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「30日以内は離婚を撤回できる」珍制度を導入した中国政府の狙い

プレジデントオンライン / 2020年7月6日 15時15分

中国・北京で開かれた全国人民代表大会(全人代)年次総会閉会式の様子=2020年5月28日 - 写真=Avalon/時事通信フォト

■衝動的な離婚を阻止したいが…

5月末、中国の全国人民代表大会(全人代)で「離婚クーリングオフ」ともいえる制度の導入が決定した。提出から30日以内なら離婚届を撤回できるという法律で、2021年1月から施行される予定だ。中国では離婚率が年々上昇しており、政府には衝動的な離婚を阻止しようという狙いがあるが、当の中国人自身はこの制度をどう受け止めているのか。また、中国社会で離婚が増えている背景には何があるのだろうか?

「う~ん、どうでしょう? 冷静になって頭を冷やしたら元のさやに収まるというカップルも中にはいるでしょうけど、私はあまり意味がないように思いますね。冷却期間を置いても離婚する人は離婚すると思う。この法律によって少し離婚率が下がったからといって、だからどうだっていうのが本音です。そもそも、結婚や離婚は政府が介入していい問題ではないと思いますし……」

冷めた感じでこう語るのは上海に住む50代の女性。「離婚クーリングオフ」が決定したときには、周囲で多少は話題に上ったそうだが、結婚して20年以上のこの女性はあまり関心がなさそうだった。この女性が勤務する会社にも30代で離婚歴のある人が数人いるそうだが、最近は中国でも親しい人以外とはプライベートな話はあまりしなくなっており、詳しい事情はよく分からないという。

一方、「大学時代の同級生が昨年離婚したばかり」という30代の女性は「中国人同士のケンカはものすごく激しいから、頭に血が上ってつい離婚してしまったらしいけど、冷却期間があると思えば、少し意識が変わると思う」と、法律の導入に肯定的だ。

■理由は「わがままな若者が増えた」から?

政府の統計によると、中国の離婚率は2003年から上がり始め、2018年は3.2%と日本(1.68%)の約2倍だった。過去15年間、右肩上がりで増えている。人民網などの報道によると、1994年の婚姻法では離婚の際、雇用主などの承諾が必要だったが、それが2003年に撤廃され、自由に離婚できるようになった。そのため、その頃から目に見えて離婚が増えているのだ。

今年は新型コロナウイルスの影響で巣ごもり生活を余儀なくされたこともあって、中国でも「コロナ離婚」が急増。中国メディアなどによると「今年の離婚率はさらに上昇するだろう」という悲観的な見方も出始めている。

離婚が増えている背景について、上海に住む別の友人はこう分析する。

「一言でいうと、わがままな若者が増えて、結婚生活に必要な我慢や譲歩ができない人が多い、ということだと思います。今の30代以下は基本的に一人っ子ですから、自分がいちばんだと思って、未熟なまま大人になってしまう人が多い。だから、ちょっとでも気に入らないことがあれば、すぐに離婚する。都会の若者は親が不動産を持っていたりしてお金に不自由しませんから、別に離婚しても困りませんしね」

身も蓋もない意見だが、同様の声は他の複数の友人からも聞かれた。世代ごとの離婚率の統計が分からないため、一概にはいえないが、熟年離婚もないわけではない。だが、40代以上の中国人は30代以下の中国人を「わがまま」「自分勝手」と表現する人が多く、離婚の要因についても同じように語る。

■結婚適齢期にある「90后」の特徴

日本でも一時期よく報道されたことがあるが、中国には「80后(バーリンホー)」という言葉がある。80年代生まれのジェネレーションを指す言葉で、日本でいうと(世代は異なるので同列ではないが)、1980年代にはやった「新人類」という言葉のイメージに近い。

それまでの世代にはなかった特徴がある新しい世代が出現した、という意味で捉えられ、上の世代から見れば「自分たちには到底理解できない若者」と映る。「80后」以降は「90后」(90年代生まれ)、「00后」(2000年代生まれ)となり、世代が若くなればなるほど、わがままで個人主義だといわれるが、そのうち、ちょうど「90后」前後が、現在、結婚適齢期にぶつかっているのだ。

「わがまま」を定義するのは難しいし、主観的な問題にもつながってくるので、それだけで離婚が多いと簡単に片づけることなどできないと思うが、中国社会特有の背景としていえることは、中国では改革開放がスタートした1979年末(実質的には1980年)から「一人っ子政策」が導入されたことだ。

ちょうど中国が経済的に豊かになってきた時代であり、両親から甘やかされて育ってきた人が比較的多い、といわれている。かつて中国では「小皇帝」という言葉が流行したが、「自分がいちばん」な「小さな皇帝」同士が結婚しても、衝突してばかりでなかなかうまくいかない、ということも多少は関係があるのかもしれない(もちろん、一人っ子がダメというわけではない)。ここ数年は、身体は大きくても精神的には子どもの「巨嬰症(大きな赤ちゃん病)」という言葉も生まれ、社会問題化している。

