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地方発ベンチャーが「単なる地域おこし」で終わりがちな根本原因

プレジデントオンライン / 2020年10月1日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/peshkov

地方発のベンチャーは、全国規模のビジネスを目指しているとは限らない。しかし、そのままでは「単なる地域おこし」で終わってしまう。福井でベンチャー支援をする岡田留理氏は「地域の枠にとらわれてしまうのはもったいない。経営者にはビジネス拡大に必要な3つの要素を知ってほしい」という——。

■最初は「単なる地域おこし」のつもりだった

2020年8月、福井県初の官民ファンド1号案件が誕生した。地方の課題解決型ビジネスモデルを扱うITベンチャーとして2016年10月に創業した、フィッシュパスだ。代表の西村成弘氏は、もともと飲食店5店舗を経営する中小企業の社長。IT知識ゼロの状態から、40歳でITベンチャーを起業した変わり種だ。当センターでは、起業当初から継続支援している。

「はじめからビジネスを大きくしようと考えていたわけではない。最初は、地元の竹田川周辺の地域おこしができればそれでいいくらいの、軽い気持ちだった。いつでも事業をやめられるよう、人も雇わず小さくこじんまりとするつもりだったのが、福井ベンチャーピッチへの登壇などのベンチャー支援を受けていく中で、自分のビジネスモデルの成長可能性を感じ取り、一気に舵を切った」とふり返る。

2020年8月には福井県副知事を表敬訪問し、「2025年を目標に上場を目指す」と語った西村社長。単なる地域おこしの発想から、日本の川・地方の未来を変えようと奮起するに至るまでには、どんな分岐点があったのだろうか。また、フィッシュパスのようなベンチャーが、地方から次々と誕生していかないのはなぜだろうか。フィッシュパスの事例から読み解いていきたい。

■24時間いつでも「遊漁券」を買えるアプリを開発

川で釣りをするためには「遊漁券」の購入が必要なことをご存じだろうか。日本の河川は全国830の内水面漁業協同組合(以下、「内水面漁協」)によって管理されており、この遊漁券の売り上げが、漁協がアユの稚魚を放流したり、漁場の整備をしたりする費用に使われている。しかし今、内水面漁協の多くが、経営不振により苦境に立たされている。経営不振の理由の1つが、「遊漁券」の未購入問題だ。

しかし釣り人は、何も最初から無許可で釣りをしようと思っているわけではない。遊漁券を購入できる場所や購入できる時間帯に制限があるため、遊漁券を買いたくても買えず、結果的に遊漁券の売り上げが落ちている状況だ。

そこでフィッシュパスは、24時間いつでも遊漁券が購入できるスマートフォン・タブレット端末向けのアプリ「FISH PASS」を開発し、2017年6月に提供を開始した。アプリ経由の購入であっても、販売はあくまで地元販売店であり、既存の販売店の売り上げとなる。フィッシュパスと提携しアプリを導入した内水面漁協の1つは、遊漁券の売り上げが前年比1.5倍に増加した。

フィッシュパスのアプリ画面
写真=筆者提供
フィッシュパスのアプリ画面 - 写真=筆者提供

さらには「FISH PASS」は、GPSを使ってアプリを利用している釣り人の位置情報を得ることで、漁場の監視業務や河川整備の効率化も実現。安全面では、損保ジャパン日本興亜と提携し、釣り人向け保険である「フィッシュパス保険」も提供している。2020年8月現在は13府県の80漁協と提携し、利用者は約4万人。4年後には500の漁協との提携を目指している。

■きっかけは「ビジネスプランコンテスト」での受賞

福井発!ビジネスプランコンテスト2019
福井市HPより

福井では、2004年から福井市主催で「福井発! ビジネスプランコンテスト(以下、「ビジコン」と言う)」が毎年開催されている。当該ビジコンの運営を担っているのは、NPO法人アントレセンター理事長の高原裕一氏だ。2004年の第1回開催から現在に至るまでの17年間で寄せられたビジネスプランは1245件。身近な地域課題を解決するビジネスアイデアが多数を占める。そのうち実際に事業化したビジネスプランは30件だ。ビジコン参加者は年々増加しており、新しいビジネスアイデアの発表の場として、福井になくてはならない存在となっている。

「福井のビジコンのターゲットは、ビジネスアイデアをぼやっと考えている起業以前の人たち。そのため、実際に事業化するケースは非常に少ない。しかし、起業に至らないまでも、”地域課題はビジネスになる”という視点をたくさんの人に持ってもらうべく、裾野を目いっぱい広げるのが福井のビジコンの役割と考え、続けている」と高原氏。

フィッシュパスの西村社長もビジコン出身だ。2015年に、「ヤマメ・イワナが田舎を豊かにする~福井発『ウェルシー・カントリー・モデル』~」というテーマで、グランプリを受賞。その後、本格的に事業化し、フィッシュパスを設立している。

■最初は「よくある地域おこしプラン」だった

西村社長からビジコンのエントリーシートを受け取った時のことをよく覚えていると、高原氏はふり返る。

2015年の「福井発! ビジネスプランコンテスト」で西村社長はグランプリを受賞した(写真=筆者提供)
2015年の「福井発! ビジネスプランコンテスト」で西村社長はグランプリを受賞した(写真=筆者提供)

「最初は、IT活用の構想もなく、内容も荒削りで、正直、他のエントリー者とほとんど変わらないくらいの“よくある地域おこしのビジネスプラン”という印象だった。しかし、他のエントリー者と西村さんとの大きな違いは、並外れた行動力とリサーチ力。現場の声をもっと聞いた方がいいとアドバイスすると、すぐに行動に移し現場のニーズを拾ってくる。その都度ビジネスプランをブラッシュアップしていき、その過程で遊漁券の未購入問題という課題を見つけ、遊漁券のオンライン販売という金脈にたどり着いた。数カ月という短期間で、“よくある地域おこしのビジネスプラン”から“筋のいいビジネスモデル”にピボットした行動力は、さすが経営者だと思った」

