億単位の収入だった瀬戸大也は別格「スポーツ選手の稼ぎ」天国と地獄
プレジデントオンライン / 2020年10月15日 9時15分
■瀬戸大也選手の不貞の代償「推定年収1億円」吹っ飛ぶか
来夏に東京五輪を迎える日本のスポーツ界に大きな波紋が広がっている。金メダルを期待されている競泳日本代表・瀬戸大也の“不倫騒動”だ。
メインスポンサーといえるANAは9月30日付で所属契約を解除。瀬戸は複数の会社とスポンサー契約を結んでいたが、それらも危うい状況だ。また瀬戸自身は東京五輪競泳日本代表の主将を辞退。日本オリンピック委員会(JOC)の「シンボルアスリート」の契約解除を申し入れ、受理された。優に億単位の収入が吹っ飛んだといわれている。
多くの有力な水泳選手は大卒後、社員選手として企業に就職し、給与を得る。その額は一般社員と同程度と言われる。瀬戸は文字通り「別格」だったが、それらを失う可能性が高い。不貞の代償はあまりにも大きいと言わざるを得ないだろう。
この騒動の影響もあり、筆者が取材した10月上旬の日本陸上競技選手権・男子100mで6年ぶりに優勝を果たした桐生祥秀(日本生命)のコメントが耳に残った。
「プロになって生活していくためには、1回1回の勝負に『桐生祥秀』という名前を広めたい。そのために今季は甘えがないシーズンを送れたかなと思います。いろんなスポンサーがついているなかで勝つことができなかったら、スポンサーが離れてしまうかもしれないし、逆に勝てばもっとつくかもしれない。プロとしてどれだけ価値があるのか。2番や3番では違います」
スポーツ選手の価値は、試合時のパフォーマンスが最も評価される部分だろう。しかし、企業と契約していれば私生活や試合外でのイメージも大切になる。瀬戸の場合は試合でミスをしたわけではなく、彼のイメージが崩壊したことで、アスリートとしての“価値”が急降下したことになる。
■テニス、サッカー……世界のトップクラス選手は年収100億円以上
化学メーカーのクラレが今年4月に小学校に入学する子どもとその親を対象に調査した結果を発表した。「子どもが将来就きたい職業」では、男の子の1位がスポーツ選手(18.8%)だった。なお「親が就かせたい職業」でもスポーツ選手は4位(8.0%)に入っている。
親子ともに憧れるスポーツ選手だが、実態はどうなのか。十分に稼ぎ、食っていくことができるのか?
日本の現状を語る前に、まずは世界のスポーツ選手を見てみたい。経済誌「フォーブス」が今年5月に「世界のスポーツ選手上位100人」の年収順リストを発表した。トップ10位は以下の通りだ。
①ロジャー・フェデラー(テニス)1億630万ドル
②クリスティアーノ・ロナウド(サッカー)1億500万ドル
③リオネル・メッシ(サッカー)1億400万ドル
④ネイマール(サッカー)9550万ドル
⑤レブロン・ジェームズ(バスケ)8820万ドル
⑥ステフィン・カリー(バスケ)7440万ドル
⑦ケビン・デュラント(バスケ)6390万ドル
⑧タイガー・ウッズ(ゴルフ)6230万ドル
⑨カーク・カズンズ(アメフト)6050万ドル
⑩カーソン・ウェンツ(アメフト)5910万ドル
※2019年6月1日からの1年間の給料、賞金、スポンサー収入、広告契約料、出演料、ライセンス使用料などを推計。金額は税引前、エージェント手数料などを差し引く前のもの。
トップはテニスのロジャー・フェデラーで1億630万ドル。現在のレート(1ドル=106円で計算)でいえば約122億6780万円だ。2~4位はサッカー界のヒーローが入り、5位にはNBAのスーパースターが入った。
トップ100を種目別で見ると、バスケ(NBA)33人、アメフト(NFL)30人、サッカー17人、テニス6人、ゴルフ4人、ボクシング4人、テニス4人、自動車(F1)3人、野球(MLB)1人、総合格闘技(MMA)1人、クリケット1人。100位で2500万ドル(約26.5億円)だ。日本のスポーツ界を考えると桁違いの数字が並ぶ。
日本人では女子テニスの大坂なおみが29位にランクイン。3740万ドル(約39.6億円)の収入を獲得している。この収入は女子アスリートとして歴代最高だ。他の日本人はテニスの錦織圭が40位に入り、3210万ドル(約34億円)だった。テニスの賞金だけでなく、様々な企業とのスポンサー契約で大金を稼いでいる。
