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日本人が全く知らない日本「24時過ぎのタイ料理屋へ行ってみな」

プレジデントオンライン / 2020年8月28日 17時15分

■日本のタイ好きおじさんたちが長野の温泉地に集結している?

気軽に海外旅行ができなくなったこのご時世。海外旅行が趣味の人たちは「海外ロス」になっている。そのなかでも、独自のユルい空気感や歓楽街の女性たちに癒やしを求めて、連休の度にタイを訪れるタイ好きの日本人中年男性たちがいる。「タイ好きおじさん」とでも呼べばいいのだろうか。

バンコクポストによれば、タイ観光協会(Tourism Council of Thailand:TCT)の会長は、「現状では、2020年中に外国人観光客を受け入れられない可能性があり、観光事業者は最悪の自体に備える必要がある」と発言している。

そんななかSNS上で、気になる書き込みを複数発見した。コロナ禍でタイに渡航できずに「タイロス」に陥ってしまったタイ好きおじさんたちが、代わりに長野県の戸倉上山田温泉にあるタイパブにこぞって集まっているというのだ。

はたして長野の山奥の寂れた温泉街は、「タイロス」おじさんたちの桃源郷と化しているのか――。その実情を取材してきた。

■長野の寂れた温泉地にタイロスおじさんたちはいるのか

お盆の週末、夜の街が盛り上がり始める20時ごろ、「新世界通り」と書かれたゲートをくぐる。この通り一帯が歓楽街のようだ。入り口付近の店には明かりがついておらず、街全体が暗い。

上山田温泉街にある新世界通り。
撮影=藤中一平
上山田温泉街にある新世界通り。 - 撮影=藤中一平

通りの奥のほうから、パブやスナックの看板とみられる明かりが見える程度。営業はしておらず、「貸店舗」の張り紙がドアにある店もある。奥へ進むと射的屋が目に入った。浴衣姿の家族4人が歩いており、やっと人がいたとホッとする。地方の寂れた温泉街というのが第一印象だ。

貸店舗になっているパブも多い。
貸店舗になっているパブも多い。(撮影=藤中一平)

創業60年という射的屋で遊びがてら、店主のおじさんにこの夏の現状とタイパブ目的で来ているおじさんたちがいるのかを聞いてみる。

「タイ好きどころかとにかく人が少ないよ。お盆の時期は普段に比べて人出が多いので、例年みんな店を開けるけど、コロナの影響で売り上げが少ないとわかりきっているので閉めている店が多いね。安心して飲めるいい店を紹介してあげたいけど、言ったとおりでそこは休んでいるから私からは紹介できない。ぼったくる店も数店あるから、安全を保障できないのでね」

射的で遊んだ客に、スナックやパブを紹介する案内所的な役割も兼ねているようだ。店を出て再び街を歩くと、目に入るパブの数が多くなってきた。韓国系の焼肉屋やタイ古式マッサージ店なども点在している。

しかし、タイ好きおじさんどころか歩いている人の姿すら見つからない……。すでにはじまっているGo To キャンペーンの効果も薄く、コロナ禍の影響はかなりのものだと感じた。

■いつのまにか、韓国人がタイ人を管理するようになった

千曲川を挟み、明治26年に開湯した戸倉温泉。続いて明治36年に開湯した上山田温泉を合わせた一帯が、戸倉上山田温泉と呼ばれる。明治から善光寺詣での精進落としの湯として栄え、最盛期の昭和40年代には歓楽的な温泉街として、利用客が年間100万人にのぼった。

夜が更ける前の上山田温泉街から、千曲川を望む。
撮影=藤中一平
夜が更ける前の上山田温泉街から、千曲川を望む。 - 撮影=藤中一平

千曲川に架る万葉橋近くの川沿いには、著作家で作詞家の山口洋子氏が作詞した「千曲川」という曲の歌碑があり、その前にある緑のボタンを押すと曲が流れる。夜に通りかかると、曲を聴きながら涼む地元の人がおり、長閑な時間が流れていた。温泉街の後にある暗い山には赤く光る「戸倉上山田温泉」の文字のライトあり、哀愁が漂っている。

射的屋の店主によれば、この温泉街にはじめて外国人ホステスがやってきたのは昭和50年代のことだったという。

タイパブが集まる通りが複数ある。
タイパブが集まる通りが複数ある。(撮影=藤中一平)

「当初はフィリピン人ばかりだったんだが、それがやがて韓国人ホステスに変わったんだ。ところが、その韓国人ホステスたちはより稼げるアメリカへ流れた。その隙間に、タイ人ホステスが入り込んできたんだ。一時期は韓国人ホステスとタイ人ホステスの対立もあったようだが、韓国人ホステスが少なくなるにつれタイ人ホステスがメインのパブ街になっていったんだ」(射的屋の店主)

