「アメリカ最高の高校」は、生徒に教師のほうを向いて座らせない
プレジデントオンライン / 2020年7月7日 9時15分
※本稿はダイアン・タヴァナー著/稲垣みどり訳『成功する「準備」が整う世界最高の教室』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■生徒の学びをメンターと教師がサポート
サミット・パブリック・スクールでは、生徒たちが全員教師のほうを向いて並んで座ることは少ない。自分で計画した、あるいは管理している作業に、各自バラバラに取り組んでいることが多いからだ。
といっても、生徒たちが好き放題をしているわけではない。ユーチューブをスクロールしながら「今日は何を勉強しようかな?」と言っているわけではないのだ。その代わりメンターと一緒にゴールを設定し、私たちが選び出したいくつもの方法から、達成するためのやり方を自分で選ぶ。
教師が講義する時間もあるものの、それよりも、大事なことの探求や質問に答えること、フィードバックを与えること、それに子どもたちの成長に意義のある対話をすることに時間を使っている。
■1日1時間の「自己主導性の学習時間」
これは私たちが重視している「自己主導性を持って知識を身につける力」を伸ばすための取り組みの一環だが、もっとも効果をあげたのは、更に過激な方法だ。生徒たちに教育の受け方を自由に選んでもらったのである。
1日1時間、「自己主導性の学習時間」を設け、自由に教育のリソース(素材)を選んで学習するのだ。リソースは教科書や練習問題に限らない。動画、ポッドキャスト、オンライン・シミュレーションなどから自分に合ったものを選ぶことができる。
また自分が何かを習得したかどうかを確認するためテストを受けるかどうかも、生徒自身が選べるようにしている。 要するに、生徒全員が特定の日に同じ内容のテストを揃って受けることは、もうしていない。それぞれ準備ができたと思うときに、それぞれに合った内容のテストを受け、必要な知識を身につけたと示すことができなければ、そこに到達するまで学び続ける。
このアプローチには慣れるまで少し時間がかかったものの、効果はすぐに現れた。子どもたちは自発的な習慣を身につけ、学ぶ対象により関心を持つようになったのだ。
■「教師の講義」は勉強の役に立たない?
私たちは毎週、子どもたち一人ひとりに「何がうまくいっていて、何がうまくいっていないのか」を尋ね、その理由も確認した。そして、それをもとにすぐに改良を行った。
「取り組んでいる知識の習得に、どのリソースが一番役立ちましたか?」
子どもへのこの質問に対し、「教師の講義」という答えが数週間連続で最下位になったことがあった。「自己主導性の学習時間」が好評なのはいいが、通常の講義がまったく役に立たないというのも困る。最初、私たちはこう考えた。「ティーンエイジャーたちは決められたものを嫌がるのだろう。とくに自由を味わったあとでは」
そして私たちはこのデータをやり過ごした。だが同じ結果が続いているうちに、これを無視するのは誠実でもないしプロらしくもないという話になった。誰かが「私たちの仮説が正しいか検証してみよう」と言い出した。講義を必須ではなく、任意参加にしたらどうだろう。子どもたちの評価は上がるだろうか?
みんな、不安を感じた。必須でなければ子どもたちは参加しないかもしれず、その分の学びが犠牲になるかもしれない。それは教育上の過失にはならないだろうか? 最終的に私たちは検証を行うことにしたものの、期間は1週間に限定した。仮にその間、子どもたちの学びが失われたとしても、そのくらいであればみんなで協力して取り戻せると思ったのだ。
■「強制参加」と思うと評価が下がる
結果は、予期していたものではなかった。生徒たちは全員、教師の講義に参加し、それでも順位は最下位のままだったのだ。どういうことだろう?
私たちはテスト期間を1週間延長した。結果は同じ。3週目も同じ結果だった。生徒たちは学びを失ってはいないが、それを有益だとは思っていないのだ。これには困惑した。
グループで話し合いをしてもらうと、真実が明らかになった。子どもたちはクラスが任意だとは信じていなかったのだ。出席をしないと欠席と記録されたり、ペナルティーを受けたりするのでは、と思っていた。過去の学校体験から、教師による講義はあまりにも基本的なものとして条件づけられていたため、選べるのだと言われても言葉どおりには受け止めていなかったのだろう。
■7週目にして「教師の講義」が1番評価に
4週目。講義は他の学びのリソースと同じように任意だということを、改めてはっきりと知らせた。出席しなくてもペナルティーはないと保証した。その週にはクラスの出席率は下がったが、満足度が最下位なのは相変わらずだった。その後2週間で参加人数は減っていったが、順位は変わらなかった。
そして7週目。なんとランキングがトップになった! だが喜びもつかの間で、データを見て気が抜けてしまった。それぞれのクラスの参加人数は2、3人しかいなかったのだ。どういうことなのだろう?
