元厚労省キャリアが明かす「ブラック職場・霞が関で起きていること」
プレジデントオンライン / 2020年11月18日 11時15分
■霞が関の働き方はどうなっているのか
河野太郎行革担当大臣は就任会見で、「霞が関のブラックな状態をホワイト化する」と表明した。それ以来、霞が関の働き方に関する報道もかなり増えていると思うが、まだまだ一般にはなじみの薄い世界ではないだろうか。
私は、昨年9月末に厚労省を19年目で退職し、それ以来、自ら起業してコンサルティングなどの仕事をする傍ら、霞が関の働き方改革を実現しなければ日本の政策機能が壊れるとの思いから、メディアでの発信や政府や国会議員への働きかけなどをしている。9月末には、河野大臣とも直接意見交換もさせていただいた。環境省の働き方改革の有識者会議の委員として直接改革に関わる機会もいただいている。
霞が関のブラックな実態と、霞が関の働き方改革が国民にとってどういう意味があるのか、お伝えしたい。
■半数近くが「年間1000時間以上」の残業をしていた
1.霞が関のブラックな実態
長時間労働
人事院が公式に発表している国家公務員の残業時間は月平均30時間程度だ。それほど多いと感じないかもしれない。しかし、これは実態を全く反映していない。国家公務員の残業手当は、予算で最初から部署ごとに総額が決められているので、支給される残業手当の範囲を超える残業はなかったことにされているからだ。
官僚の働き方改革を求める国民の会が2019年に1000人の官僚、元官僚を対象にしたアンケートでは、42.3%が年間1000時間を超える残業をしていた。いわゆる過労死ライン(年間960時間)を超える長時間労働が4割を軽く上回っている。こちらの方が、私の実感に近い。
河野大臣は、このブラックボックスになっている官僚の長時間労働の実態を明らかにするために、各省庁の10月、11月の在庁時間の調査を指示したところなので、12月にはその結果が公表されるだろう。
■休職率は民間の4倍、若手の離職も止まらない
メンタルヘルス病休者率は民間の4倍
異常な長時間労働を余儀なくされている官僚たちは、健康を害することも珍しくない。2019年度公務員白書によると、国家公務員の1.39%が1カ月以上の長期休職に追い込まれている。民間企業は0.4%だから、3~4倍の数値である。しかも、この数値は現場の国家公務員を含んでいるので、長時間労働の霞が関に限定するとはるかに高いはずだ。私の実感では、キャリア官僚の1割くらいは休職の経験があるのではないかと思う。
若手の離職
近年、若手の離職が加速していることも指摘されている。今年2月には経済産業省の若手キャリアが1年間に23人も離職したという報道が出た。どの省庁に聞いても若手の離職は加速しているが、私が長く勤めていた厚労省も、近年加速度的に若手の離職が増えており、特に忙しい部署を渡り歩いてきた中心選手の退職が明らかに増えている。今年、内閣人事局が実施した国家公務員を対象にしたアンケート調査によると、30歳以下の若手男性職員の7人に1人が数年以内に退職の意向を持っている。
■採用予定人数を確保できない省庁もある
採用難
離職者が増えると採用を増やさざるを得ないが、採用難も深刻だ。1996年度にはいわゆるキャリアとなるための1種試験(現在の総合職試験に相当)の申込者数は約4万5000人だったが、2020年度の総合職試験の申込者数は1万6730人で過去最少となっている。キャリア官僚といえば東大のイメージがあるが、東大生の官僚離れも進んでいる。2015年度の東大出身の合格者数は459名(26.6%)だったが、年々少なくなり2020年度には249名(14.5%)に落ち込んでいる。
実務を支える一般職(いわゆるノンキャリアと呼ばれる)はさらに深刻で、今や特別区や市役所よりも人気が低く採用予定人数を確保できない省庁もある。
■民間との「働き方の違い」が大きくなっている
民間との格差
実は、私が若手だった20年近く前から霞が関は長時間労働だったが、今ほどつらいとは思っていなかった。今よりも大分余裕があったので、同僚と雑談をしたり、先輩たちと目の前の作業を離れて政策談義をする時間など、職場にはいるが必ずしも仕事に追われていない時間もあった。何より民間企業に就職した同級生たちもみんな長時間労働だったから、自分たちだけが特別異常な働き方だとは思っていなかった。
この20年で、世の中の働き方改革は進み、民間企業ではかなり無駄な残業は減った。法律も変わったし、労基署の取り締まりも厳しくなった。世の中からブラック労働が一掃されているわけではないが、官僚を目指すような学生が就職する大企業ではコンプライアンスも厳しくホワイトな職場も増えてきた。
昔は、霞が関がブラックでも、民間もブラックだったから転職という選択肢はあまりなかったが、今はそういう選択肢がある。
霞が関の幹部の中には、昔に比べると無駄なことは減り改善していると言う人もいるが、若手にとっては今の民間と比べて今の霞が関の働き方や仕事のやり方がどうかが問題だ。
■「国民の役に立つ政策を作る実感が持てない」と悩む若手
2.なぜ官僚になるのか
そもそも、ブラックと分かっていてなぜ官僚になるのだろうか。実は、官僚を志す学生にとっては霞が関の労働条件は魅力的ではない。安定はしているし、世間的に給料が安いということはないと思うが、大企業に就職する同級生に比べるとだいぶ安い。天下りで取り戻すなんていうのは大昔の話で、今の若手は全く期待していないだろう。
私は、10年以上採用活動に携わってきて、今でも若い官僚や公務員志望の学生と多く接しているが、社会のために政策を作る仕事をしたい、外国との協力を進めて日本をよくしたいという動機で官僚を志望する人がほとんどだ。
