「月額5980円→980円」中田敦彦がオンラインサロンを大幅値下げしたワケ
プレジデントオンライン / 2020年9月2日 11時15分
※本稿は、中田敦彦『幸福論 「しくじり」の哲学』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
■根底には「独りになりたくない」という恐怖感がある
テレビの世界から、YouTubeの世界へ。それだけでも「え、よくやるな……」という目で見られがちだったのだけど、それだけではない。ぼくは2018年から、オンラインサロンもはじめた。
芸人として舞台に立つことや、タレントとしてテレビ番組に出演するのとは、またかなり毛色が違った活動だ。どんどん「テレビで見る芸人」から離れていき、世間的な印象もかなり変わってくるだろう。
それでいいと思った。この変化の方向は、仕事上の紆余曲折の末ということもあるけれど、自分の性格や心情から考えて必然だった気もするから。
ぼくには、独りになったら寂しくて死んでしまいそうという恐怖感が、いつも根底にある。自分でコミュニティをつくれば、なにがしかの安心が得られるのではないか……。オンラインサロンの開設には、そんな個人的で切実な思いもあったのだ。
寂しがり屋なのは、昔からずっとそうだった。ひとに話を聞いてもらえなければ、生きている意味がないとすら思ってしまう。芸能人ならだれもが仕事の一部としてこなさなければいけないマスコミからの取材、あれを苦手とするひとも多いけれど、ぼくはまったく苦にならない。むしろ大好きである。
だってインタビュアーは、まず間違いなくぼくの話に耳を傾けてくれる。ひとが聞いてくれるというのなら、いくらでもしゃべりたくなってしまう。逆に、壁に向かって独りでしゃべっていろと言われたら、そんな苦痛には1分と耐えられない。
芸人としてデビューしようと決めたころ、なによりもまず相方探しに注力したのも、寂しがり屋だったせいだ。競争の激しい世界でのし上がるには「これぞ」と思える相手と組まねば勝負にならないということもあったけれど、それよりむしろ、独りになりたくないという気持ちが強かった。コンビを組めば、ずっとだれかとしゃべっていられるだろうと踏んだのだった。
■サロンは大人になっても終わらない、卒業が来ない学校
「話を聞いてもらいたい病」に罹っているぼくがつくったオンラインサロンは、どんなしくみをベースにしているのか。これはズバリ、学校がモデルだ。
ここは大人になっても終わらない、卒業が来ない学校。それが基本設計としてある。
だって、なんだかんだと言ってたいていのひとは、学校が好きだったんじゃないか?
当時は自分の未熟さゆえ楽しみきれない部分もあったけれど、もしもいままた学校に通えたら、こんなに楽しいことはないと思わないだろうか。
知らないなにかを学ぶのは本来おもしろいことだし、それにも増して仲間と過ごす休み時間や放課後、行事の楽しさったらない。イヤなのは宿題、試験、いじめ、卒業くらいで、それさえなければずっと通っていたいと思う。
思いを共有してくれるひとはたくさんいるはず。じゃあ大人の学校をつくってしまおうと決めた。それでぼくのサロンは「ネバーエンディングスクール」であることを標榜し、学校で感じていたあの高揚感を再現しようとしている。
人気ユーチューバーがやっていることも、学校の放課後の延長線上のものは多い。すごく意味があるわけじゃなく、なんとなくグズグズと友だちとダベったりはしゃいでいるあの感じは、思えばまるっきり放課後の空気ではないか。
大人たちはそこにノスタルジーを感じるだろうし、現役の学生なら「もうひとつの心地いい溜まり場」と思える。ユーチューバーの人気は、そんなところにもあるのだろう。
■気づけば生活と仕事の境い目がなくなってしまう
少し前にオンラインサロンのメンバーで、福岡県の太宰府まで修学旅行に出かけた。
これが楽しいったらない。みんな社会人だから、見た目はひと昔前の社員旅行みたいなものなのだけど、気分は完全に学生である。