■中国政府の隠れた狙いとは

筆者と同世代の40代以上の中国人たちにインタビューしてみると、離婚が増えているのにはそうした社会背景がある、と口をそろえるのだが、具体的な離婚の理由は当人同士にしか分からず、千差万別だ。

しかし、中国人が「もっと問題だ」というのは「離婚どころか結婚もしないこと」だという。離婚率よりもむしろ、そちらのほうが重大で、政府が今回の法律を決定した背景にも「とにかく結婚してほしい」「結婚して子どもをもうけて(中国の少子化を食い止めて)ほしい」という隠れた狙いがあるのではないか、と指摘する。

中国の政府系シンクタンクによると、中国の人口は2029年をピークとして2030年からマイナスに転じると発表しており、中国の人口減少は経済成長に大きな衝撃を与えるといわれている。

中国人の婚姻率を調べてみると、2018年は7.2%で、2013年(同9.9%)以降ずっと下がり続けていた(ちなみに日本の2018年の婚姻率は4.7%で、中国よりもっと深刻)。結婚しない若者が増えたことは以前から指摘されており、その理由として中国メディアなどでは、女性の高学歴化、高所得化、男女ともに草食化したこと、などを挙げている。

■結婚以外の人生の選択肢が増えた

社会主義国の中国では以前から「女性だから○○してはいけない」といった考え方はあまりなく、たとえ家庭に経済的な事情があっても、優秀な女性は大学に進学する人が多かったし、男女共働きは以前から普通のことだった。だが、昔と違って、現在は職業の幅が広がり、以前よりも経済的に自立する女性が増えたことで、価値観が多様化し、(女性だけではないが)結婚以外にさまざまな人生の選択肢がある、と考えるようになったのではないか、と感じる。

筆者の友人に、北京に住む40代前半の独身の女性がいるが、その女性は中国国内の大学を卒業後、日本の国立大学の大学院に留学。その後、日本で5~6年働いてから中国に帰国。現在は中国の日系企業で管理職を務めているが、「仕事に夢中になっていたら、いつの間にか40代になってしまっていた」と話していた。

決して結婚したくなかったわけではなく、30代半ば頃には中国の複数のお見合いアプリに登録したこともあったのだが、「中国では学歴詐称や、顔写真の修正をする人が多すぎることに辟易としたし、結婚紹介会社からの勧誘もすごすぎて、面倒臭くなってしまった。別にもう無理に結婚しなくてもいい」と話していた。

■マンションを買えない男性は見向きもされない

中国では日本の比ではないくらい、両親が口うるさく子どもの生活を干渉し、「いつになったら結婚するの?」「早く孫の顔を見せて」と子どもを責め立てる人が非常に多いが、中国は人口が多いからといって、出会いの場も多いわけではない。男女が知り合うのは大学のキャンパスや職場などが中心で、それ以外はお見合いアプリなどを利用する人が多い。

さらに、日本とは大きく異なる点として、「どこの出身で、どんな戸籍の人か」は結婚する際の大きな条件となっている。なぜなら、北京や上海などの大都市に住むなら、その都市の戸籍を持っていないとマンションを購入することができず、一生苦労することになるからだ。中国では結婚=マンション購入が普通のことなので、最初からマンションを買えない男性は女性から見向きもされない。農村出身の男性は、それだけで結婚のハードルは非常に高くなるのだ。

北京や上海には、出稼ぎ労働者に限らず、大学入学の際などに他省からやってきた人(ホワイトカラーの会社員)が数多く住んでいるが、「地元の人ではない」というだけで、社会的条件として不利になり、同じ都市に住む異性からは敬遠される傾向がある。そうした、中国人以外には分かりにくい壁が存在することも、彼らの結婚を阻んでいる要因の一つといえる。

■一見、いい制度のように見えるけれど

2015年、中国では事実上、一人っ子政策が廃止となり、2人目の子どもも認められるようになった。その際、多くの中国人は「何と勝手な! 長い間、2人目を産むと罰金を課したり、中絶させたりして私たちを苦しめておきながら、人口が減少したから2人目を産んでいいとは、ひどすぎる」と呆れ返った。中には喜んだ人もいたが、多くの中国人は、個人のプライバシーや人生設計に関わる問題に政府が介入することを疎み、呆れた。

一人っ子政策は中国で36年間も続いたが、その間に中国社会は激変し、個人の考え方や価値観も変わり、結婚に対する意識も変わった。「離婚クーリングオフ」制度も、一見するといい制度のように見えるが、多くの中国人は「だから、何?」という冷めた気持ちで受け止めているように見える。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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