テニスの世界ランキングでトップに立ったことのある大坂や同4位につけたことのある錦織は“特別な存在”と考えなければいけない。男子の現役選手で錦織に次ぐ存在の杉田祐一は世界ランクの自己最高が36位(日本人歴代2位)。32歳時点の生涯獲得賞金は254万4460ドル(約2億6971万円)でしかないのだ。
日本人として最も稼ぎがいいスポーツ種目は、やはり野球だろう。
■最高6.5億円……プロ野球選手の1億円プレイヤーは現在80人以上
長く、高給取りとして知られてきたプロ野球選手だが、NPBで“1億円プレイヤー”が誕生したのは1986年。ロッテから4対1の大型トレードで中日に移籍した落合博満で推定年俸は1億3000万円だった。
それからプロ野球選手の年俸は高騰を続けている。日本プロ野球選手会が発表した「2020年シーズンの平均年俸」によると、今季年俸は平均4189万円。これは調査を始めた1980年以降での最高額になる。
トップは菅野智之(巨人)で6億5000万円。5億円以上の日本人プレイヤーは柳田悠岐(ソフトバンク)、坂本勇人(巨人)、山田哲人(ヤクルト)、浅村栄斗(楽天)。1億円以上は外国人選手(25人)を含めて102人もいる。なお今季は新型コロナウイルスの影響で、例年より23試合少ない120試合となるが、選手の年俸は全額保証されるという。
米国メジャーリーグでは、田中将大(ヤンキース)やダルビッシュ有(カブス)のように年間20億円以上で契約を結んでいる選手もいる。菊池雄星(マリナーズ)、秋山翔吾(レッズ)、筒香嘉智(レイズ)、山口俊(ブルージェイズ)、前田健太(ツインズ)も300万ドル以上の年俸だ(ただし今季はレギュラーシーズンが60試合となり、年俸は37%の支給となる)。
メジャーリーガーを含めると、球団から支払われる年俸だけで1億円以上を稼ぐ日本人野球選手は80人以上もいることになる。では、野球のライバルといえるサッカーはどうか。
■J1リーグのプロサッカー選手平均年俸3446万円と高額な理由
サッカー選手のお金に注目した報道サイト「サカマネ.net」によると、2020年J1リーグのプロサッカー選手平均年俸は3446万円。プロ野球(NPB)に近い水準に見えるが、これはひとりのスーパースターが平均年収を大きく引き上げた結果だ。
アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)がダントツトップの32億5000万円という年俸なのだ。日本人プレイヤーでは酒井高徳(ヴィッセル神戸)の1億4000万円が最高(6位)で、家長昭博(川崎フロンターレ)、中村憲剛(川崎フロンターレ)、槙野智章(浦和レッズ)、遠藤保仁(ガンバ大阪→現ジュビロ磐田)、西川周作(浦和レッズ)、杉本健勇(浦和レッズ)、昌子源(ガンバ大阪)、小林悠(川崎フロンターレ)、清武弘嗣(セレッソ大阪)、柏木陽介(浦和レッズ)の合計11人が1億円以上の年俸となる。
1億円以上の日本人プレイヤーはプロ野球(NPB)の7分の1しかいない。ただし、香川真司はマンチェスター・ユナイテッド在籍時(2014年)に約11億円の年俸だったという報道もあり、世界最高峰のリーグで活躍すると、NPBのスーパースター以上に稼ぐことができる。
しかし、現状はそんなに甘くない。J2になると、平均年俸はぐんと下がり、400万円強ほど。J3になると、「平均値」すら算出できない。というのも、J3のクラブチームは、「プロ契約選手の保有人数を3人以上」という規定になっており、プロとアマチュア(無報酬)の選手が集まっているからだ。プロ契約でも年俸の下限はなく、アルバイト(副業)をしながらプレイしている選手は少なくない。
また有力ルーキーには1億円近い高額な「契約金」が発生するプロ野球と違い、Jリーグの「支度金」(プロ野球の契約金に近い)は寂しい。その上限は独身者380万円、配偶者のみの妻帯者400万円、同居扶養家族有りの場合500万円だ。
■ラグビー、バスケ、バレー……1億円の壁を突破できるスポーツは?
