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なぜ安倍首相はでまかせでも「責任は私がとる」と明言しないのか

プレジデントオンライン / 2020年8月25日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Nadzeya_Dzivakova)

新型コロナウイルスをめぐる対応で、NY州知事のアンドリュー・クオモ氏が世界的に評価を集めている。社会学者の橋爪大三郎氏は、「事実と意見をしっかり分けて伝えるので理解しやすく、また、『この決断の責任は、私がとる』と潔い。安倍首相はそうしたスピーチの手法を採り入れるべきだ」という——。

※本稿は橋爪大三郎『パワースピーチ入門』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■全米の有名人になったクオモNY州知事

新型コロナウイルスによる混迷のさなか、アメリカで注目されたのが、ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモ氏だ。クオモ知事は、1957年生まれの62歳。父もNY州知事で、民主党員である。弟のクリス・クオモは、CNNでニュース番組のアンカーを務めている。2020年3月初めにNY州の感染が始まるとすぐ記者会見を開き、テレビ中継された。以後毎日のように、記者会見を続けている。

このクオモ知事のスピーチが、評判になった。リーダーにはこういうことを語ってほしい、というツボを押さえている。聴いてみると、癖になる。NY州に限らず、全米の有名人になった。

日本にも、ちゃんと会見をする知事が何人か現れた。こっそりクオモ知事の会見を参考にしている、という説もある。

■クオモNY州知事の伝え方とは

クオモ知事の会見は、事実→意見→討論(記者とのQ&A)、の順序で進む。その特徴は、事実/意見、がはっきり分かれていること。そして、意見の部分がよく練られていること、である。順番にみていこう。

事実/意見、を峻別する。古くからのテーマで、当たり前のようだが、現代的な意味がある。

フェイクニュースがはびこるようになった。マス・メディアに代わって、SNSが重要性を増していることと関係がある。

トランプ米大統領はずっとツイッターを駆使しており、フォロワーは何千万人にも及ぶ。新聞をとっていない。ネットワークのTVニュースも見ない。CNNがどんなにトランプを批判しても、有料で高いので、そもそもCNNを観ない人びとが多い。自分の好む情報にばかりアクセスし、なにが事実なのかの社会的合意が成り立たなくなる。フェイクニュースを信じるなと騒いでいる当人が、いちばんフェイクニュースを信じている、という現象が起こる。

こうした現象に立ち向かうため、クオモ知事は、事実/意見、を区別する原則に立ち戻る。

《あなたは、自分の意見があるでしょう。でも、自分だけの事実をもつことはできません。よね? あなたは自分の意見を持ちたいし、自分の意見を持っている。でも自分だけの事実をもつことはできないんです》(3月21日の記者会見)

たとえば、若いひとはコロナに罹らないからとコロナパーティーを開いたり、社会的距離をとらないでビーチに出かけたり。それは事実に反しますよ、とクオモ知事はたしなめる。

■クオモ知事は事実と意見をしっかり分け、「責任は私がとる」と言った

もとは宗教的背景がある。Godがこの世界を支配している。そのこと(事実)は、神の領域。それに対して、意見は、人の領域。神の領域と人の領域をごっちゃにしないように、が西欧のものの考え方の根幹になる。

科学は、事実(実験・観察)/意見(仮説)の緊張のなかで、進歩する。政治は、事実(データ)/意見(政策)の緊張のなかで、前進する。人びとの意見の一致をはかろうと思えば、まず事実を確認し、共有しよう。なにを事実と認めるかがばらばらだったら、決して意見の一致ははかれない。

事実を確認するのはコミュニケーションの、イロハのイなのだ。

クオモ知事はこうして、記者会見で毎回、新しい感染者や入院や死亡者の人数、最新の情報など、事実を確認していく。

そのうえで、ちょっと大事な意見を述べる。こんな具合だ。

《私が思うには、危機がもたらすのは、第一に、われわれ自身についての真実です。そして、他者についての真実です。人びとの強さと、弱さです。》
《こんななか、並外れた仕事をやってくれている人びとが大勢います。医療スタッフが仕事に向かうのを見るとき。マーケットの従業員がダブルシフトで、店の品揃えを懸命に整えているのを見るとき。警察官や消防士が外で仕事をしているのを見るとき。みんな、並外れたヒーローです。自分ならできるかと、考えてみて。》
《これこそ、公務というものです。彼らを見かけたら、ありがとうと声をかけてください。こうした人びとが、どう働いているのかわかると、人間はどんなに美しいのか、どんなに勇敢なのか、見えてくるでしょう。》

