「子供が3歳まで母親は家にいたほうがいい」は大間違いだった
プレジデントオンライン / 2020年7月3日 8時45分
※本稿は、『プレジデントBaby 0歳からの知育大百科2020』の一部を再編集したものです。
■世界の子育てデータでわかった「家族の幸せ」の真実とウソ
「子どもが小学校に入学する前までは、母親は家にいて子育てに専念したほうがいい」
「赤ちゃんを保育園に預けるのはかわいそう」
そんな話を耳にしたことがある人は多いだろう。母親が仕事に復帰して子どもの育ちに悪い影響があったらどうしようと悩んだり、周囲から指摘され嫌な思いをしたりした人も少なくないはずだ。
それらの説に根拠はあるのかと、世界中のデータ分析の結果を集めて『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)を書いたのが東京大学教授の山口慎太郎さんだ。
「日本では子育ての情報が溢れる一方で、“3歳児神話”に代表されるように根拠がない情報が幅を利かせていると感じていたのが研究の原点です。思い込みにすぎないことや1人、2人の少ない経験則が独り歩きしているケースが多いと思います」
■子育ての常識は文化や世代によって変わり絶対的なものではない
世界中で行われた国勢調査のような大規模な調査や、さらに赤ちゃんから成人まで長期にわたる追跡調査を分析することで、個人の体験談とは比較にならないほどの信頼性の高い結果が得られたと山口さんは話す。
山口さん自身はカナダで子育てをした経験がある。小学生の息子を取り巻く環境だけでも、国による違いを感じたという。日本でも近年は週末に子どもを連れたパパを多く見るが、カナダでは平日の日中でも子連れのパパたちを見かけた。
「子育てというと日本では母親が主役になりがちですが、父親も子どもに影響を与えていることがわかってきました。また、保育園に預けることは前の世代にはかわいそうなことと思っている人もいるかもしれませんが、家族にいい影響があることがわかってきています。子育ての常識は文化や世代によって変わってくるので絶対的なものではないのです」
そもそも他人の経験則が当てはまるとは限らないと山口さんは言う。
「子どものタイプも夫婦それぞれのタイプもさまざまです。つまり、誰にでも当てはまる子育てのアドバイスは医学的なことを除いてあまりないのです。“自分たちが子どもをどう育てたいか”という価値観を大事にするのがいいと思います。その価値観を持ったうえで情報に触れれば、『〜したほうがいい傾向があるけれどもうちはうち』と情報に振り回されずに済むのではないでしょうか」
子育てのオプションを知るのはいいが、うちには合わないと思ったら取り入れない勇気も必要だ。
「気になる情報や悩むことがあるならば根拠の曖昧なものは信じずに、学術研究や統計的データを基にした情報を調べることをおすすめします」
以下、4つの子育てにまつわる「俗説」を検証する。
■●各論1
3歳まで子どもはママが見るべき?
↓
NO
「3歳児神話」は、2013年の安倍首相の成長戦略スピーチで「3年抱っこし放題」と母親の育休3年制が打ち出されたくらい日本では根強い。
しかし、母親と子が家にいたほうがよいということは本当に正しいことなのだろうか。保育園に預けて母親が働くのは子どもの発達によくないのか?
山口さんが着目したのがドイツの調査。ドイツの研究者は育休の長さが子どもに与える影響に着目し、育休が半年から1年へと延長された前後の子どもたちについて、高校や大学の学歴や大人になってからの就業状況や所得を調べた。データには、行政が持つ教育や社会保険料納付の記録が使われた。
「結果、生後母親と一緒に過ごした期間の長さは、子どもの将来の進学状況や所得、フルタイムの職についているかにはほぼ影響を与えていないことがわかったのです」
さらに、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、デンマークにおける調査分析でも同様の結果が出たそうだ。母親が赤ちゃんを保育園などに預けて仕事に復帰することに罪悪感を持つ必要はなさそうだ。
ただし、赤ちゃんの育つ環境は大事だと山口さんは付け加える。
「生まれたばかりの子がどんな人に育てられるかは発達の観点からとても大事です。けれども、これまで考えられていたように母親である必然性はないということです。愛情を注いで適切に育ててくれる人なら、お父さんや祖父母、保育士でもいいのです」
■家庭中心に育てることが子の発達に必ずしもいいとはいえない
さらに、3歳まで家庭中心に育てることが子の発達に必ずしもいいとはいえないという調査もある。
山口さんがあげるのはフランスの例。フランスは、1990年代初頭には産後3年間の育休が取れる制度をつくった育休先進国。2人目の出産に至っては、育休中に平均的な月収の約半分の給付金が受け取れる手厚さ! それもあってか、出生率2.0前後を保っている(日本は2018年で1.42)。
「母親が育休を3年取得できるようになった直後に生まれた子どもたちの言語発達が遅れていることがわかりました。5、6歳時点で受ける言語能力試験で、平均以下の点数を取る割合が5%上がってしまったのです」
この原因は、家庭で子どもを育てたために家族以外の人と接する機会が減ったからだと推測できるという。
「保育園に通えばたくさんの子どもや、保育士さんなど親以外の大人と接する機会があります。保育園などに預けず子育てする場合は、子どもがおしゃべりするようになったら、公園などに出かけて家族以外の関わりや交流を持つことを大事にするといいでしょう」
■母親が3年間育休を取ると、仕事に復帰しにくくなる
さらに母親が3年間育休を取ると、仕事に復帰しにくくなり、母親は家事、父親は仕事という家庭内の役割が決まってしまうというデータ分析の結果もある。
「前述のフランスの育休改革で、第2子の出産後に母親が就業する割合が16%も下がった一方で、父親の労働時間は週2時間半も増加しています。家庭内の男女の役割の分業化を推し進めてしまったわけです」
家の外で働きたい女性にとっては、3年間の育休を取ることはデメリットが大きいかもしれない。さらに、子どもの男女観への影響もありそうだ。
「母親も働く姿を見て育った子どもは、大人になっても当たり前にそれを受け入れられるでしょう。子どもには男女の性別に関係なく自分らしく生きてほしいと考えるなら、母親の育休はあまり長くないほうがいいかもしれません」
(以下、後編:各論2~4に続く)
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東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授
2006年米ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D)取得。東京大学准教授などを経て、19年より現職。専門は、「家族の経済学」と「労働経済学」。初の著作『「家族の幸せ」の経済学』が2019年度サントリー学芸賞を受賞。1児の父。
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(東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授 山口 慎太郎)
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