スポーツニュースで報道されることが増えてきたゴルフはどうか。
2019年度の国内賞金ランキングを見ると、男子は今平周吾が約1億6804万円、石川遼が1億3281万円。女子は鈴木愛が1億6018万円、渋野日向子が約1億5261万円と男女とも2人ずつが大台を突破している。
渋野は全英女子オープンの優勝賞金67万5000ドル(約7155万円)を加えると賞金総額だけで2億2416万円。さらに所属先となるサントリーをはじめ、クラブはPINGゴルフ、ウエアはBEAMS GOLF、シューズはナイキなど、様々な会社とスポンサー契約している。
人気選手になれば賞金以上にスポンサー契約料のほうが金額的には大きくなる。ただし、ゴルフの場合は自らキャディを雇い、彼らの交通宿泊費なども負担しなければいけない。プロといえども、スポンサーがつかず、賞金を稼ぐこともできない場合、その懐状況はかなり厳しいものとなる。
国内の人気スポーツでいえば、ラグビーのトップリーグとバレーのVリーグは似たような状況といえるだろう。大半が所属企業の社員選手の扱いだが、両リーグともプロ契約の場合は競技に専念できるだけでなく、年俸も高くなる。
トップリーグでは2017年にキヤノンとプロ契約を結んだ田村優の年俸が約4000万円で最高額だったと報じられている。ラグビー日本代表は昨年のワールドカップで大躍進した。顔を売った選手の中には、メーカーとの契約、CM出演料などを含めて、年収で1億円近く稼いだ者もいると思われる。なお、Vリーグのプロ契約は800万~2000万円ほどが相場だといわれている。
■「社員選手」はプロより報酬は少ないが引退後も会社に残れる
社員選手の場合は、昼過ぎまで通常の業務をこなして、その後、練習というパターンが多い。当然、収入も会社員として支払われる。活躍に応じたボーナスがあるので、同年代の社員と比べて、年収は少し高くなることが多い。スポーツ選手の収入面としては恵まれているとはいえないが、引退後も社員として残れるのが最大の強みになる。しかも、サントリー、パナソニック、トヨタ自動車、NEC、富士通、日立などの大企業が大半だ。
一方で、近年、ひときわ知名度と選手の待遇が向上してきたのが日本のバスケットボール界だ。2016年、Bリーグ(ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)が設立。アマチュア選手とプロ選手が入り混じっているが、ほとんどの選手がプロ契約を結んでいる。
B1クラブ所属の日本人選手の基本報酬は平均1610万円だ(最低年俸は300万円、新人選手のみ上限460万円)。そしてスポーツ界を驚かせたのが、昨年、千葉ジェッツに所属する富樫勇樹の年俸が1億円を突破したことだ。Bリーグによると日本人選手の大台突破は初めてで、富樫は出場給などがさらにプラスアルファされるという。
また、同リーグの発表では、昨年11月にはBリーグ所属の日本代表エントリー選手の19~20年シーズンの平均年俸が4540万円に達した。これは、ケガでW杯メンバーから漏れた富樫は入っていない数字。なかなか夢のある収入ではないだろうか。チームが観客を集める工夫を凝らしており、それが選手の報酬にもつながっている形だ。
もちろん、八村塁のようにNBAで活躍すると、ケタが違ってくる。彼の場合は年俸とスポンサー契約で年収は10億円以上になるだろう。
■短距離も長距離も、陸上界にはプロ化の波が来ている
では、東京五輪で活躍が期待される個人種目はどうか。
マラソン競技では昨年、設楽悠太(ホンダ)と大迫傑(ナイキ)が日本記録を樹立して、実業団連盟などが設立したマラソン強化特別プロジェクトの褒賞金1億円を獲得している。たった1レースで1億円、ラクして稼げるというイメージを持つ人もいるだろうが、褒賞金は一時的なもので、レアケースといっていい。