一部、上山田温泉に残ってホステスをしていた韓国人女性や、ほかの歓楽街からきた元ホステスの韓国人女性たち店がママとなり、タイ人ホステスたちを管理する側として店を経営するようになった。

しかし、コロナ禍でほとんどのタイ人ホステスが帰国してしまい、新しい子も来日できない。多いときは100人以上のタイ人ホステスいたというが、現在は残っている20人ほどが、店と店を行き来しながら複数店舗を回しているのが現状であった。

■従妹と3人で長野にやってきたタイ人ホステスのピーチ

暗い道のわきに複数の女性たちの姿が見えた。立っている人もいれば、ヤンキー座りをかまし、タンベ(韓国語でタバコの意味)を吸っている人もいる。なかなかのガラの悪さだが、こちらの存在に気づくと笑顔で近寄ってきた。

奥に見えるのが、店を管理している韓国人ママたち。
撮影=藤中一平
奥に見えるのが、店を管理している韓国人ママたち。 - 撮影=藤中一平

タイパブを経営する韓国人ママの呼び込みだった。何軒かママたちに連れられて店を覗いてみたが、どの店にも客はいない。そのなかで唯一、私たち以外にも2組の先客がいた店へ入ってみる。

「料金は1時間3000円で飲み放題、ホステスへのドリンクは1杯1000円。何飲む? 私も1杯もらっていいですか?」(韓国人ママ)

韓国人ママとタイ人ホステスが2人ずつの計4人で営業していた。テーブルについてくれたタイ人ホステスのピーチに、片言の日本語と英語を交えながら話を聞く。

「今年の4月に、タイのシラチャから従姉妹2人と3人できた。3人で店の寮に住み、同じ店で働いている。タイでは日本より早くコロナで仕事がなくなった。まだこっち(日本)のほうがマシだと思った。給料は1日5000円、休みは週に1日。寝て過ごすか、近くのショッピングセンターで買い物したり、電車で軽井沢へ遊びに行ったりする」

シラチャはバンコクからバスで約2時間、パタヤの真上に位置する。日系企業が多く進出しており、多くの日本人駐在員が住むタイの「日本人町」ともいわれている。

日本より早い時期に歓楽街での感染が問題視されたタイ。仕事もなくなり、まだ日本のほうが稼げると見込んで、コロナ禍で入国できなくなる前のギリギリ、滑り込みの入国だったようだ。ほかのテーブルのお客のことを聞いてみると、地元の常連客とのこと。県外からきた観光客はこの店では私だけだった。

■「もう日本を出たい」帰りたくても帰れないタイ人ホステスたち

「日本もコロナのせいで稼げない。本当はすぐにでも帰りたいけど、航空券代が高くてとてもじゃないけど帰れない。帰っても仕事があるとは限らない」

ピーチは韓国人ママのことを横目で気にしながら、葛藤する本心を吐露してくれた。帰るのか、残るのか、どうすればいいのかわからないのだ。続けて「ママは厳しい。仕事が終わったらどこにも寄らずまっすぐ寮へ帰れと言う」とも漏らす。この言葉の真意はのちに判明する。

タイに帰りたいけど帰れない、ホステスのピーチ(撮影=藤中一平)
タイに帰りたいけど帰れない、ホステスのピーチ(撮影=藤中一平)

タイ人の日本滞在時のビザは観光目的の15日間以内であれば不要。彼女たちは観光で入国し、次に90日の短期ビザを申請する。その期間で稼ぐだけ稼いで帰国するのが通常だが、コロナ禍で帰国が困難になっているため、さらにビザ延長をして滞在を延ばしているようだ。

ただ、このビザが就労可能なのかは、はっきりと答えてくれなかった。言葉の壁なのか、後ろめたいことがあるのだろうか。こちらとしてはこの短時間では、確かめようがなかった。

そろそろ1時間になるので、会計を願いすると韓国人ママから「遊んでいかないのか」と言われた。意味を聞くと、タイ人ホステスの“ペイバー(連れ出し)”のオファーだった。はっきりとは言わないが、これは売春を意味している。

料金はショートで2万5000円。女の子の手取りは2万円で、店には5000円が入るという。その意思がないことを伝えると、韓国人ママの表情が一転し、ピーチもため息をついた。金を落とさないとわかった客には冷たいようだ。

