラ・フランスなどの通販もできるようになれば、DMC天童温泉にとっても新たな収入源の確保につながり、さらに天童温泉の魅力を発信することができるようになります」(鈴木さん)

■天童温泉で使える「割引券」が入っている

DMC天童温泉のさくらんぼのネット通販には、もうひとつの秘策が込められている。

「お届けするさくらんぼには、天童温泉の各宿泊施設で使える宿泊割引券を同封します。さくらんぼが届いて、従業員が頑張って収穫を手伝っている姿を動画で見てくれれば、天童温泉に行ってみたいという思いが高まってくれるのではないかと思っています。今は外出を控えている時期ですが、やがて世間に旅行解禁のムードが訪れた時に、真っ先に天童温泉に来てもらえればうれしいですね」(鈴木さん)

ネット通販で買ったさくらんぼに、宿泊割引券が入っていれば、購入者がコロナ禍収束後に天童温泉に来てくれる可能性は高い。一度は天童温泉にさくらんぼ狩りを目当てに泊まりに来た“優良顧客”であれば、宿泊割引券の利用率も高いはずだ。

コロナ禍が観光業に与えた打撃は計り知れない。しかし、宿泊施設や農業の働き方改革を加速させて、SNSやネット通販を駆使して、宿泊施設の集客戦略を強化する動きは、明らかに今までの観光業界にはなかったアクションと言える。

まだまだ先が見えない状況が続くが、天童温泉の今回の取り組みが、全国各地の観光地の新しいモデルになれば、コロナ禍を機に日本の観光業は大きく変わっていくかもしれない。

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竹内 謙礼(たけうち・けんれい)
有限会社いろは代表取締役
大企業、中小企業問わず、販促戦略立案、新規事業、起業アドバイスを行う経営コンサルタント。大学卒業後、雑誌編集者を経て観光牧場の企画広報に携わる。現在は雑誌や新聞に連載を持つ傍ら、全国の商工会議所や企業等でセミナー活動を行い、「タケウチ商売繁盛研究会」の主宰として、多くの経営者や起業家に対して低料金の会員制コンサルティング事業を積極的に行っている。著書に『売り上げがドカンとあがるキャッチコピーの作り方』(日本経済新聞社)、『御社のホームページがダメな理由』(中経出版)ほか多数。

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(有限会社いろは代表取締役 竹内 謙礼)

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