この褒賞金を除けば、陸上界で年間1億円以上を稼いだのは、オリンピックの女子マラソンでメダルを獲得して、国民的ヒロインになった有森裕子と高橋尚子ぐらいだろう。
ただし、近年は日本陸上界にもプロ化の波が来ている。大迫傑、川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)など知名度のあるアスリートは所属会社だけでなく、その他の企業ともスポンサーやCM契約を結んでおり、数千万円を稼いでいると予想する。またマラソンの場合はレースの出場料や賞金も大きい。
一方、陸上の実業団選手の場合は、ラグビーやバレーと一緒で、社員としての給料になるため、現役選手として活躍する20代、30代の年収はさほど高くはない。ただし、引退後も企業に残れるという安心感がある。
陸上の場合、かつては、企業が社員として迎えるのは駅伝要員の長距離が大半だった。そのため、長距離以外の短距離や跳躍競技などの選手は大学卒業後、大学院に進んだり地域のアスリートクラブに所属したりして競技を続けるパターンが少なくなかった。
近年は東京五輪という“追い風”があり、企業もアスリートに注目。陸上部のない企業と契約しているセミプロのような選手が増えている。しかし、その大半は300万~400万円ほどの少額の契約だ。そして、その多くは東京五輪の日本代表がつかめなかった時点で、打ち切られる可能性が少なくない。
■東京五輪後は、日本のスポーツ界は“金回り”が冷え込む
また注目度の高いアーティスティックスイミング(旧シンクロナイズドスイミング)や新体操などは海外合宿が多く、個々と契約してくれるような会社も少ない。日本代表クラスとなるほどの実力を備えていても家族の経済的支援がないとやっていくのは難しいようだ。オリンピックでメダルが期待される選手でも収入面で恵まれているわけではないのだ。
しかもコロナ禍で経営が苦しくなっている企業が多い。東京五輪が終われば、日本のスポーツ界は“金回り”が冷え込むことが予想される。
東京五輪はJOCと各競技団体がメダル獲得者への報奨金を用意している。
JOCは金500万円、銀200万円、銅100万円。各競技団体では差があり、陸上は金2000万円、銀1000万円、銅800万円(リレー種目は個人種目の半額を個々に贈る)。卓球はシングルス金1000万、銀500万円、銅300万円。テニスは金800万円、銀400万円、銅200万円(ダブルスは2選手で等分)。空手は金1000万円、銀500万円、銅300万。
大量のメダルが期待される水泳や柔道は報奨金が用意されていない。
なお、2016年のリオ五輪で日本は41個のメダル(金12、銀8、銅21)を獲得している。皆さんは、4年前の歓喜をどれだけ覚えているだろうか。夢のメダリストになれたとしても、いつまでも注目を浴びていられるわけではないのだ。
一方でメダルに届かなくても、美貌やキャラクターを生かして、スポーツタレントやキャスターとして活躍している元選手もいる。シンクロの青木愛は北京五輪でチーム5位、新体操の畠山愛理はロンドン五輪で団体7位、リオ五輪で団体8位だった。
ほんの一部の選手と元選手を除けば、オリンピアンたちは世間が思っているほど、華やかな生活を送っているわけではない。総じて言えば、セカンドキャリアを含めて、日本のスポーツ選手は金銭的に恵まれているとはいえない。それだけに今回の瀬戸の失態を残念に思う人は少なくないに違いない(文中敬称略)。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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