近年、政治的に「とにかくこれをやれ」と上から降ってくる仕事や、国会対応など各方面への説明にばかり追われ、自分で現場や客を見る機会や政策を考える時間がどんどんなくなっている。永田町・霞が関の旧態依然とした文化の中で、大量のコピーや国会議員への資料をメール送付でなく直接届けるなど、無駄な仕事にかける時間も多い。そういう中で、「国民の役に立つ政策を作る実感が持てない」「成長できている気がしない」と悩みを抱える若手が増えてきている。
■官僚の仕事は「政策を作ること」
3.官僚というのは何をしているのか
ブラックな労働環境で、官僚の離職が増え、優秀な職員が集まらなくても、自分には関係ない、民間に優秀な人が集まればよいと思う方もいるかもしれない。
そもそも、官僚というのは何をしているのだろうか。
官僚の仕事は一言でいうと「政策を作る」ことである。
では、政策というのは何だろうか。
20年近く、政策をつくり続けてきた自分なりの答えは「政府独自のリソースを使って、人の行動を変え、社会課題を解決する」ということだ。
人の行動を変え、社会課題を解決することは、民間でもいくらでもすることができる。例えば、安全性の高い自動車を開発して事故を減らす、今まで治らなかった病気の薬を開発するなど、社会に貢献する企業活動はいくらでもある。
ただ、政府が持っているリソース(手段)が、民間企業と大きく違う。代表的なものをあげてみたい。
■官僚には高い倫理観と能力が必要だ
一番強い手段は、人の行動を強制的に変える法律の規制だ。これは、最終的には国会に決定権があるが、9割の法律は実務を理解した官僚が立案している。例えば、道路交通法という交通ルールを定めた法律がある。自分自身がいかに気をつけていても、無謀な運転をする車が走り回っていたら、いつ事故に遭うか分からない。だから、全員にルールを守ってもらう必要があるし、そのために違反したら罰則もある。
予算という手段も、民間と大きく異なる。ビジネスの世界では、サービスや製品を受け取る人が選んでお金を払うが、それでは全員に必要なサービスが行き渡らないので、税金や社会保険料として納めてらったお金を使って、全員に必要なサービスを提供するのが役所の特徴だ。例えば、医者にかかった時に私たちは実際の費用の3割しか払っていないし、大きな病気で医療費が高額になっても一定額以上はかからない仕組みになっている。残りは所得に応じて納めた保険料や税金から支払われている。こうした仕組みがなければ、お金持ちしか医療が受けられなくなるからだ。
いずれも、民間と違うのは、全員が恩恵を受ける代わりに、その政策が好きでない人も法律のルールに従わないといけないし、お金を負担しなければならないことだ。
言ってみれば、一つの商品を全国民に強制的に押し売りしているような商売なのだ。だから、いい加減な商品を出されてはみんなが困るし、あらゆる人からの批判も受け止めないといけない。作っている人には高い倫理観と能力が求められるし、実態をよく理解して、色んな人の意見を聞きながら作ってほしい。いろいろな意見がある中で、話をまとめていく調整能力や中身を分かりやすく説明する能力も必要だ。
専門分野の知識だけでなく、社会のあらゆる問題にも関心を持っている必要があるし、過去や未来、海外といった視点も重要だ。
■霞が関の働き方改革は、国民のためになる
4.国民にとっての霞が関の働き方改革
これまで述べてきたように、今の官僚たちは、本人たちの意に反して、無駄な仕事に追われすぎていて、国民のための政策を作る能力を発揮することができなくなってきている。
このことは、官僚自身のやりがいがなくなるだけでなく、客であることから逃れられない国民からしたら、ろくでもない商品を押し売りされるリスクが高まることにつながる。そもそも、税金から給料をもらっている官僚たちが、大量のコピーのための深夜残業をしたり、タクシー代を使うことには、誰のためにもならないだろう。
官僚の仕事に影響の大きい永田町も霞が関自身も旧態依然とした文化の中で無駄が多い。国民のための政策づくりと関係のない作業を徹底的になくし、政策の専門家でなくてもできるものはシステム化や外注を進める必要がある。省庁間・部署間の業務量とマンパワーの偏りをなくすための人員配置の縦割りの是正も急務だ。
空いた時間で官僚たちが現場の実態を把握し、政策を考える時間を作れるようにしないと、課題が山積する中で、これからも思いつきの変な政策がどんどん作られるようになってしまう。
霞が関の改革のためには、システム化や外注などの予算も必要だし、何より国会改革が最重要課題だ。だから、霞が関自身の努力も当然必要だが、国民の後押しがとても大事だ。
この問題の背景や改革提言について、官僚の仕事、近年の政治状況の変化にも焦点を当てながら詳しく書いた書籍を出版したので、関心を持ってくださった方はぜひお読みいただければ幸いである。
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千正組代表取締役
1975年生まれ。慶應大学法学部卒。2001年厚生労働省入省。秘書官や大使館勤務も経験し、医療政策企画官を最後に退職。現在は株式会社千正組代表。企業やNPOと、政策と現場の橋渡しに取り組む。内閣府男女共同参画局安心・安全WG構成員、環境省働き方改革加速化有識者会議委員。著書に『ブラック霞が関』。
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(千正組代表取締役 千正 康裕)
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