会計を済ませ、背中に刺さるような視線を感じながら、逃げるように店を出た。店やタイ人ホステスが本当に稼げるのはこの“ペイバー”で、今回は出会えなかったタイ好きおじさんたちの目的はこれがすべてと言っても過言ではない。

■代わる代わるホテルのロビーへやってくるタイ人ホステス

新世界通りの真ん中あたりにある古いホテルの前を通ると、韓国人ママと中年男性の2人組に「遊んでいかないか」と声をかけられた。中年男性は関西弁で、地元の人ではなさそうだ。こちらが飲むだけでもいいならと答えると、「とりあえず、顔だけ見ていけ」とホテルのロビーにあるソファーへ案内された。

タイパブなどが集まるビル。
撮影=藤中一平
タイパブなどが集まるビル。 - 撮影=藤中一平

店に案内されないので戸惑っていると、こちらの意思とは関係なしに、韓国人ママがタイ人ホステスをロビーに連れてくる。中年男性はシステムを説明しはじめる。

「ショートが2万5000円、ロングが3万5000円、部屋代は3000円。このホテルの客室が使える……」

中年男性はこのホテルのオーナーだった。話の最中にも、代わる代わるタイ人ホステスが韓国人ママに連れられ、5人ほどタイパブから顔見せに来た。そのなかにはニューハーフも2人、いたように思う。こちらがどうしていいのかわからず呆然としていると、商売にならないと諦めたのか、ホテルのオーナーはそばにあったゴルフクラブで素振りをしながら再び話し出した。

「兄ちゃん、いい遊び方を教えてやろう。24時を過ぎたらこの近くにあるタイ料理屋に行ってみな。タイ人の女の子と仲良くなれるで。ここだけの話、タイパブなんか行って金落とす意味なんてないんやで……」

■タイパブに代わって売春窟と化していたタイ料理店

24時30分、ホテルオーナーに教えてもらったタイ料理屋に入店した。内装はカウンターやボックスシートが目立ち、雰囲気は料理店というよりパブ。以前の店がそうだったことがうかがえる。タイ人男性のオーナーにコック兼ウエートレスの中年男女が1人ずつ、計3人で営業していた。今年で7年目だという。

店内はYouTubeで再生されるタイポップスが大音量で流れ、仕事終わりのタイ人ホステスたちが楽しそうに飲んで食べて、腰をくねらせ踊っていた。ほかにも、隣の上田市から飲みに来た若者グループ、近くで働くフィリピン人外国人実習生、肌を隠すような長袖を着たカタギとは思えないグループなど。深夜のタイ料理屋は大盛況だった。

「サービスするよ。ショート2万5000円ナ」
撮影=藤中一平
「サービスするよ。ショート2万5000円ナ」 - 撮影=藤中一平

タイ料理に舌鼓を打っていると、私のテーブルに「イン」と名乗るタイ人ホステスが同席していいかと近寄ってきた。理由を聞くと、「仲良くなりたい」とのことだったが、実際は売春のオファーであった。このタイ料理店には、店で稼げなかったホステスたちが客を求めて集まってくる。実際に、声をかけた客の手を取り夜の街に消えてゆくタイ人ホステスの姿があった。

「サービスするよ。ショート2万5000円ナ」

と耳元で囁(ささや)いてくる。断っても、なかなか席を離れようとしない。内情を聞いてみる。

「店に5000円を払わなくていい、こっちのほうが稼げるナ」

ここで客が取れたほうが実入りは良いのだ。そもそも“ペイバー”とは「pay bar」、店側に払うお金のことを意味する。その日のホステスの給料を店の代わりに払えば、連れ出せるということだ。

撮影=藤中一平

韓国人ママがタイ人ホステスたちに“寮にまっすぐ帰れ”と厳しく言う理由はこれだった。店を介さず、仕事をされるのを嫌がっていたのだ。オファーを丁重にお断りしたが、なんとも言えぬ気持ちになった。タイ人ホステスたちの憩いの場でもある料理店だが、現実は生々しかった。

■「女は売った!」韓国人ママは叫ぶ

公然と売春がおこなわれている寂れた温泉街。タイ料理屋に向かう途中に声をかけてきたある韓国人ママがいた。タイ人ホステス自体が街に少ないと知ってしまった私が、「店に女の子はいるの?」と尋ねるとママはこう叫んだ。

「女は売った!」

店側も稼げずホステスが雇えなくなり、ほかの歓楽街へとホステスを斡旋したとのことだった。帰りたくても帰れない、稼がなければ帰れない。葛藤するタイ人ホステスたちは今宵も店へと出勤し、タイ料理店で夜を明かす。

(カメラマン・ライター 藤中 一平)

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