本当の学生のころは訪れた寺社仏閣なんてろくに見ていなかったが、いま思えばなんてもったいないことか。実物を見ながらあれこれ学べるなんて、これほど貴重で興味深い機会はない。移動時間や宿ではちょっとしたイベントもあったりして、すべてを忘れてくだらないことにいちいち笑い転げた。
きっとだれの心のなかにも学校生活への懐かしさや、なにかしらやり切れなかった後悔の念があるのだろう。大人になったいま、もう一度あの時間を味わい直せるのなら乗らない手はない。ぼくはサロンを通して、そういう「場」を創り出したい。
サロンの運営やこまごまとした調整、準備には膨大な時間がかかるけれど、そんなことは問題じゃない。夢のような場を育んでいるのだ。そこに全力を投じるのは当然である。
ぼくは元来「仕事人間」で、気づけば生活と仕事の境い目がなくなってしまうほうだが、オンラインサロンのことだとなおさらだ。いつもサロンをどうするか考えているし、必要ならばいくらでもテコ入れをする。
■月額5980円から一気に980円へ値下げした理由
2020年に世界中を襲ったコロナ禍では、オンラインサロンも大きな転換を迫られた。
外出がままならないので、まずはコンテンツをオンラインに完全にシフトした。それまではオンラインサロンといっても、ぼくのYouTubeチャンネルの収録の生観覧など、リアルな活動に参加できることも大きな売りにしていたのだ。
月会費もそれまでの月額5980円から、一気に980円へ下げた。コロナの影響であまり高額な費用は払えないという会員の声がいくつもあったからだ。
収支よりも、この段階では「規模」を確保したいとも思った。というのは、コミュニティを使ってメンバー間の仕事のマッチングまで進められたらいいと考えたから。
掲示板を設けて飲食、接客、物販などの分野で「こんなの売ってますよ」「こんなサービスあります」「じゃ、それ買います」といったやりとりができる場をつくれたらと思って実現した。これをうまく機能させるためにはある程度の参加人数が必要であり、メンバー数増加は重要な課題だったのだ。
コロナ禍を機にサロンの在り方をあれこれ変えたが、こういうのはぼくにとって日常茶飯事。なにしろぼくの座右の銘は「前言撤回」と公言してあるのだ。
その言のとおり、オンラインサロン運営においてぼくは、正気の沙汰じゃないほど朝令暮改をする。でも、オンラインサロンをはじめインターネット関連のビジネス現場では、それくらいでちょうどいいようだ。トライアンドエラーを無限に繰り返して中身を磨いていくのが常道なのである。
いずれにせよぼくは性格的にこれ以外のやり方はできない。最初から長期ビジョンをバシッと掲げる「ビジョナリー」なひととして振る舞えたらカッコいいとは思うものの、根っこが試行錯誤型なのだからしょうがない。
■自分には経営者的なマインドに徹するのは難しい
キングコングの西野亮廣さんが主宰する国内最大のオンラインサロンの存在はあまりに有名だ。しかしオンラインサロンを手がけている芸人は思いのほか少ない。YouTubeチャンネルの開設は少しずつ増えた感があるものの、オンラインサロンに関してはあまり例がない。なぜなのだろう。芸人というのは人気商売だから、自分のやっていること全体を応援してくれたり、一緒になにかやろうよという呼びかけに賛同してくれるひとを対象にしたサブスクリプションビジネスとの相性はよさそうなものだけど。
YouTubeなら自分の「芸」をコンテンツにして見せれば事足りるようなところがある。実際はそんなふうに一筋縄ではいかないものの、芸人からすれば、演じる場所が変わるだけという感覚で済む。だがオンラインサロンを主宰するにはもっとこう、経営者的なマインドが必要になってくるからか。
ただし、だ。ここはぼくのオリジナリティでもあり、弱みにもなり得るところなのだけど、経営者的なマインドに徹することは、ぼくにはちょっとできなそうである。
■芸人の価値基準は「おもしろいか、おもしろくないか」