3月21日の記者会見のクオモ知事の意見の、山場はこんな具合だ。日によって、言うことが違う。だからまた、聞きたくなる。ウェブに動画がたくさんあがっている。「Governor Cuomo, March 21」などと検索してみて。すぐみつかるはずだ。

■安倍首相「私たちが責任を取ればいいというものではありません」

クオモ知事の会見で、事実→意見の後に続くのが討論(記者とのQ&A)だ。

新型ウイルス肺炎が世界で流行。安倍晋三首相、2020年4月7日に緊急事態宣言を発出
写真=代表撮影/ロイター/アフロ
新型ウイルス肺炎が世界で流行。安倍晋三首相、2020年4月7日に緊急事態宣言を発出 - 写真=代表撮影/ロイター/アフロ

日本の安倍晋三首相は4月7日の緊急事態宣言でのスピーチが済んだあと、記者との質疑応答に応じた。最後のほうでイタリアの記者が、日本は外国のようなロックダウンをしないという選択をして、「一か八かの賭けが見られますね。……失敗だったらどういうふうに責任を取りますか」、と質問をした。それに対して安倍首相が、《例えば最悪の事態になった場合、私たちが責任を取ればいいというものではありません。》とのべた。こんな言い方はないだろうと、非難も起こった。

一方、クオモ知事はどうか。3月22日の記者会見でクオモ知事は、NY州の外出禁止令について、《この決断の責任は、私がとる。(中略)もしも、不満だったり、誰かを責めたくなったりしたら、私を責めてくれ。私以外の、誰のせいでもないのだから。》とのべて、称賛された。潔い。意思決定にともなう覚悟のほどが、うかがわれる。

■リーダーと市民のあるべき関係とは

クオモ知事は、記者会見のせいで、だんだん全国区の人気が出てきた。ジョー・バイデン候補より、よっぽど大統領に適任だ、という声もちらほら出始めた。

ジョーバイデンのFacebookファンページ
写真=iStock.com/Hoaru
※写真はイメージです。 - 写真=iStock.com/Hoaru

そこで弟のクリス・クオモがCNNのニュース番組で中継がつながったチャンスに、兄のクオモ知事に突然こんな質問をした。「大統領選に出る気はあります?」。

打ち合わせなしだったのだろう。クオモ知事は、ハトが豆鉄砲をくらったような顔をして、一瞬黙り、でもすかさず答えた、「ノオ!」クリスはなお追い打ちをかける、「ほんとに?」答えはまたも「ノオ!」そして笑いながら、こうフォローした。「なかなかいいジャーナリストになったと思うよ」。クリス・クオモは、年の離れた弟なので、クオモ知事の前ではかたなしである。

橋爪大三郎『パワースピーチ入門』(角川新書)
橋爪大三郎『パワースピーチ入門』(角川新書)

クオモ知事は、雄弁家というのではない。理系っぽいスピーチで、余計なことや、もって回ったことは言わない。小学生でも理解できるような、わかりやすい英語を使う。アメリカは移民の国で、英語がよくできない市民がとても多い。民主党はとくに、そういう人びとに気を配っている。

クオモ知事のスピーチから、今のアメリカのあり方、現代世界の一端が見えてくる。日本人は、スピーチに関心がなさすぎる。これでは、ビジネスにも差し支える。

そこで、今夏、『パワースピーチ入門』(角川書店)という本を上梓した。コロナ危機があぶり出した、リーダーと市民のあるべき関係を考えた。どうか手に取って、パワースピーチのコツをわがものとしていただきたい。

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橋爪 大三郎(はしづめ・だいさぶろう)
社会学者
1948年神奈川県生まれ。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。77年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。『4行でわかる 世界の文明』(角川新書)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『皇国日本とアメリカ大権』(筑摩選書)など著書多数。共著に『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、新書大賞2012を受賞)、『日本人のための軍事学』(角川新書)など。

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(社会学者 橋爪 大三郎)

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