■カギは「生徒に合わせた個別指導」にあった
参加した子どもたちは全員が、教師クラスを学びのリソースとしてトップにランクづけしていた。私たちは一人ひとりに個別に理由を訊いてみたものの、答えは一貫していた。
いわく ひとクラスの人数が多かったときには、教師の話の中に自分がすでによく知っているものも含まれていた。とくに訊きたいことや具体的にわからないことがあっても、その部分に到達するまで、自分には必要ない部分もじっと座って聞いていなければならなかった と。あるいは集中するのに時間がかかる生徒だと、話がよく理解できず、何かを学んだという気になれなかったという声もあった。
つまりは、帯に短したすきに長し状態になっていたのだ。だが7週目に、ちょうどいい長さになったというわけだ。
子どもたちによると、生徒が2、3人しかいないと、教師は事前に準備していた授業を行うのではなく、何が必要かを個別に訊いてくれたという。要は、個人指導である。ふだんの授業時間より短くても、子どもたちはまさに必要としていたことをちょうどいいタイミングで学べたので、授業を高く評価した。教師のように自分のことを理解してサポートしてくれるリソースは他にはない、という声もあった。
過去数週間、低評価のためにかなり居心地悪い思いをしていた教師側からしても、少人数の授業は満足度が高かったという。子どもたちが何でつまずいているのかをきちんと理解でき、意味のあるサポートを効率よく実践できたからだ。
■「バー開店中」の札を前に座る教師
それでも、教師たちはクラスが任意でよいかどうかについては確信を持てなかった。みんながこれぞ自分の仕事だとみなしている部分を手放すのは、勇気のいることだった。
そこで、私たちは折衷案を採用した。「チュータリング(個人指導)・バー」と名づけたものをテストしたのだ。アップル社のユーザーサポートコーナー「ジーニアス・バー」から名前をとったこの手法は、自己主導の学習時間に教室に専用の机を置き、それぞれの教師の前に「バー開店中」と表示するものだった。
授業を受け持つのではなく、必要なら手を貸すというスタンスで、教師たちはどうなるか待ってみた。ほどなく最初の生徒がやってきて、2人目、3人目と続いた。
その週のランキングではこの個人指導がトップになったが、ひとつだけ問題があった。教師の前に並ぶ列が長くなり、待ち時間が増えると評価が下がったのだ。そして 今度は並んでいるあいだに子ども同士が自然と教え合うようになった。あっという間にバーの前は2人組みの生徒たちでいっぱいになり、生徒同士の学びはリソースの中でトップ評価を獲得したのだった。
いまでは「教師→生徒」「生徒→生徒」と両方のパターンで学ぶ環境が整い、テクノロジー・プラットフォームもある。生徒が特定の知識に熟達すると、チューターをしたいという意志表示ができるようになっているのである。
■生徒同士が教え合うことのすごい効果
このウィン・ウィンの効果は否定しがたい。人は誰かにものを教えると、その分野でさらに熟達するという明確なエビデンスがある。
それだけではない。生徒同士が適切にサポートし合うと知識が増えるだけでなく、うまくいく習慣も身につく。また子どもたちは、自分の興味のあるトピックは、進んで人に教えてあげたくなる傾向にある。しかもその熱意は、教えている相手にも伝わる。ちょうど、パラパラと本を見ている友人にその面白さを熱心に伝えると、その人が本を買う気になるような感じだ。
■教師と生徒がともに作る「新しい授業」のスタイル
新たな知識を得るためのアプローチ方法が増えても、教師の役割が消えてなくなることはない。変わっていくだけだ。自己主導の学習時間やプロジェクトのあいだも教師はいつも教室にいて、導き、教え、サポートをしている。以前と違うのは、教師たちが生徒との関係において、影響の大きい大切な部分に集中している、というところだ。教師が不要になるわけではない。教師の能力の発揮の仕方がより戦略的になったにすぎず、その役割はますます重要になっている。
そして子どもたちも、ラップトップの中だけに居場所がある孤独な存在ではない。学んだことを実世界のプロジェクトに応用し、クラスメイトたちと一緒に作業している。こうして身につけた自己主導性が、自分で将来を決める力、引いては、危機に対処する力にも結び付いていくのである。
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南カリフォルニア大学で心理学、社会学の学士号、スタンフォード大学で修士号を取得。10年間公立学校の教師や学校経営者を務めた後、理想の教育を実現するため、サミット・パブリック・スクールを創立。現在カリフォルニア州とワシントン州で15校のミドルスクール/ハイスクールを運営する。「実世界の体験」「自己主導性」「協力」「省察」など、大学や職場で成功するための「生きるスキル」を中心にした革新的なスクールモデルを構築し、ビル・ゲイツにも絶賛されたほか、「最もやりがいのある高校」(ワシントン・ポスト紙)など、多くの賞賛や賞を受けている。
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(サミット・パブリック・スクール共同創業者兼CEO ダイアン・タヴァナー)
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