■「自分は自信のない、しがない中小企業経営者だった」

「しかし、単なる地域エリアの課題解決から、全国に横展開して、日本全体の課題を解決するビジネスモデルにスケールさせていくためには、“筋がいい”というだけでは難しい。事業の成長段階で、出口戦略を一緒に考えたり、必要なノウハウや機会を提供したり、いい意味で、お節介な人に恵まれることもまた、起業家成功の条件だ。一方で、福井のような地方では、そういった支援人材が不足しているため、起業後は孤独になりがちだ。一人ですべてを抱え込むことにより視野が狭くなり、ビジネスが小さくまとまりがちになる。その点、西村さんの場合は、起業の段階でふくい産業支援センターの伴走支援を受ける環境に恵まれた点は、かなり大きな分岐点となったに違いない」と高原氏は話す。

実際、官民ファンドから資金調達を実施した際に、西村社長はこう語っている。

「自分は本当に自分に自信のない、しがない地方の中小企業経営者にすぎなかった。自信がもてないうちから踏み出すなんてできない性格だったのに、猛烈なベンチャー支援を受けて無理やり高速道路に乗せられたような気持ちだった。しんどいと感じる時も正直あったが、あのくらいの関わりがなかったら今の自分はなかったと思う」

フィッシュパスの西村成弘社長
写真=筆者提供
フィッシュパスの西村成弘社長 - 写真=筆者提供

■「素直さ」と「行動力」で応援者を巻き込んだ

地元愛から出発したビジネスアイデアは、地域をよくすることに意識が集中するため、そこから全国に横展開してスケールさせていこうという考えを最初からもっている人の方がまれだ。加えて、福井のような地方では、「補助金を活用しながら、赤字にならない程度に地域おこしができればそれでいい」と、あくまでボランティアベースで考えている人が多数を占める。

西村社長のときも最初はそうだった。子どもの頃から慣れ親しんでいる竹田川の荒廃に心を痛め、地域の情報発信を通じて竹田川地区を盛り上げたいという発想からスタートしている。

しかし、問題を深く考察していくうちに、竹田川の荒廃は、川の環境保全を担う内水面漁協の経営不振が大きな要因であることがわかり、この問題を本気で解決しようとすると、小手先の地域おこしだけは難しいということに気がついた。そこで、現場の声をヒントにして、遊漁券のオンライン販売というアイデアにたどり着き、本格的に事業化したという経緯がある。起業後は、トライ&エラーを繰り返しながらシステムを拡充していき、今では日本の川・地方の未来を守るために上場を目指す成長企業へと変貌を遂げた。

西村社長は、何も最初から完璧なビジネスアイデアがあったわけでも、IT分野で特別な才能があったわけでもない。人からのアドバイスを取り入れる素直さと、並外れた行動力。そしてなにより、西村社長の事業に対する情熱が応援者を巻き込み、適切なタイミングで必要な支援を受けられたからこそ、現在のフィッシュパスの成長の土台を作り上げることができたのだ。

■地域全体でベンチャーの可能性を信じる機運が大切

高原氏も指摘しているとおり、地域おこしをテーマにしたビジネスアイデアから、日本全体の地域課題を解決するビジネスモデルにスケールさせていくには、“ビジネスモデルの筋がいい”というだけでは難しい。経営者に行動力がなければ事業化に至らないし、行動力があっても問題をすべて一人で抱え込んでいては、スピード感は出てこない。筋のいいビジネスモデルと経営者の行動力。そして、それを支える地域のベンチャー支援体制。この3つの要素がそろって初めてビジネスは加速する。

なにより、地域全体で地方発ベンチャーの成長可能性を信じる機運を高めることが大切だ。身近に応援者が増えることで、勇気を出して地域から全国へ向かおうと意識を向ける地方発ベンチャーが必ず増えていく。そのアクティブな動きは地方から全国に伝播し、結果として、地方発ベンチャーを日本全体で応援する好循環が生まれていくはずだ。

実際、福井でもそういった好循環が生まれはじめている。ピッチイベントの定期開催をきっかけに、福井発ベンチャーの存在を知った都会の専門家たちから、アドバイスやマッチングの機会を提供していただけることが増えた。フィッシュパスの提携漁協数が増えたのも、名古屋のベンチャー支援者のサポートがあったこともきっかけの1つだ。

今回のフィッシュパスのような地域課題をテーマにしたビジネスアイデアをもつ人たちが、地域の枠にとらわれることなく、全国に横展開させていく発想をもつことに、チャレンジしていってほしいと心から願う。そして、日本全体の課題を解決するようなビジネスモデルに昇華させていくことで、第2、第3のフィッシュパスが福井から次々と誕生していくことを期待したい。

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岡田 留理(おかだ・るり)
公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士
福井県生まれ。同志社大学卒業。特定社会保険労務士。開業社労士時代は、中小企業の顧問、労働局の総合労働相談員、人材育成コンサルタントを経験。2015年4月に公益財団法人ふくい産業支援センターに入職。現在は、福井県内の創業・ベンチャー支援業務を担当している。2018年11月、近畿経済産業局が取りまとめる関西企業フロントラインにて、関西における「中小企業の頼りになる支援人材」として紹介された。(ふくい創業者育成プロジェクト http://www.s-project.biz/)

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(公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士 岡田 留理)

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