オンラインサロンやYouTubeをやるようになってから、経営者や起業家の方々と会って話す機会が増えた。彼らは非常に魅力的なひとたちだった。あらゆる面でスピーディーでパワフル、芸人とはまったく違ったバイタリティがある。それでも、「ああ、ぼくはここの住人にはなれない」という気持ちも強く抱いた。
というのも経済人は最終的に、大きい利益を出すことを価値基準にしている。対して芸人というのは「おもしろいか、おもしろくないか」、そればかり考えている。
ぼく自身はどうだろうと考えてみるに、ひとつのゲームとして利益の多寡を追求することはできても、心のどこかで「利益だけ出てても意外とつまんないな」と思ってしまう。なにか一緒にやりましょうよと誘われたとき、ものすごい利益が出ますからという殺し文句では、あまりピンとこないのだ。
実際に、いろんな話を持ちかけられることはある。ぼくのYouTubeチャンネルではいつも本を紹介しているのだから、これを全部ビジネス案件にして、出版社に話を通しPRしたい本を持ち込んでもらったりすれば、もっとお金がとれますよとアドバイスしてくれたり。うまくやれば莫大な利益になると言ってくれるのだが、そういう話に乗ってもきっと自分は満足できない。
そもそもタレントとして、コマーシャルの仕事は散々やってきた。そこにどこか虚しさを感じていたからこそ、自分でサロンやYouTubeをはじめた。かつて自分が慣れ親しんでいた手法や考えを導入するつもりは、いまのところまったくない。
よくそんなにドラスティックに変われるものだな……。そう疑問に思われることもままある。かつての成功体験にすがりつきたくなる気持ちが、人間だれしもあるじゃないかと。
■新しいことをするよりも安住することのほうが怖い
たしかにぼくも芸人としては、何度かブレークを果たすことができた。華やかな光を浴び、たくさんの喝采を浴びたことはあった。そうして幾度もの浮き沈みを経験してきた。
そうした激しい体験をしたからかもしれないが、ぼくは同じところに安住するのがとにかく怖い。
ふつうは新しいジャンルに飛び込んでいくとき、だいじょうぶかな、イヤだな、と恐怖を感じるのだろうが、ぼくは逆だ。じっと居続けることが怖くてしょうがない。
安住はそれ以上の「伸び」を生まないのは明らか。ということは待っているのは衰退でしかないのでは。
そういったん気づいてしまえば、じっとしているなんてリスクは冒せない。それで結局、跳躍を繰り返してしまう。
イチからはじめたYouTubeにしてもオンラインサロンにしても、いまのところはうまく回っているけれど、安泰なんてことはまったくない。自分がいつ失敗するかもしれないし、ジャンルごと時代の波に吞まれ沈んでしまうかもしれない。
それでも、みずから動かず船が沈没するのを待つことだけはしたくない。動いて動いて動きまくって、可能性を探し回るほうが性に合っているようだ。
怖いから跳ぶ。それがぼくの基本スタンスである。
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オリエンタルラジオ
1982年生まれ。2003年、慶應義塾大学在学中に藤森慎吾とオリエンタルラジオを結成。04年にリズムネタ「武勇伝」でM‐1グランプリ準決勝に進出して話題をさらい、ブレイク。またお笑い界屈指の知性派としてバラエティ番組のみならず、情報番組のコメンテーターとしても活躍。14年には音楽ユニットRADIOFISHを結成し、16年には楽曲「PERFECTHUMAN」が爆発的ヒット、NHK紅白歌合戦にも出場した。18年にはオンラインサロン「PROGRESS」を開設。さらに19年からはYouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」の配信をスタートし、わずか1年あまりでチャンネル登録者数が250万人を突破した。
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(オリエンタルラジオ 中田 敦彦)
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